5章 士官学校の放課後1

第25話 自習は、ほどほどに

「ねー、フューちゃん。勉強教えてっ!」

 勢いよく隣のドアを開けた未冬は、そのまま凍り付いた。


「あ……」

 ベッドの上で、フュアリはマリーンに組み敷かれていた。

 二人ともTシャツと短パン姿。汗まみれでシャツが身体に張り付いている。

 心なし上気して、とろん、となった視線が未冬に向けられる。


 お邪魔したみたいです。

「あ。ごめん」

 ぱたん、とドアを閉める。


「あああっ、待って未冬。誤解なんだよっ」

 ドアの向こうでそんな声が聞こえたような気がした。

「いいんだよ。わたし、何も見てないから」

 真っ赤な顔で、未冬は声をかけ、部屋に戻ろうとする。

「待てって、言ってるでしょ」

 後ろからフュアリにどつかれた。


「なに、せっかく気を遣ってあげたのに」

 仰向けに転がったまま未冬が不満そうに言った。

 勢い余って、前方に一回転していたのだ。

「未冬さんって、ノリがいいですよね」

 マリーンが感心している。

「昔のビデオでみた〇〇新喜劇みたいです。日系人のDNAってすごいですね」

 いや、皆がみんなこうじゃない、と思う。


「なんだ、格闘訓練だったんだ」

 未冬はフュアリの部屋に引き戻されていた。

「そうだよ。私って近接戦闘が苦手だから。マリーンに教えて貰おうと思って」

「そうか。それで、わざわざベッドの上で」

 元々、彼女は一人部屋なのだ。そのおかげでベッドは一つ余っている。

「言い方が気になるけど。嫌でしょ、床の上って。痛いんだから」

「うん。分かった。それはいい口実だね」

「殴るぞ、未冬」


「じゃあ、未冬さんもやってみましょうか。まずは実用的な護身術からですけど」

 はい、と答えた未冬は、いきなり後ろからマリーンに羽交い締めにされた。

「え、ちょっと」

「この状態から抜け出してみて下さい」

 身体をぐい、ぐいと左右にひねってみるが、全く動かない。なに、マリーンってこんなに力が強かった?


「む、無理だよ。あ、だけど」

 くんくん、と鼻をひくつかせる。ふにゃ、と力が抜けた。

「マリーンちゃん、いい匂い」

 するする、っと床に崩れ落ちる。いつの間にか、マリーンの羽交い締めから抜け出していた。

 マリーンは呆れたように笑う。

「まあ、それで正解なんですけど」


「じゃあ、今度はあたしがやってみようか」

 フュアリが未冬を後ろから抱きしめる。

「いやん」

 手つきがいやらしい。

「なんだか、さっきと手の位置が違うよ。そこは胸ですけど」

「こっちの方が固定しやすいだろ。状況に応じて戦術を変更するのが士官というものだ、って習ったでしょ」

 確かに、教官がそんな事を言っていた。

「あ、でもちょっと気持ちいいです、この訓練」


「馬鹿なの、お前?」

 自分のベッドで伸びている未冬を見て、エマが片方の眉をつり上げた。

「ぜんぜん、勉強できなかった。どうしよう」

 エマはため息をついたが、こいつが勉強しようと思っただけでも成長したのだ、と思うことにする。もう、駄目な娘を持った母親の心境だ。

「ところで、エマちゃん、どこに行ってたの?」

 ああ、とエマは未冬のベッドに腰掛けた。


「零号機の制御プログラムの検証。もう少しで安定して飛べそうなんだ」

 未冬は声をあげて、エマに抱きついた。



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