第34話 メガネ越しの恋人

「エマさんは、未冬さんとお付き合いされてるんですよね」

 その日、いつになく真剣な顔でマリーンは迫ってきた。


 士官学校の寮。エマと未冬の部屋でのことだ。エマは気圧されて、のけ反っていく。

「あ、まあ。付き合ってるというか、付き合わされてるというか」

「きっかけを教えて下さい!」

「はあっ?」


 言える訳がなかった。今座っているこのベッドで未冬に襲われたから、なんて事。未冬とわたし、どっちの名誉のためにもだ。


「いや、それは。学校の席が隣りだったし、寮で同じ部屋になったりとか。何となく、そう。何となくだよ」

 そして一体なぜ、そんなギラギラした目でわたしを見ているんだ。


「あの、マリーン。何か、あった?」

「え。いえ別になにも。……、はい」

 途端に目が泳ぎ始めた。怪しい、というか不安がよぎる。


「あ、マリーンちゃん。来てたんだ」

 そこへ未冬が戻ってきた。買い物袋を下げている。

「おやつ、一緒に食べようよ」

「はい。いただきます」


 実は、マリーンが口を開いた。

「ある人に告白しようと思うんですけれど。どうすればいいのかな、と」

 うおー、と色めき立つ未冬とエマ。

 二人して、手を変え品を変え、散々問い詰めた結果、やっと吐いたのだった。

「いいじゃん。どこで告白されたって嬉しいと思うよ、その子も」

 ところで。

「相手は誰なの?」

 それだけは、ちょっと。絶対に言わないマリーンだった。


「そうだ。フューちゃん呼んで訓練の作戦会議しなきゃ。わたし行ってくるよ」

 未冬は大急ぎで隣の部屋に駆け込んだ。

「なんだよ、未冬。ノックくらい……はっ、マリーンが?」

「だから、マリーンちゃんの好きな人って、フューちゃん知らないかな」

 意味も無く声を潜めている。壁が薄いのは確かなのだが。


「いや、それは知らないけど。でも巨乳好きとは聞いたことないよね。男の子っぽいのが好きなら、ドルニエじゃないの?」

 未冬は唸った。表情が曇る。

「駄目だよ。それじゃ、普通過ぎるよ」

「それは失礼じゃない?」

 なぜ、そこに面白さを求める必要がある。


「あ、ああっ!」

 未冬が急に声をあげた。

「分かったよ、きっとフューちゃんだよ」

「はあ、わたし?」

 いや、そんな。え、嘘でしょ。フュアリが急にうろたえ始めた。どこか心当たりがあるのかもしれなかった。

「ど、どうしよう。もしわたしだったら」

「あれ、嫌なの?」

「ば、ばか。そんな事ないよ、あんな可愛いくて強いのに。嫌いなんて有るわけないよ。も、もう。変なこと言わないでよ」

 真っ赤になっている。


「さあ。作戦会議しようかね」

 四人そろっておやつを食べながら。

「なあ、未冬。あの二人、今日は何かぎこちなくない?」

 小声でエマがささやいた。

 むふふ、と笑う未冬。



 訓練当日。

「フュアリさん、頑張りましょうね」

「は、はいっ。がんばります」

 ん?

 マリーンは小首をかしげた。様子がおかしいけど。どうしたのかな?


「まず狙うならファーン・アルスナルとマキ・ベルトロの二人だと思う」

 昨日のエマの分析によると。

「あの二人は方向を変えるとき、僅かにタイムラグがある。その一瞬を狙おう。残りのふたりからは……」

 逃げるしかない。そう言い切った。奴らはアンタッチャブルだ。


「さあ、行こうか」

 ミハルは振り返って言った。

 そこで室内をのぞき込んで気がついた。正面にいるのは未冬だった。前回までとはフォーメーションを変えてきている。

「未冬の射撃は正確だけど、だからこそ避けやすいんだ。みんな、止まらず、動き続けてね。よし、GO!」

 圧倒的な機動性を生かし、散開・集結を繰り返し未冬に迫る。

「左にエマがいる」

 ミリアが牽制射撃を行う。

 しかし、未冬の射撃は脅威だ。彼女の銃口の行方から一瞬たりとも気を抜けない。何度も銃弾が身体を掠める。

 基本的にこのグループは迎撃戦を得意としている。空中でのドッグファイトであれば、ツインマスタングにさえ負けない自信はあった。

 だが、こういう地上掃討戦はなぁ。ミハルは少し弱気になった。

 

 あれ、おかしい。


 ミハルはやっと気付いた。未冬とエマの姿はある。だが、フュアリとマリーンは。

 彼女たちはどこにいる?

 ほぼ同時に、他の三人も気付いたらしい。

 自然に動きが止まった。


「カミナリ?」

 その音は頭上で聞こえた。

「――散開っ!」

 ミハルが絶叫すると同時に、豪雨のように弾丸が降り注いだ。

 辛うじてかわしたのはミハルだけだった。唇をかんで天井を振り仰ぐ。

「そこにいたのかっ!」


 ミハルの真上、天井付近に、マリーンに抱きかかえられたフュアリの姿があった。両手にはいつもの短機関銃。

 忘れていた。地上科とはいえ、マリーンは飛行能力を持っていたのだ。

「降参だ」

 ミハルは両手をあげた。フュアリと未冬に上下から狙われては逃れようがない。


「あの、ミハルさん」

 震える声で、マリーンは彼女に呼びかけた。

「どうした、マリーン?」

 二人は見つめ合った。

「あ、あのっ。わたし、ミハルさんの事が……、その、す、好きなんです!」

 お付き合いしてくださいっ!

 ミハルは、驚いていたが、やがて照れた表情で頷いた。


「あの、ちょっと。ここでっ?!」

 わたしは、どうすればいいの。

 マリーンに抱きかかえられたままのフュアリは叫んだ。


「なんだよ。未冬があんな事言うから、その気になっちゃってたよ、もう」

 ぷんぷん、とフュアリは怒っている。

「おかしいな、絶対フューちゃんだと思ったのにな」

「ごめんなさい。だけど、フュアリさんのことも大好きなんですよ」

「まあ、それは分かってるけどさ」


 禁じ手といってもいい手段ではあったが、飛翔科相手に連勝を飾った地上科の四人だった。訓練場を走らされるミハルたちに笑って手を振る。

「おい、スパイトフル!」

 教官が怒鳴った。

「あ、わたしもですよね。分かりました」

 マリーンもミハルと並んで走りはじめた。

「フューちゃんも走ったら?」

 なんでいつも同じ展開なんだよ。走らないよ。

 フュアリは未冬のおしりを蹴りあげた。


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