第54話 新製品とファーストキス

「未冬は、男が珍しくないのか」

 ウェルスが不思議そうに訊いた。最初に出会った時から、ごく普通に接している事に今さらながら気付いたのだ。大抵の人はさっきの小学生のような反応を示す。

 マリーンのように過激なのは例外としても。


 缶コーヒーを一口飲んだあと、妙な顔で未冬は頷いた。

「お父さんがいたからね。うぉ、なんだこれ」

 未冬はそれをウェルスに差し出した。

「ちょっと飲んでみて、びっくりするよ」

 いたずらっぽく笑う。


「炭酸だ。コーヒー、プラス炭酸だ。お前、こんなのが好きなのか」

 思わず吹き出しそうになりながら、何とかのみ込む。

「ううん。新製品だな、と思ってつい」

 新らしい物があると必ず手を出す奴っているよな。ウェルスは呆れた表情で自分の缶コーヒーを飲む。その手が止まった。

「そうだった。これもお前が選んだんだ」


「どう、美味しい?」

 ウェルスは黙って、缶を未冬に渡す。

 小首をかしげて未冬はそれを受け取り、ごくん、と飲んだ。

 しばらくその缶を見詰めたあと、ふ、ふふ、と笑い出した。


「何だろう、この味。お茶かな?」

 原材料、コーヒー、ウーロン茶。

「そのままの味だっ!」


「新製品だからって、何でも手を出すんじゃないよ」

「でもこれで、自分がどんな味が好きじゃないか、分かったでしょ」

 得意げな未冬。ウェルスは納得がいかない。

「おごってもらって文句言うのは失礼だけど、できれば普通がよかった」

 えー、何でも経験だよ。と、絶対に前向きな姿勢を崩さない未冬だ。


 二人で何度か交換しながら、どうにか全部飲み終えた。


 しばらく散歩したあと、技術開発部行きの自走通路の所まで来た。ここまで来れば大丈夫らしい。


「ありがとう、未冬。楽しかった」

「へへ、そう言ってもらえると嬉しいよ。また、遊ぼうね」

 できれば、女子寮以外でな。ウェルスは真面目な顔で言った。

「分かったよ。じゃあ」


 自走通路に乗りかけたウェルスは、ふと足を止めた。未冬の前に駆け戻ると、肩に手をかけた。

「うん?」

 首をかしげた未冬。何か言いかけたその時。ウェルスが顔を寄せる。


 ウェルスと未冬の唇が触れあった。


「おわっ」

 あわてて身体を離した未冬が小さく声をあげた。

「じゃあ、またな」

「はあ…」


 ぼんやりと手を振る未冬。すぐにウェルスは見えなくなった。

「えーっと」

 未冬は唇に手をあてた。

 彼の感触が残っている。もちろん、エマとは何度もした事があるけれど。


「ああ。これも新製品の味なんだね」

 未冬は頬を染めて、ため息と共に呟いた。

「ウェルスくん……」

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