第46話 四人で迎えた朝
「フュアリさんは、お兄さんの赤ちゃんを身ごもって、その揚句、捨てられたという訳なんですね」
いまにも泣き出しそうな表情のマリーン。
「いや、うちの兄貴はそこまで鬼畜な外道じゃないんだけど」
こいつら全然、人の話を聞いてない。
一度だけ、そういう関係になったというだけなんだから。まあ、だけ、で済む話でもないんだけど。凄く怒られたし。
「そうだよ、マリーンちゃん。もし赤ちゃんが出来てたら、もっとおっぱいが大きくなってる筈じゃない。これが動かぬ証拠だよ」
ぴっ、とフュアリの胸を指さす。
「未冬、お前は許さん」
「え、なんでぇーっ」
そこで、一人静かなエマに気付いた。
見ると、浴槽のへりで、仰け反って気を失っていた。
「あ、鼻血がでてる」
「刺激が強すぎたんですよ、だから」
みんなで引きずり上げ、部屋に運び込んだ。
「こ、ここはどこっ?」
鼻にティッシュを詰められて、エマは意識を取り戻した。
「ああ、よかった。エマちゃん気付いたよ」
「ごめん。こんな事になるとは思わなかったから」
フュアリが頭を下げた。
「実の兄と関係を持った話しなんて、するべきじゃなかったんだ」
エマの頬がまたぴくぴく、と動いた。
「それで、お兄さんはいまどこにいるんですか」
聞かれたフュアリは少し考え込んだ。
「研究者ばかり集めた
「会いたい? お兄さんに」
未冬の問いに、フュアリは少し寂しげに微笑んだ。
「地球がこんな風になった原因を調べるんだって言ってた」
三人が、へーっと声を揃えた。
「いつかは大地が戻って来るのかな」
「それにしても、千年も二千年も先の話のような気がしますけど」
「この都市空母って、その時まで浮いてるのかな」
ぽつり、と未冬が言った。
「それは……分からないよね」
異口同音、三人は答えた。
寝室はとなりだった。ここも広い。四人で寝るには十分な広さだ。
ただし、布団は自分たちでセットするのだ。
「あれ、三組しか敷かないのか」
不思議そうなエマに、フュアリが真ん中の布団を指さした。
枕が二つ並べておいてあった。
「ちゃんと、用意しておきましたよ」
口元を押さえ、おほほと笑う。
「ここの女将さんかっ。そういえば、教官もそんな笑い方してたけれども」
「やだ、どうしよう。声きかれちゃう」
「えっちする事を前提にするな、ばか未冬」
両サイドのエマ側にはフュアリ、未冬側にはマリーンが寝ることにした。
「枕投げ、する?」
「しない。もう疲れた」
「うん」
「おやすみなさい」
みんな今日も一日、ありがとう。
未冬は左右を振り向いて、小さく言った。
そして、にっこり笑って目を閉じた。
Z Z Z ……。
「あの、未冬さん、未冬さんってば」
「ふぁ、なに?」
自分を呼ぶ声に、寝ぼけ声で応える。
「お相手が違いますっ」
気付くと、マリーンの布団に入り、彼女の頭を胸に抱きしめて眠っていた。
「あー、ごめん。つい、癖で、手近なものに抱きついちゃうんだ」
外は明るくなりかけていた。このブロックの照明は外光を取り入れるシステムがメインになっている。天候が悪く暗ければ、補助的に人工照明が点灯するのだけれど。
だからいつもは自然に日が暮れ、そして朝がくる。
「あれ見てごらんよ、マリーンちゃん」
未冬が指し示す方を彼女も見た。見えない。ああ、メガネがなかった。
慌てて、枕元からメガネをさぐり当て装着する。
「あらら、はしたない」
フュアリが布団の上で、大の字になっていた。
浴衣の胸元も裾もはだけてしまっている。
「パンツまで見えてるよ。困ったものだね」
二人でくすくす笑う。
しかし、よく見ると、目も口も半開きだ。特に目が怖い。
「うわぁ……」
「普段可愛いだけに、これはホラーですね……」
マリーンが生唾をのみ込む。
「なんだか、このまま動き出しそうで怖いよ。呪いの美少女人形だよ」
「でも、このまま動かなかったら、余計に困るじゃないですか」
未冬が何かに気付いた。
「まさか、フューちゃんのお兄さんって、この寝姿をみて、逃げ……」
しっ、マリーンは人差し指を唇にあてた。
「それ以上言っちゃダメです」
「あれ、エマさんは?」
「ほんとだ。あっ、大変だ、フューちゃんの下敷きになってるよ」
「助けないと。これじゃ息ができない」
ずるずる、とフュアリをエマの上からひきずり降ろす。
仰向けにすると、エマは真っ赤な顔で白目をむいていた。
やがて、ぴくっ、ぴくっと痙攣をはじめた。マリーンと未冬は顔を見合わせた。
「大丈夫でしょうか。人口呼吸とか、したほうが…」
「そ、そうだね。では、僭越ながら、わたしが」
未冬が嬉しそうに言った瞬間、エマは、ぶはっ、と息を吐き出して自分で蘇生した。
ちっ、と未冬が舌打ちした。
「あぁー、変な夢みた」
首を振りながら起き上がると、エマは言った。
「河原でさ、石を積んでるんだ。わたしの他にも小さい子がたくさんいたよ」
エマちゃん。
「それは多分、夢じゃないと思うよ」
「臨死体験、ですね」
エマはきょとん、としていた。
食堂に入ると、すでに朝食の準備ができていた。
目にもあざやかな和朝食。
「すみません、お手伝いもしなくて」
マリーンが謝る。完全に女将さんのペースに嵌まって、自分たちがお客さんだということを忘れているらしい。
「いいんですよ。四人くらいの朝食ならすぐに出来ますもの。それに今朝はお手伝いにも来てもらったし」
一人で全部やってる訳じゃないんだ。少し安心した。
「なんだ、お前たち。早いな」
よく見知った顔がそこにあった。いつもの制服ではなく、割烹着だったが。
「これ、リョーコ。お客さまなんだから」
「ああ、そうだった。ごめん、おばあちゃん」
そして彼女たちにむかってお辞儀をした童顔の女性。
言うまでも無い。グロスター教官だった。
「お客さんたち。よく眠れましたか」
エマとフュアリが大きく頷いて答えた。
「ええ。それはもう、死んだように」
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