9章 士官候補生の休日

第43話 さあ、温泉旅行に出発!

 士官学校の寮の前に集まった4人。これから温泉旅行に出かけるところだった。

 服装も普段のライトブラウンの制服ではなく、それぞれの私服だった。みんな大きな荷物を抱えていた。


「うわあ、フューちゃんの服、かわいい!」

 未冬がフリルのついた袖のあたりをつまんで歓声をあげた。

「そ、そうかな。ちょっと旅行にはどうかな、とは思ったんだけど」

 白いふわっとしたデザインのワンピースだ。

「森の妖精みたいで、フュアリさんによくお似合いです」

 そう言うマリーンはブラウスにロングスカート、マフラーにベレー帽といういかにも学生、というスタイルだ。

「そうだよな。わたしには絶対無理だもの」

 エマはジーンズにTシャツ、それに革のジャケットだった。

「それより」

 言いかけて止めたエマは未冬の方を見た。

「お前のそれ、いわゆるメイド服だよな。趣味なの?」

「え、可愛いでしょ?」

「うん。まあ、可愛いけど」

 全く統一感のない四人組だった。


 艦外はそろそろ冬なのだが、中は常に温暖だ。だから彼女たちの服装も年中そんなに変わりはない。そして資源が限られるこの世界ではリサイクルが基本だ。服も古着屋で選ぶのがほとんどだった。もちろんその中でも流行はあるのだが、大抵はこのように、個人的な趣味の方が優先されるのだった。




 この都市空母内の移動は近距離であれば自走通路だろう。もっと遠距離になると、モノレールが主な交通手段となっている。自走通路は無料だが、モノレールは結構な料金を取られる。維持管理にはお金が掛かるのだ、というのは分かってはいるのだけれど。


 無駄に立派な駅舎の前で4人は立ち尽くしていた。どう見てもお金の掛けどころを間違っているんじゃないだろうか。

「どこの公共施設より立派ですよね、これ」

「マリーンちゃんの言うとおり、黒い金の流れを感じるよね」

「未冬さん、わたしそんな事言ってません。それこそ黒服の男達に連れ去られたらどうするんですか。滅多なこと言わないでください」

「そうだよ、この街にもMIBって存在するからね」

「宇宙人関係に限定だろ、それ」

 呆れたようにエマが言った。


「だけど、みんな。怖れることはないぞ」

 エマがそのカードを頭上にかざした。

「これを見よっ。軍関係者に配布される、フリーパス様だっ!」

 へへーっ、と他の3人がひれ伏し、はしなかったが。

「ありがたいねぇ。命を掛けた甲斐があったというものだよ」

「フュアリさん、時々おばさんみたいになりますよね」


 駅舎の中に人影はまばらだった。やたらと綺麗な、だだっ広い建物内を4人は固まって進んでいった。

 改札口には駅員が立っていた。

「なんだ、お前らは」

 おそろしく無愛想な声で言うと、彼女たちを睨みつけた。


「モノレールに乗りに来たんですけど、なにか?」

 キレる一歩手前のフュアリが前に出た。短機関銃を持っていたら弾倉が空になるまで撃ち続けているだろう。

 その殺気を感じたのか、駅員はひるんだ表情になった。

「では、チケットを見せなさい」

 少しだけ丁寧な口調で右手を差し出す。エマは四人分のフリーパスを見せた。

 駅員は、それと彼女たちを交互に見比べた。明らかに疑っている。


「いいだろう。行け」

 あごで改札内を指す。

 フュアリの額に青筋が浮いた。


 ぷっ、未冬が吹き出した。こらえきれずに笑い出した。

「おかしい。行けっ、だって。すごい、本当にこんな人いるんだ」

 身体を折り曲げて笑っている。

「笑いすぎだろ、さ、行くぞ」

「い、行きましょう。あっちへ」

 マリーンも必死で笑いをこらえて、くいっ、とあごを振る。

 どわっはっは。大爆笑になった。

 フュアリもつられて笑い出した。


 憮然とした駅員を背にホームへの階段を上がると、すでに列車が待っていた。駅舎に比べて老朽化が激しい。でも、そんな事は四人には関係ない。

 座席に着くと、未冬はすぐに居眠りを始めた。エマに寄りかかり、寝息を立てる。

「ほんとうに仲が良いですよね、二人は」

「結構迷惑ではあるんだけどな」

「でも、嬉しそうだよ、エマ」

 エマは未冬の方を見て、肩をすくめた。


 その内に、心地よい揺れにいつの間にかみんな眠ってしまっていた。


 駅を降りて、少しだけ歩くと目的地の旅館に着いた。

「こ、これは」

 フュアリが絶句した。

 再び、四人は立ち尽くしていた。

 木造の歴史有る感じの建物。純和風というのだろう。聞けば、かつて日本にあった旅館をそのまま移築したのだという。つまり、築400年とか、500年以上になるのだろう。歴史遺産のような建物だった。


 ただ、それはちゃんと手入れされていれば、という条件が付く。


「ここ、誰が予約したんだったっけ」

 エマが小さな声で訊いた。

「……わたしだよ、エマちゃん。ネットで、格安だったんで」

 未冬の声も弱々しい。

 マリーンとフュアリが、うーん、と唸る声が聞こえた。

 すーっ、とエマが息を吸い込んだ。

「これ、幽霊屋敷じゃないかっ!」


 玄関の扉が外れて、ぱたり、と倒れた。冷たい風が建物内から吹いてきて、四人の髪をふわっと揺らす。

「ようこそ、おいで下さいました」

 陰々滅々とした声が、薄暗い室内から不気味に響いた。



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