第19話 ここって本当に技術開発部なの?
エレベータの扉が開くと、目の前には果樹園が広がっていた。
緑色の葉と黄色い果実の、鮮やかなコントラストが目にまぶしかった。
大きく息を吸い込むと、柑橘のいい匂いに身体中が満たされた。
「ああ、いい風景だね。エマちゃん」
未冬は思わず声を上げていた。いつの間にか最上層部に出てしまったのだ。
遙か彼方に、空母の先端が水平線と重なって見える。それは、右を見ても、左を見ても同じだった。未冬はこの空母の大きさを再認識する思いだった。
「なあ、未冬」
どこか不機嫌そうな声で、エマが言った。
「わたしもここに来たのは初めてだから、ちょっと感動してるよ。それは認める。でもな。このどこが技術開発部なんだ、ここ農業ブロックじゃないか」
「ほらほら、エマちゃん、あれなに、あの動いてるの?」
未冬が指さす方向を見たエマは、うわっと声をあげた。
その方角は果樹園ではなく、牧草地帯になっていた。そのなかに黒い大きな生き物と、白くて、すこし小さい生き物の姿が見えた。
「ああ、あれ牛だと思うよ、あの大きい方。小さいのは、羊じゃないかな」
「うわ、すごい。動いてるの初めて見たよ」
二人は手を取り合ってはしゃいでいた。
「ずっと見てられるね、エマちゃん」
「うん、今度はお弁当持って来ような」
そこで二人は我に返った。
「おい、こんな事してる場合か」
「そうだよ、もうお昼だよ。なにか食べなきゃ!」
違うわっ。
二人はまた艦内へ戻った。ともかく軍事ブロックを捜さなくては。このままでは士官学校へ帰ることも出来なくなりそうだ。
「どこで間違えたんだろうね。やっぱり最初からかな」
エマは頭を抱えた。その可能性が一番高い。
結局、下校途中らしい小学生に道を聞いて軍事ブロックまで戻ってきた。
ここは、この地区の学校が集まっているエリアらしい。一戸建ての家の向こうに、いかにも学校といった四角い建物が立ち並んでいる。
ご免な、こんなお姉ちゃんたちで。エマは並んで下校していた小学生たちに、心のなかでお詫びをするのだった。
「ああ、なんだか見た事ある光景だよ。もう大丈夫だね」
未冬は途中で買ったドーナツを囓りながら、その自走通路にとび乗った。
「いや、艦内ってどこのフロアもこんな感じだと思うけど」
どうしても不安を抑えられないエマだった。
奇跡とは起きるものなのだろう。
本当に、未冬の話にあった故障した自走通路へ辿り着いた。
「これからまた歩くんだよな」
「そうだよ、あともう少し」
エマは周囲を見回した。あきらかに寂れている。というより、全くメンテナンスが為されていないように見えた。これは確かに心配になる。ほとんど、うち捨てられたエリアなのではないだろうか。
「うわぁ」
エマは呻いた。
聞きしに勝る、とはこの事だろう。正確には、聞きしに劣っているが。ゴミ捨て場、そんな言葉が真っ先に浮かんだ。
もしかしたら未冬の言っていたボロ小屋はダミーで、実は最新鋭の研究所が隠されているのでは、と期待したのだが、それはあっさりと裏切られた。
「ほう、また来たのか。小娘」
入り口に立っていたのは小汚い中年男だった。この男がタンク教授なのだろう。
「はい。わたしは飛ぶことを諦めてませんから」
未冬が力強く言った。
「で、なんだこの、ぺったんこは」
おのれ、女の敵め。エマは視線に殺意を込める。
「友達のエマちゃんです。エマ・スピットファイア」
教授の義眼の瞳孔が極限まで開かれた。
「聞いているぞ。そうか、お前があの」
ほうほう、と感心している。いつの間にか10人ほどの研究員が集まってきた。
「え、わたしって有名なの?」
小声で未冬に聞いてみる。しらないよ、と答える未冬。
「知らいでか。あの飛行シミュレータを強制終了させた猛者といえば、開発部では
どわっははは、と研究員ともども大爆笑している。
こいつら全員ぶっ殺してやろうか、エマは本気で思った。
「止めなさい、教授。ごめんね、みんな悪気はないんだけど、口が汚くて」
一人だけ苦い顔で黙っていた女性が一喝する。レオナ・ロメオ。教授の娘にして助手。そしてユミ・ドルニエの遺伝子上の姉にあたる。
これで悪気がないのなら、技術者の根性って、どれだけ曲がってるんだ。
「頭にきた。帰るよ、未冬」
「待ちたまえ、エマ・スピットファイア」
フルネームを呼ばれて、エマは振り返った。
「君には、この娘のための飛行機械製作を手伝って欲しいのだ。君の優秀さは常々聞いている。技術開発に、その能力を生かしてくれないか。頼む」
エマは未冬を振り返った。少し、にやけている。
「もしかして、それでわたしを連れてきたのか?」
いや、と未冬は首を振った。エマちゃんも騙されてるよ、と口から出そうだった。だって、エマちゃん、そこまで成績良くないでしょ。それは自覚したほうがいいよ。
「あのプロペラ試験機か。あれは冗談だ」
教授は言った。それはそうだろう。あれで空が飛べると思っている奴がいたら、それは科学者とは呼ばれないだろう。
ほんとうは何種類か、ちゃんとした試作機があるらしい。
未冬は、空が急に近づいたのを感じた。
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