第26話 満月の夜は猫の集会へ

 艦内最上階のさらに上。甲板部へ繋がるエレベータは、夜間は停止している。

 決して立入禁止ではないのだが、安全確保の意味だ。


 足音を響かせて、非常階段を行く人影があった。

 四人の士官候補生だった。ライトブラウンの制服。地上科の一年生である。


「夜の艦外って久しぶり。あの花火の日以来だよ」

 フュアリ・ホーカーが言うのは、建艦三百周年の記念セレモニーのことだ。

「もう五年くらい前になるのかな。わたしも良く憶えてる」

 エマ・スピットファイアも頷いた。


「わたしは人がいっぱい居た記憶しかないです。花火って、ほんの少ししか見えませんでしたよ。でも、きれいでした」

 ちょっと残念そうに言ったのはマリーンだ。

「あれ、未冬は見なかったのか」

 エマの問いに未冬は首をかしげた。

「ずっと迷子になってた記憶しかない」

 ああ、と三人はため息をついた。


 階段の一番うえ。古い鉄のドアを押し開ける。

「あー、明るい!」

 もちろん昼間ほどではないのだが。

 広がる甲板。遠くに農業ブロック。水平線までもはっきり見える。

「そうか、満月なんだ」

「だから最初に言ったでしょ。お月見しよう、って」

 フュアリが上空を指さす。

「ほら、見てみなよ」


 夜空の三分の一くらいが月だった。

「それは大げさだよ。でも、昔はもっと小さかったんだよね。月って」

「へえ、月も成長するんだね」

「あほ、未冬」

「地球に接近したらしいよ。詳しい原因は不明だけど」

 地球上の大地が海に沈んだのも、その影響だとフュアリが説明する。


 エマが甲板に寝転んだ。

「あー、すごいぞ、この眺め」

 他の三人も彼女に倣う。

「ほんとだ。これ、いいなぁ」

 目の前に巨大な月が迫ってくるようだ。


「月にはうさぎが居るって、知ってる?」

 フュアリが言う。

 考え込む三人。あ、とマリーンが声をあげた。

「あの模様ですね」

「正解!」

 はー、と未冬とエマが大きく息をつく。

「確かに、うさぎが武器持って戦ってるみたいにも見えるな」

「武器、ではないと思うけどね」


 輝く月の表面を何かが通り過ぎた。

 細長い胴体に翼らしきものを持つ、異形のそれは。


「あれ、見た?」

 乾いた声でエマが言う。

「はい、あれって……」

「絵本で見た事がある」

 フュアリとマリーンも、さすがに言い淀んでいる。その名を口にしてはいけないような気がしていた。

「ドラゴンだよ、あれ。竜だ、竜が飛んでたよ。すごい、本当にいたんだ!」

 それを全く意に介さない未冬のような奴もいるが。


 そしてその”竜”は、さらに何匹も連なって、夜空を渡っていった。

 彼女たちは立ち上がると、もう声もたてず、それを見送った。

 月が冴え冴えと甲板を照らす。

 呆然と立ち尽くす四人の影だけが、長く伸びていた。



 「あ……おやつ食べなきゃ」

 竜が姿を消してしばらくしたのち、我に返った未冬がぽつん、と言った。

 「そうだ、忘れるところだった。未冬、よく気付いた」

 「へへっ」

 気を取り直し、本格的にお月見を始める女子たちだった。


 その後、あれは独自に進化を遂げ、巨大化したトビウオの一種だということを、彼女たちは知った。

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