第53話 海賊王になりたかった。

 民間居住区画に入ると、小学生が集団下校しているのに出会った。

 二人に気付いた先頭の少女が声をあげた。

「あー、男だ。男がいるっ!」

「ほんとだ、男だ。すごーい」

 未冬とウェルスは、あっという間に子供たちに囲まれてしまった。

「あ、このあいだの迷子のお姉ちゃんだ」

「どうしたの、また迷子になったの?」

 しまった、顔を覚えられていた。しかも小学生に心配されてしまった。


「いや、これはデートだからね。迷子じゃないんだよ」

 いいだろう小学生どもよ、と、ちょっと得意げな未冬だったのだが。

「うわー、デートだって」

「これから、えっちするんでしょ?」

「えー、えっち、えっち!」

「お姉ちゃんたち、どこでするの? 見にいってもいい?」

 ……最近の小学生は、エマよりよほど進んでいるらしい。いったい、どこでそんな情報を得ているのだろう。この娘たちは。


 何とか小学生の追及を振り切り、二人は逃げ出した。

 全力で走ったせいで、息をきらしている。

 物陰に隠れ、しばらく胸をおさえて荒い息をついていたが、やがて二人は顔をあげた。自然に目が合う。

 同時に、ぷっと吹き出した。

「もう、困ったもんだよね。小学生って」

「なんだよ、お前。その、迷子ってのは」

 それは、もう時効だよ。未冬は人差し指を振った。


 このエリアの中心には公園が造られている。樹木が多く植えられ、小さな森になっていた。二人はベンチに並んで腰を下ろした。

 自然光を引き入れた天井は、もう夕焼けの色に変わり始めていた。




「海賊って、普段なにをしてるんですかね」

 真面目な顔で未冬は訊ねた。初めてされたであろう質問にウェルスはしばらく考え込んだ。

「それは基本、海賊行為なんだけど」


「彼女たちの言い方に依れば『貿易』と云うことになるんだろうな。ただし武力を背景にした、強制的なものだけれど」


 ある艦から資源を調達し他の艦に転売するのだ。あるいは、買い戻させる。

「特に人的資源はそうだ」

 ウェルスは感情のこもらない声で言った。要するに、身代金目当ての誘拐である。

「僕も、その資源だった一人さ」


 だけど、買い戻してもらえなかったけれど。ウェルスは自嘲的に言った。

「だから、海賊として生きることにした。まず、手始めに……」


 その海賊艦を乗っ取った。


 ウェルスの言葉に未冬は目を瞠った。

「一人で?」

 ああ、と頷くウェルス。

「艦長以下、僕に逆らえなくなった、というべきか」

 ふと、彼は視線を落とす。未冬もつられて、彼の太腿あたりに目をやった。

 はっ、と顔をあげウェルスを見る。怪訝そうな彼の顔。


「い、いやあああああっ」

 突然、未冬は悲鳴をあげた。慌ててウェルスから距離をとる。

「そうか、そういう事なのね。最低だよウェルスくん!」

 色仕掛けで艦長さんたちをっ!


 ☆


「あいたた。え、違うの?」

 未冬は頭をおさえて涙目になっている。

「作戦参謀としてのし上がったんだよっ!」

 それなのに。はーっ、とウェルスはため息をついた。

「この艦の武器を大量に奪取して、絶対的な地位を確立しようと思ってたのに。こんな奴らに出くわすなんて、なんて事だよ、まったく」

 自慢のパワードスーツはスクラップにされ、自分はパンツを脱がされて。

 思えば、海賊艦は天国だったなー。しみじみと呟く。


 おい。ウェルスくん。まだ海賊稼業に未練タラタラじゃないのかっ?

 未冬は片頬をぴくつかせて、そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る