第48話 教官って意外と…

 二日目の夜になった。

「明日には帰ってしまうんだねえ」

 女将さんが寂しそうに言った。そっと目頭を押さえる。

「せっかく、娘が増えたみたいで楽しかったのに」

「娘って。あなたの孫より年下なんだけどね、この子たち」

 リョーコが苦笑する。


「教官、一緒にお風呂に入りましょう」

「え、私も?」

 あ、ああ。いいよ、そう言ったリョーコだったが。

「この旅館のなかでは『教官』はやめて欲しいな。リョーコでいいよ」

「じゃあ、リョーコちゃん」

「ちゃん付けはやめろ。さすがに失礼だろ」

 未冬がエマに小突かれている。


「よし、じゃあ行くぞ、リョーコ!」

「いい態度だな、ホーカーよぉ」

 後ろから腕を回し、首を絞める。

 リョーコでいいって言ったじゃないですかっ、フュアリは笑いながら逃げ出した。


 じりりり、と何かの音がした。

「ああ、電話だ。すまん、先に行っててくれ」

 リョーコはとなりの従業員控え室に入ると、それをとって耳にあてた。


「あれ、何? 電話って言ってたけど」

 四人は顔を見合わせた。誰も知らないらしい。

 前面にダイヤルがある黒いつやつやした本体と、カールしたコードでつながった湾曲した棒状のもの。

 四人は、リョーコの話しが終わるまで、珍しそうにそれを見ていた。


「なんだ。待っていてくれたのか」

 電話を終えて彼女が意外そうに言った。

「いえ。それ、何かなって」

 マリーンが指さした。

「ああ、そうか。黒電話って見るの初めてか」

「黒電話?」

 黒電話って、なに。


「今日はこっちの風呂に入ってみない?」

 リョーコが案内してくれたのは、昨日とは別の大浴場だった。

「でも、これ『男湯』の暖簾が掛かってますけど」

「大丈夫だよ、ここ何年も男客なんていないから、ただの飾りさ。ま、でも、これは外しておくか」

 暖簾を女湯と入れ替える。


「すごーい、岩風呂だ」

 きゃっ、きゃっとはしゃぎながら、慌ただしく身体を洗って浴槽に飛び込む。

「不思議。こんなお風呂、初めてです」

 曇るメガネのレンズを指で拭いながらマリーンが言った。


 湯加減はどう、リョーコが入ってきた。

「はい、気持ちいいです……って、エロっ」

 フュアリが愕然としている。

「ちょっと何。そんなジロジロ見ないで」

 リョーコはあわててお湯に浸かった。

「大人だ。これが大人の魅力だよ、フューちゃん」

「くっそー、これじゃわたしも勝てないっ」

 うっ、未冬は言葉に詰まった。

「あ、あの。フュアリさんとリョーコさんは方向性が違いますから、勝負とかは成立しないと思いますけれど」

 マリーンが穏やかに代弁してくれた。


「よし、じゃあ女子寮恒例『第一回おっぱい当てゲーム』だっ!」

 フュアリが高らかに宣言する。

「おおう、面白そう。目隠しして当てるんだね」

 ノリがいいのは未冬だ。

「馬鹿か、お前らは。触りたいだけだろ」

「絶対いやですから」


 だってすぐに分かるだろ、特にフュアリのは。リョーコにそう言われてフュアリは湯船に沈んだ。


「さっき、学校から電話があった」

 四人はリョーコの周りに集まった。

「心配するな。すぐに帰って来い、とかじゃないから」

 捕らえた海賊から得た情報が伝えられたのだ。


「教官たちが不思議がっていたぞ。よく、あのパワードスーツを撃破できたものだ、とな」

「それは、対艦ランチャーなら対抗できるんじゃ……」

 エマの疑問は当然といえば当然だった。

 うん。リョーコは頷いた。

「当れば、な」

 四人には意味が分からない。


「あのパワードスーツには電子偽装が施されていたんだ。つまり、ランチャーの誘導装置が効かない。下手をしたら撃ったものの方へ逆誘導され、Uターンして来たかもしれない」

 げっ、エマが声をあげた。


「誘導装置って、照準モニターのところにあるスイッチだよね。押した筈だけどな」

 未冬が首をかしげる。それを見たリョーコは微妙な表情になった。

「未冬。以前、私は教えたよな。そのスイッチはデフォで入ってるんだ、と」

「あれ、そうでしたっけ。じゃあ、切っちゃったんだ」

 結果オーライ、だなぁ。


 湯上がりは、やはり浴衣だった。

 リョーコは落ち着いた黒い柄だ。

「おお、フォーチュン・ブラック!」

「まだ言ってんのか。って、なにポーズとってるんですか、あなたまでっ」

 はは。リョーコは頭をかく。

「だって、同級生になったみたいでさ」

 意外と可愛いな、この人。四人はきゅん、となった。


「よしっ、枕投げやるぞ。料金は私のおごりだっ!」

 おおっ、フォーチュン・ブラック太っ腹!

 大騒ぎは夜更けまで続いた。

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