第20話 試作機最大の欠陥?

 研究室へ招き入れられた未冬は、数人の研究員によって椅子にベルトで固定され、更にヘルメットを被せられた。


 あのシミュレータで使ったのと同じ型だった。ただ前面のモニターだけは外されている。

「だ、大丈夫なの」

 エマが思わず後ずさる。完全にトラウマになっているようだ。


「小娘、お前が動かすのは、あれだ」

「おおう♡」

 未冬は歓声をあげた。先日と同じ人形に取り付けられたそれはライフジャケット型の装置だった。姿勢制御用なのだろう、周囲にいくつもノズルが突きだしている。

 そうだよ、わたしが求めていたのはこんな奴なんだよ。


「これは飛べそうですね、教授!」

「当たり前の事をいうな、小娘。では起動するぞ」

 教授は嬉しそうにスイッチに手を伸ばす。

「待ちなさいっ!」

 大声をあげたのは助手のレオナだった。びっ、と窓の方を指さす。

「外でやってください。今年度はもう、窓を修理する予算もないんですよっ!」

「そ、そうだったな。悪い、悪い」

 未冬は椅子ごと運び出された。


「言うまでも無いことだが、これは脳波コントロールを取り入れている。つまりこれが飛べるかどうかは、お前の意思の強弱にかかっているのだ」

「はいっ、頑張ります」


「ところで、この椅子は何か関係があるんですかね」

 椅子に縛り付けられたままで未冬は聞いた。これでは、ほとんど電気椅子状態だ。

「あれを身体に装着する場合には不要だ」

 今回は距離があるために、この椅子型装置で脳波を増幅するらしい。


 装置を起動すると、しゅーっと空気が吹き出す音がし始めた。人形がぶるぶると震える。

「あんな推力で飛ぶのか?」

 エマが首をかしげた。

「ふん、乳も脳ミソも小さい女だ」

「なにーっ」


「基本原理は、最新研究結果による空間制御理論によるものだ」

「はあ?」

「分からぬようだな」

「もちろんですとも」

 エマは腰に手を当て、ふんぞり返った。教授との間に視線の火花が散っている。

「分かった。では見ているがいい」

「おい、説明する気は無いのか」

「お前の胸と同じだ。最初から無いわ」

 しゃーっ、とうなり声をあげ、また睨み合う二人。まるで猫のケンカだ。


「あのー」

 未冬が声を掛ける。

 なんだっ。二人は彼女を振り向いた。今、忙しいんだっ!

 仲良く声が揃っている。

「人形が、飛んで行っちゃいました」

「なんと!」

 教授の目が輝く。本当に左の義眼からレーザーが出ていた。エマが慌てて教授の正面から逃げ出した。

「どこだ、何処に行った」

「上、なんですけど」

 あ。

 また、教授とエマが同時に声を発した。

 二人の視線の先では、照明パネルを突き破った人形が、天井に突き刺さっていた。


 大きな咳払いが聞こえ、教授とエマは首をすくめた。恐る恐る、二人が振り向く。

 思った通り、悪魔のような笑みを浮かべたレオナが、腕組みで立っていた。


「未冬、お前も一緒に謝れよ」

 教授の隣で正座させられているエマが、うんざりした声で言う。

「うん、あ、でも」

 椅子に固定されていて動けない。

 未冬は上を見た。


 人形がゆっくりと降下して、エマの隣に着陸した。きちんと這いつくばる格好になっていた。

「へえぇ」

 レオナを含めた三人は顔を見合わせた。

「教授、これ上手くいきそうですね。予算、通るかも」

 ぽつん、とレオナが言った。


「あ、でもこれ」

 何かに気づいた彼女は、外した飛行装置を手に考え込んでいる。

 困ったような表情で、教授の耳元に何事かささやいて、ちらっと未冬を見た。

 教授は、ぺん、と額を叩いて嘆息する。


「それは考えていなかった。ええい、面倒な。おい、小娘」

 椅子から解放された未冬は大きく伸びをしていた。きょとん、と彼らの方を見る。

「貴様では胸がデカ過ぎて装着出来んではないか。何とかせい」

 何とか、と言われても。

「嫌ですよ、せっかくここまで大きく育ったのに」

「うぬぬ、そうだ、そっちの娘!」

 不穏な気配を察し、こっそりと逃げ出そうとしていたエマを呼び止めた。

 にたり、と笑う教授。

「え……、やっぱり、わたし? いやーっっ!」


 結局、未冬とエマは、エレナから技術開発部への出入り禁止を申し渡された。但し当面は、と云うことらしい。

「心配するな。ちゃんと予算がついたら、お前たちを呼んでやるから」

 有り体にいえば、天井を壊したほとぼりがさめた頃、らしい。

 エレナって、おっかないんだよ。情けない声で教授が囁いた。

「あの。わたしも、ですか」

 エマが心底、嫌そうな顔で訊く。

「勘違いするな、研究員としてだ。もう飛べとは言わんよ」

「だって。よかったね、エマちゃん」

 未冬のキラキラした瞳で見つめられると、嫌とは言い出せないエマだった。

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