第12話 マリーンは静かな破壊神

「おーい、未冬」

 教室の外から呼ぶ声がした。

 金髪の小柄な女の子が手を上げている。

「あ、ハヴィちゃん。どうしたの」

 なぜか、教室内がざわめいた。エマですら、驚いた顔で未冬を見詰めている。

 だが、それには全く気付かず、未冬はハヴィのもとへ駆け寄った。


「今日の放課後、付き合ってくれないか」

「え、で、デート?」

「そんな訳あるか。未冬、性格変わったな」

 未冬は得意げに胸を張る。

「人はね、いつまでも子供じゃないんだよ、ハヴィちゃん」

「あ、まぁそうだけど。未冬に言われると、何だかムカつく」

 ハヴィは苦笑いした。

「でも展望台で叫んでるよりはいいか。昔からどこか無理に明るくしてる感じだったもの、未冬は」

 家を出て吹っ切れたのかな、そう思った。

「やだな。わたしは今でも、どこかかげのある美少女だよ」

「殴るぞ。じゃあ、また迎えに来るから」


「あの未冬って奴さぁ」

 教室の反対側だったが、マリーン・スパイトフルはぴくっと反応した。

 大柄な、おっさん顔の少女が取り巻きを相手に何か話しているのだ。その表情から、決して褒めているのではないと分かる。


「ガレオン・スレイヤーとか言われて調子乗ってるみたいじゃないか。今日の格闘訓練で、痛い目に遭わせてやらなきゃなぁ」

「そうですね、逃げ出したあのメガネみたいに」

 今度はマリーンの方を見ている。気付かぬふりで、彼女は教科書に目を落とす。

「でも笑ったよなぁ。あいつ、メガネ取ったら本当に何も見えねえでやんの」

「無様でしたね。今度は本当に泣かせてやりましょうよ」

「しょせん、シミュレータだけなんだよ、あいつら」

 マリーンの頬が引きつっている。


 アブロ・リンカーという少女と、その回りにいる3人はマリーンたちと同じ『地上科』である。現在8人の地上科生が、なんとなく4人ずつに分かれているのには、訓練を行う上で都合が良いという他に、やはりそれなりの理由があった。


 実際、前期は6人しかいなかったために、訓練の際も特に分かれてはいなかった。

 だが、次第にアブロを中心に一種の支配関係が成立していく。エマは基本的に他人とつるむ事を嫌う。その結果エマだけが孤立していった。

 物静かなマリーンは否応なくアブロ側に取り込まれた。それも、いい玩具おもちゃとして。


 それが一変したのは、後期になって未冬とフュアリが転校してきたからだった。

 未冬は暴言を吐かれながらも、なぜかエマになついていたし、また、その可愛らしい容貌に似合ず、超攻撃的な性格のフュアリがアブロと合う筈もない。

 5人と3人になって、ひとりあぶれる感じになったのを幸い、マリーンは未冬たちと行動するようになったのだ。


「教官、今日の訓練は勝ち抜き戦にしませんか」

 アブロがニヤニヤ笑いで言った。

 武器を使わない、素手での格闘戦である。殴る、蹴るは自由だ。

 教官は、ふーん、と唸った。

「よかろう。対戦相手を指名しながら、ということだな」

 最初は誰からだ、教官が見回す。

 手が上がった。

「よし、ではマリーン・スパイトフル」

 立ち上がったのはマリーンだった。


「相手を指名しろ」

 マリーンは首を巡らす。この中で一番小柄なフュアリと目があった。彼女はにこっと笑い、立とうとした。

 しかしそれを制するように、マリーンは背後を振り向いた。

「アブロさん、お願いします」

 静かな口調で、彼女は言った。


「ふざけてんのか、てめえ。舐めやがって」

 怒鳴りながら立ち上がったアブロは、すぐにニヤッと笑った。マリーンの顔を指差す。

「危ないなぁ、メガネは外せよ」

「……いえ、大丈夫ですから」

 しまった、とマリーンは唇を咬む。


「外せ、スパイトフル。これは認められん」

 教官に言われ、しぶしぶメガネをとって隣の未冬に渡した。

「待って、それじゃ無理だよ。わたしと交代しよう。いいでしょ、教官」

 エマが呼び掛けるが、マリーンは硬い表情のまま、首を横に振った。

 そして目を細め、そろそろ、と探るように訓練場の中央に辿り着いた。


「よし、始め!」

 うすら笑いを浮かべたアブロは無造作に近づいていく。

「マリーンちゃん、来てるよっ!」

 未冬が大声をあげた。

「うるせえよ、何が戦艦殺ガレオンスレイヤーしだ」

 マリーンはあさっての方を向いたまま、棒立ちになっていた。

「一発で眠らせてやる」

 拳をマリーンの顔面に向け振り下ろす。周りから悲鳴が上がった。


 未冬は何が起こったのか分からなかった。

 マリーンが、ほんの少し身体を反らしたようにも見えたのだが。


 振り下ろしたアブロの腕は、マリーンの両腕でがっちりとめられていた。

 わずかに、マリーンの唇の端が上がった。

「つかまえ、た」

 そのまま、殴りかかってきた相手の身体の下に潜り込むようにして、右脚を跳ね上げる。アブロの巨体が真っ逆さまに宙に浮いた。

 そのまま床に叩きつけられる。


 腕の筋繊維が断裂する嫌な音に続いて、何かがひしゃげる音が響いた。

 手を離したマリーンは、ぴょんと跳ねると、アブロの顔面に膝落としをかけようとした。

「そこまでだ!」

 鋭い声で教官が制止した。マリーンの膝は顔面数センチのところで止まった。不満そうな顔で教官を見る。

「訓練中止!お前達、こいつを医務室へ連れて行け」

 三人がアブロを抱えるように訓練場を出ていった。


「な、なに。今の」

 フュアリが呆然と言った。

「もしかして、わたしが、ああなっていたの?」

 マリーンはさすがに申し訳なさそうな表情になっていた。未冬を守るためとはいえ、やり過ぎたかもしれない。

「まさか。フュアリさん相手にあんな事する訳ありません」

「そ、そうだよね。でも、すごい」


 未冬は手に持ったメガネに気付いた。エマと顔を見合わせる。

「マリーン、お前、目が見えてるのか」

 え、ああ。と彼女は自分の目を指さした。

「嫌いだから普段は入れないんだけど、コンタクトなの」


「汚ねー、この女」

 三人は同時に叫んでいた。

 えへ、と、マリーンは頭を掻いた。


 マリーンは、空中では格闘技術が生かせないため、あえて地上科を選んだのだと、後になって聞いた。

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