3章 技術開発部の誘い

第13話 人体改造はやめて下さい

 なんだか、また騒動を起こしたらしいな。地上科一年生は。

 あきれたようにハヴィ・ラントは言った。


 放課後、彼女と未冬は海が見える展望台にいた。

 潮風と、錆の匂い。

「あれは向こうが悪いんだよ。最初からわたし達を怪我させるつもりだったらしいからね。無事なのはマリーンちゃんのおかげだよ」

「ああ。分かってる。でも」

 そこでハヴィは笑い出した。

「凄いな、未冬の友達は。『戦艦殺ガレオンスレイヤーし』もいれば、高所恐怖症でシミュレータの安全装置を動作させた奴とか、殺人狂もいるんだって?」

 フュアリの噂については、さすがにちょっと言い過ぎだと思った。


「未冬、進路は決めてるの?」

 ぽつり、とハヴィが言った。

「え、いや。砲兵隊がいいんじゃないか、とは言われてるよ」

 射撃関連の成績なら、結構自慢できるのだ。

 でもハヴィが続けたのは意外な一言だった。

「空、飛びたくない?」

 一瞬なにを言われたのか分からなかった。

 ハヴィにつられて、未冬も白い雲の浮かんだ青空を見上げた。

「空か、……飛びたいよ」

 あのシミュレータ訓練で感じた空へのあこがれ。

 もう一度、心からそう思った。

 未冬は、手すりをギュッと握りしめた。


「実験部隊?」

 未冬の問いかけに、ハヴィはしばらく口ごもっていた。

「うん、だけど。まあ、止めた方がいいかな、とか思うわけなんだけど」

「なぜ?え、なに。危険な人体実験とかされるってこと?」

 飛翔に関する研究が始まった頃、そんな事が行われたというのは公然の秘密だった。濃縮したフェルマー因子(と思われるもの)の大量投与。果ては血液交換、遺伝子操作まで行われたらしい。


 そのすべてが失敗した。


 被験者の多くが死亡または重篤な後遺症を残した、と云うことがのは幸いだったろう。つまり、全くなんの効果も見いだせなかったのだ。

 能力発現をうたった民間レベルの薬品などで健康を害した人はいたようだが。


「じゃ、どうやって」

「機械を使うんだ」

 苦々しげに言ったハヴィ。未冬は、なーんだ、と声をあげた。

「昔からある、戦闘機とか、だね」

「いや、違うんだ」

 だんだんとハヴィの表情が沈んでくる。

「もっとコンパクトなもので……」

 未冬は、はっ、と気付いた。顔が青ざめている。

「まさか、ハヴィちゃん」

「うん。多分、そのまさかだ」

 うわー、と未冬は呻いた。いくら空を飛べるとしても、それだけは勘弁して欲しい。


「あの、いくらあたしでも、それはちょっと」

「そうだろうな。だから無理にとは言わない」

「両足にロケットエンジンを埋め込んで、胸からミサイルが発射できるようにするんでしょ。いやだよ、女の子として終わっちゃうよ」


 ☆


 あいたたた、未冬は叩かれた頭を押さえている。

「そんな事を想像してるとは夢にも思わなかったよ。ほんと、ばかだな、未冬は」

「えー、なんでよ。足にロケットって定番じゃない。まあ、胸からミサイルは冗談だけど。人によって容量の問題もあるし」

 はあん?

 ハヴィは未冬のほっぺたを引っぱった。伸びる、伸びる。

「容量とは、なんの事だ。ああっ?」

「お、おっぱ、いたた……」


「うちの軍は、そんな悪の秘密結社みたいな所じゃないよ」

 わたし、その実験部隊に配属されることが決まったんだ。ハヴィは言った。

 彼女は二年生でもトップクラスの成績を持つ、学校の有名人だった。未冬の教室に彼女が現れたとき、皆がざわめいたのはその為だった。

「で、未冬にも声をかけてみてくれないか、って言われてさ」

「でも、わたしもう一年、学校あるよ。勉強しながらってことかな」

 うん。彼女は頷いた。いくらか給料も出るらしい。

「それはいいけれど。なんでわたし?マリーンちゃんなんか、もっと凄いよ」

「ああ、知ってるよ」

 もう一人のガレオン・スレイヤー。

 彼女が選ばれなかった理由、それは。


「優秀すぎて、実験部隊なんかには勿体ない、って事だと思うぞ。怪我でもされたら大変な損失だからな」

 納得した未冬だった。でも、じゃあ、どんなとこなの、実験部隊って?


「でも一番は、空を飛びたいって気持ちがあるかどうかなんだ。未冬は、それは誰にも負けないだろ」

ハヴィは真面目な顔で言った。

「も、もちろん方法によるけどね」

それだけは、言っておきたい未冬だった。

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