8章 士官候補生 緊急出撃

第39話 トロイの木馬

『漂流する小型艦を確認。士官候補生は命令があるまで待機せよ』


 警告音と共に教室のモニター画面が切り替わり、テロップが流れた。頭を悩ます難解な数式が消えて、一瞬ほっとしたのも束の間、未冬は息を呑んだ。


 上空から撮影したその映像。軽武装の高速艦だろう。この空母でも多数使用されている比較的ありふれた艦型である。

 ただそれは、明らかに攻撃を受け破壊された痕があった。浸水しているのか、やや左舷側に傾斜している。


 イルマ・アセンダー教官はイヤホンに指をあてた。壁際に移動し小声で教官室と通話している。

「はい、了解です。ではそのように」

 教官は顔をあげた。厳しい表情だった。

「念のため言っておきます。これは訓練ではありません」

 教室内のざわめきが消えた。


「見ての通り、戦闘の痕跡が認められます」

 ただし付近の海域で大規模な紛争が起こっているという情報はない。

「これは都市連絡船の護衛艦ではないでしょうか。戦闘の相手はおそらく、海賊」

 ミリア・カーチスが手を上げて言った。相変わらず無表情だ。

 再び教室内がざわめき始めた。

 海賊って。いるんだ、この辺りにも。

「静かにっ!」

 教官に一喝される。


「ミリアさん、そう判断するにはまだ早いです。これが罠ということもあるので、予断はできません」

 はい、と表情を変えず、ミリアは答える。

 都市空母同士は貿易のために定期便を設けている。そしてその輸送船を襲う海賊が出没しているのだ。対策として数隻で編成された護衛艦隊を同航させるのが常となっているのだが。


 接近した戦闘姫ワルキューレ小隊からの報告があった。

 掲げられた旗や船体の紋章から、友好関係を持つ都市の護衛艦だと分かった。およそ一ヶ月前に、この艦から自らの都市へ向け出発して行った筈だった。

 それがなぜ、一隻だけ戻ってきたのか。


 戦技教官のリョ-コ・グロスターと、この士官学校の校長が揃って入ってきた。

「今から呼ぶものは私について来てくれ。ユミ・ドルニエ、メイザ・シュミット、モーラ・マーティス、パメラ・ブラックバーン。以上4名だ」

 高速戦隊の4人だった。

「緊急だ。哨戒任務についてもらう。任務の詳細は追って説明する」

 廊下には上級生が並んでいるのが見えた。


「頑張って!」

 そう声を掛けられ、ユミは片手をあげた。その姿はイヤになるほど格好いい。


「すごいね、お仕事だって」

「お前とわたしもしてるだろ。技術開発部でさ」

 エマの言葉に、未冬は曖昧な表情を浮かべた。まあ、確かに。でもあれは何か違う気がするのだけれど。

「そうだね、仕事は仕事だものね」

「あからさまに落胆するなよ」


 彼女達と正規の士官がペアを組み、周囲の探索に飛び立って行った。


「船籍不明艦を発見。呼びかけるも応答なし。駆逐艦クラス、五隻!」

 すぐに通信が入った。漂流している艦の後方から海賊と思われる艦隊が接近していた。

 都市空母内の港から高速雷撃艇が迎撃に向かう。続いて戦闘姫ワルキューレ部隊とともに巡洋艦隊が緊急発進していった。

 漂流艦に乗り込んだ隊員からは、艦内は無人だと報告があった。この空母までは自動操縦がセットされていた。


「すぐに沈めるべきだ」

 マスタング姉妹が同時に言った。

「でも、もったいなくね」

 レッジア・サジタリオが言う。よく調べてからでいいじゃないか、と。

「そうそう。あれって資源の塊だしね」

 マキ・ベルトロも同調した。

「いや。わたしも絶対沈めるべきだと思うよ」

 強い口調で言ったのはエマだった。

「だってあれ、そのまま幽霊船じゃないっ!」


 どうやら上層部は艦を収容することにしたらしい。タグボートが向かっていく。それを見たマスタング姉妹とエマはため息をついた。


 ずん、と振動が伝わった。民間ブロックとの隔壁が降ろされていく音だ。さすがに未確認の艦を空母に収容する危険性は認識しているらしい。

 今にも沈みそうなその護衛艦はかろうじて空母内に引き込まれ、浮きドックに固定された。


「みんな。念のため、防弾ベストとヘルメットを着用してください」

 アセンダー教官がそれを配布する。

 制服のスカート姿の上にそれを着用したのだが。

「これ、腕とか足はどうするんですか」

 フュアリが当然の質問をした。

「ああ。その辺は、被弾しても滅多なことで死んだりしないからね」

 冗談めかしたその教官の言葉に、みな絶句した。


 士官候補生たちは海上軍の兵器庫で武器を貸与され、港湾ブロックへ向かう。

 収容された艦の中では、隊員たちが本格的な調査を始めている。

「君たちは、周辺の監視をするんだ。敵兵が現れた場合には、攻撃を許可する」

 、これ。誰かが呟いた。


 その艦は、あちこちの被弾痕のせいもあって、まさに幽霊船にしか見えなかった。それがライトに照らされ、薄暗いドックの中に不気味に浮かんでいる。


 エマと未冬は、顔を見合わせて黙り込んだ。

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