4章 地上科VS.飛翔科 一回戦

第21話 白銀のツインマスタング

 透明なシールドに囲われた直径30m程のそれは、三階建てに相当する訓練施設の天井まで届いていた。


「何ですか、これ」

 シールドの中は金属製の円筒になっており、前面に制御盤やモニターらしきものが設置されている。

「未冬は見た事が無いのか。これがこの艦のエネルギーを発生させているジェネレータの一部だ」

 教官の言葉に、彼女はそれを、はあー、と見上げた。ぽかんと口が開いている。

「これは訓練用の模型だが、サイズや強度は本物と同じになっている」


 今日は、『地上科』だけでなく、『飛翔科』のメンバーも一緒だった。

「今日の訓練の内容を説明する」

 一年生は現在16名だった。地上科4名、飛翔科12名。

 もともと地上科は8名だったのだが、マリーンが1人病院送りにしてしまったため、その仲間共々4名がすでに自主退学、という事になっていた。


「まず、四人ずつ二組に分かれる。片方は攻撃側だ。この設備を奪取しろ。そしてもう一組、こちらはこれを死守すること。これはこの艦の命と言ってもいい。絶対に奪われてはならん」

 はい。全員が緊張した声で答える。


「よし。では、地上科4名。お前達が守備側だ。攻撃にまわるのは、まず、グリーシャ・スカイレーダ」

 前に出てきたのは、艶やかな黒髪が顔の半分を隠した長身の少女だった。雰囲気としては、どこか未冬に似ている。しかしその知的な冷静さは、似非えせクールビューティーの未冬とは比較にならない。


「うわ、グリーシャか。まずいな」

 エマがちょっと泣き出しそうな顔で言った。

 ん、なんで、と未冬がエマの顔をのぞき込んだ。

「やばい位、強いんだよ、あいつ。空中もだけど、地上戦が」


「次、レッジア・サジタリオ」

 少しぽっちゃりとしているが、鋭い目付きの少女だった。名前の由来なのだろうか。真っ赤な髪をしている。

 ぐえ、エマが今度は変な声を出した。なぜかへらへら笑い始めた。これは、勝てそうなのかな、未冬が訊くと、エマはがくん、と首を垂れた。


「まさか。地上掃討戦のツートップじゃないかぁ。もう、いじめだろ、これ」

「へー、そんなに強いんだ」

「この二人にかなうっていったら、そうだな……」


「エレナ・マスタング、アミエル・マスタング。以上、攻撃側はこの四人だ」


「そうそう、あのツートップに勝てるのはマスタング姉妹くらいだよ、って」

 言おうと思ってたんだけど。

「絶対、勝てねえ……」


「あれれ。諦めが早いよ、エマちゃん。やる前から諦めてちゃ駄目だよ」

 未冬が両の拳をぎゅっ、と握って言った。フュアリも、うんうんと頷く。

「そうだよ、こっちにはマリーンがいるんだから」

 三人の視線が彼女に集中する。いつもなら、ここで弱気に微笑むマリーンだったが、今日は固い表情のままだった。

「ともかく、守備側の武器を選びましょう」


 迷わずRZランチャーに手を伸ばした未冬の背中を、マリーンが蹴り飛ばした。

「未冬さん、ふざけてるんですか!」

 床に倒れて横座りになった未冬は、ええーっと声を上げた。

「こんな狭い場所でランチャーなんか振り回せる訳ないでしょ。それにジェネレータに当ったらどうするんですか。自滅ですよ。死にますよ」

 ほ、本気だ。未冬は戦慄した。


「マリーン、それにエマ。そんなやつの事はいいから、手を貸して」

 二人が振り返ると、10丁もの短機関銃と、それに倍する弾倉をぶら下げたフュアリが床に座り込んでいた。

「ど、う、したんです、か。フュアリさん」

 怒りを押し殺した声と表情で、マリーンが問いかける。

「ちょっと重くて立てない。でも多分、一度立ち上がれば、あとは大丈夫だからさ」

 お前ら、頼むから真面目にやってくれよ、エマは目を伏せた。


 結局、四人とも小銃と軍用ナイフを装備することになった。もちろん銃弾は模擬のペイント弾である。そしてナイフにも刃はついていない、プラスチック製だ。

 全員ゴーグルを装着し、二手に分かれる。

「攻撃側は通路からスタートだ。攻撃側の持ち時間は、…3分だ」

 制限時間を言うときに一瞬、間があったのは、きっと30秒で片がつくと思ったからだろうな。エマは思った。

「守り切れば『地上科』の勝ち。どちらかが相手を殲滅したら、その時点でそちらの組の勝利となる。よし、始め!」


 未冬とエマ、フュアリとマリーンは機械ジェネレータの左右に分かれ身を隠しながら通路を狙う。

 通路側からは、散発的ながら実に的確に発砲してくる。

「なぜ一気に出てこないんだ」

 エマは額に冷たい汗が流れるのを感じた。

「あ、来たよ」

 出てきたのはグリーシャだった。右手に、刃の湾曲した巨大なナイフを下げている。ゆらり、と部屋に入ってくる。

「行きます」

 未冬が小さく叫ぶ。そのまま遮蔽物を飛び出し、三連射する。


 グリーシャのゴーグルにペイントの飛沫が飛び散った。

 しかし、弾体は。

「う、うそでしょ。どうして」

 三発とも、彼女の持つナイフによって叩き落とされていた。

「ん、どうしてかって?」

 グリーシャが笑みを含んだ声で言った。

「銃口を見れば、どこを狙っているのかすぐ分かるのに。なにが不思議なの?」

 未冬は慌ててまた物陰に隠れる。

「えええーいっっ!」

 エマと未冬が乱射するが、全く掠りもしない。というか、通路からの援護射撃が正確すぎて、ほとんど顔も出せないのだ。その隙にグリーシャが壁沿いに回り込んでくる。いつの間にか巨大なナイフはホルスターに仕舞い込んで、左手に小さな拳銃を握っていた。走りながら未冬を狙う。

「やらせるかっ!」

 未冬を援護しようとエマが身体を乗り出したその瞬間。グリーシャの銃口がエマに向いた。

 しまった、とエマの動きが止まった。

「えっ」

 グリーシャの右手が振り上げられ、閃光を放ったそれは真っ直ぐ未冬の額に吸い込まれていった。あうっ、と呻いた未冬は、仰向けに倒れた。

 その額には小型ナイフが深々と突き刺さっていた。

「未冬!……、いてっ、いてて」

 エマの身体にペイント弾がはじけた。


「はい。未冬、エマ、終了。グリーシャもだ」

 教官が淡々と告げた。

 グリーシャは、えっ、と身体を見た。脇腹にペイント弾の痕があった。

 どうやら倒れた際に、未冬の銃が暴発したらしい。

 あー、と彼女は苦笑いで天を仰いだ。


「は、早いよ。ふたりとも」

 フュアリが叫ぶ。

「来るぞ、援護頼む」

 完全に別人格と化したマリーンが、突入してきたエレナ・マスタングに攻撃をかける。エレナの動きが速い。銃撃をかわしながらでは捕捉することができない。

「マリーン、上!」

 今度は、眼前の敵と同じ姿をした少女が壁を駆け上がっていた。飛行能力の応用だ。高い位置どりからマリーンを狙う。

 上下挟み撃ちかっ。

 床に転がり、辛うじて射線から逃れる。

「わーーーっ!!」

 フュアリが両手に短機関銃を持って乱射している。結局、何丁も銃を持ち込んでいるのだった。マスタング姉妹の動きが止まった。

「もらったっ!」

 心の中でマリーンは叫んだ。

 弾は、出なかった。残弾ゼロ。


「残念だったね。スパイトフル」

 銃口が頭に押しつけられた。

 もう一人、いた。レッジア・サジタリオ。真っ赤な髪がふわりと揺れた。マリーンは全く気配を感じないまま、背後をとられていた。

 引金に掛かった指に力が入る。

 その時。

 彼女にはマリーンが突然消えたように見えたかもしれない。

 レッジアの銃弾は床で弾け、オレンジ色の飛沫を飛び散らせた。

 彼女は、後ろから頸動脈を締め上げられ、そのまま意識を失った。


 レッジアを締め落としたマリーンを、二つの銃口が狙った。

「ごめん、やられちゃったよ」

 フュアリが、全身ペイントだらけになっていた。

 マリーンは苦笑して両手をあげ、降伏の意思を示しかけて、止めた。


 床に落ちたレッジアの銃をつま先で跳ね上げ、それを掴むなり横っ飛びに転がった。

 銃声が連続して響いた。


「そこまで。守備隊は全滅。ジェネレータは奪われた」


 はあはあ、と荒い息をついて、マリーンは胸に手をやった。ペイントがべったりと手のひらに付着した。


「攻撃側の生き残りはアミエル・マスタングだけか。所用時間、2分53秒」

 マリーンとアミエル、そしてエレナは、ほとんど同時に、がっくりと膝をついた。最後はマリーンと、アミエルを庇ったエレナが相討ちだった。

「ああ、疲れた」

 三人とも心からそう言った。


「ごめんよ、マリーンちゃん」

 額からナイフを生やした未冬が駆け寄ってくる。

「未冬、おでこ」

 グリーシャが笑いながら指さした。

「えー、ひどいよ。こんなの使うなんて」

 それは柄の部分の粘着テープで張り付いていた。ペリペリ、と剥がすとまた刃が飛び出した。指で押すと刃が引っ込む。

「へー、面白い」

 ツンツン、とエレナの胸をつっつく。

「もう、やめてよぉ」

 マスタング姉は身をよじっている。


 ぶはっ、とレッジアが息を吹き返した。

「マリーン、てめえ見境いがねえな。手加減しろよ」

「ごめんね。でも、あんな時はすぐに撃たないとだめだよ」

「でも普通、決め台詞って言うもんだろ」

 ドラマの見すぎだよ。マリーンはくすっと笑った。


 あー、でもお腹空いた。未冬が言う。

「お前は早々に死んでただけだろ」

 エマがその頭をはたいた。


「さあ、次の組が始まるよ」


 こうして、訓練は第二段階に入っていった。

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