第40話 重装歩兵、上陸

 飛行士官たちが艦内の調査に入ってから、相当長い時間が経ったような気がする。

「あの艦内なかを10人程で調べるんだから、時間はかかるよね」

 未冬が横に立つアミエル・マスタングに話しかける。

「うん。それは間違いない」

「だけど、気になる事がある」

 アミエルの後をエレナが受ける。


「なに、気になる事って。やっぱり幽霊が?」

 黙りこくっていたエマ・スピットファイアが後ずさりしながら言った。

「エマちゃん、そろそろ幽霊から離れた方がいいよ。もっと深刻な話だと思うよ」

「うわ、わたしより未冬の方がまともな事を言った」

 くすっ、とマスタング姉妹が笑顔をみせた。


「出てきたぞ!」

 上空から哨戒に当っていたグリーシャが声をあげた。

 士官候補生の12人は港湾ブロックの入り口付近に集結した。

 その前に女性士官たちも集まる。大尉の階級章を付けた女性が、鋭い目で士官候補生を見回した。少しだけ唇の端が上がった。


「この艦には異常がない。ご苦労だが、お前達は指示があるまで、もうしばらくここで待機していてくれ」

 大尉を先頭に、飛行士官たちは通り過ぎようとした。

「お待ち下さい」

 その顔前にライフルの銃口が突きつけられた。

 エマだった。


「これは、なんのつもりだ」

 驚いた声で大尉は言った。エマは全く表情を変えない。

「わたし達は、あなた方の顔を知りません。証明するものをお持ちですか」

 マスタング姉妹も左右から銃を構えた。上空からはミハルたちが狙う。

 怒りを押し殺した表情で彼女は呻いた。

「わかった。そこのモニターでお前達の教官を呼びだせ。そうすれば分かるだろう」

「誰を、呼びましょうか」

 彼女は舌打ちする。エマの指に力が入った。

「仕方が無い、グロスターを呼んでくれ。お前の同期が命の危機だとな」


『なんだ、未冬。いま忙しいのだ』

 壁面に設置したモニター画面に教官が映った。

「はい。あの方がグロスター教官に会わせろと、おっしゃるので」

 はあ? とモニター画面に顔を寄せてきた。

 怪訝そうなその顔が、すぐに、にやにやと笑み崩れていった。

『……お前達、でかしたぞ。そうか、こいつを捕虜にしたのか』

 おほほほ、と普段からは信じられない笑い方になっている。

『だが解放してやってくれ。そいつは私の友人のヴォート大尉だ。保証するよ』


 エマとマスタング姉妹は、さっと銃を下ろし敬礼する。

「失礼いたしました。大尉どの」

『ざまは無いな、ヴォート』

「うるさい。なんだお前の教え子は。おっかない奴らばかりだな。本当に撃たれるかと思ったぞ」

『艦内で海賊がすり替わっていないとも限るまい。当然の配慮だ』

 ヴォート大尉は両手をあげた。


「じゃあ、通して貰うぞ。どうも、うちの艦隊が苦戦しているらしい。おっと、苦戦といっても、逃げ回る相手に鬼ごっこをしている状態のようだがな」

 攻撃もしてこないが、追い払えもしない。

「この腹いせに、全部沈めてやる」

 ヴォート大尉はニヤッと笑い、部隊を率いて甲板へ向かった。


「西部方面にも、別の海賊艦が現れたらしい」

 端末をのぞき込みながらミリア・カーチスが言った。皆が振り向いた。

「いま、軍の機密通信を傍受した」

「どうやって?」

「軍の通信網に侵入した。思ったより簡単」

 無表情な顔で、何事も無いようにミリアは言った。

「でもミリアちゃん、そんなの、ばれたら大変だよ」

「大丈夫。未冬のコードを使ったから」

「あの、お願いだから、そういうの本当にやめてね」


 ミハルの組がその方面の応援に引き抜かれ、残りは8人になった。

 マスタング姉妹とグリーシャに、レッジア。それに地上科の4人だ。

「絶対、中に潜んでると思ったのにな」

 エマが首をひねっている。

「まあ、確かに。これが自動操縦で戻ってきた理由がわからないよね」

 フュアリ・ホーカーがその小型艦を指さす。

「自動操縦で……」

「戻って、きた」

 マスタング姉妹が顔を見合わせた。

「未冬に頼みがある」

 マスタング姉が言った。

「持ってきて欲しいものがある」

 続けたのはマスタング妹だ。

「ふうん、何でも言って。取ってくるから」


 未冬を見送り、もう一度、大破した小型艦を囲むように配置についた士官候補生。

 それから間もなくだった。

 その艦が大きく揺らぎ、すぐ横に大きな水柱があがった。

 水中から異形の艦艇が姿を現した。

「潜行タイプの強襲揚陸艦だと?」

 レッジアが声をあげた。

 小型艦の底面に張り付き、この都市空母へ侵入してきたのだ。

 それは潜水艦のような形状だが、大きく違うのは前面に大きなハッチがあることだった。急速に前進して埠頭に乗り上げると、そのハッチを開いた。


 中世に使用された、全身を覆う甲冑のようなフォルム。

 その数、三体。

 空中で棒立ちになったレッジアに、その中の一体が機銃を内蔵した腕を向けた。

「逃げろ、レッジア!」

 気付いたエレナが大声で叫んだ。


 銃声が轟き、レッジアを大口径の銃弾が直撃した。

 後方に撥ね飛ばされ、壁に叩きつけられたレッジアは、ずるずる、と床に滑り落ち、そのまま座り込んで動かなくなった。


 特殊装甲と重武装。

 現在では、軍においてさえ残存保有数は少なくなっている。

 通称、重装歩兵。


 最悪の敵が女子士官候補生の前に姿を現した。



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