第11話 ふたりで、朝まで

 士官学校と、その寮になっているこの艦内ブロックが、もともと何であったのかは定かでない。


 ただ、この安直な設計からすると、ふねの外殻構造を利用して無理矢理、居住空間を捻出したようにも思える。子供が家の片隅を段ボールで仕切り、秘密基地だと言い張っているのによく似ていた。


 空母と称してはいるが、この建造物自体、まず民間人のための居住区が最初に造られたのだった。その後、軍事ブロックがその周囲に追加され現在の形に至る。

 これだけの巨大な人工建造物が海に浮かび、動き続けているというのは驚異的な事だった。


 艦内のインフラがどうなっているのか、エマ・スピットファイアには知るよしもなかった。水は、海水を脱塩処理するのだろうと想像はできる。ただそのエネルギーはどこから来ているのだ。

 艦内全体を照らすこのあかりは、なぜ消えることがないのだろうか。


 ただ、そんな事より、目下の問題は彼女のベッドの中にあった。


「なんで未冬があたしのベッドに入ってるんだよ!」

 いつもよりベッドが狭く感じ、身動きが取れなくて目が覚めたのだ。

 しっかりとエマに抱きついた未冬はすやすやと眠っている。

「お前だけ寝てんじゃねえよ!」

「ふえ、夜中なのに声が大きいですよ。訓練失格したエマちゃん」

 寝ぼけた声で未冬が言った。

「その事は言うな!」


 どんどん、と隣から壁を叩く音がした。

「……すいませーん」

 小声で謝る。隣の部屋はフュアリ・ホーカーだ。

「あいつ、ああ見えて結構気が短いんだよな」

 小声で呟くと、また壁が叩かれた。

 まさか、これも聞こえてるのかっ。


「うーん。暖かいよー」

 未冬が頬をすりよせて来る。

 確かに、最近空調がおかしいのか、室内が寒い。

「だから、エマちゃんもわたしの大きな胸でお休み」

 それが一番むかつく。ことあるごとに自慢しやがって。

「それはひがみというものだよ。ふあぁ……」

 またすぐに寝息を立て始める。


 エマは、一回目覚めると、それ以降は目が冴えてなかなか眠れないのだ。未冬の天使のような寝顔を見ていると、彼女は段々と邪悪な顔になってきた。


「えーい、こうなったら、いたずらしてやる」

 未冬のほっぺたをつまんで、にーっ、と伸ばす。

 おお、柔らかい。変顔も面白いぞ。

 くすくす、と笑うエマ。


 次に、寝息をたてている唇を、人差し指と親指ではさむ。一瞬、ふぐ、ふぐっ、となった未冬だが、すぐに鼻呼吸に切り替わった。エマはその鼻もつまむ。

 しばらくは、何事も起こらなかった。

 でも、薄暗いなかでも未冬の顔が赤くなってきたのが分かった。

 そして。

 ぶはーっ、と息を吐いて未冬が目を覚ました。

「死ぬから。わたしだって、息しないと死にますからっ!」

 かんかんに怒っている。


 また、壁が連打された。さっきより大きな音のような気がする。

「ごめんなさーい」

 ふたりで謝る。

「未冬のせいで怒られたじゃないか」

「あ、あたしのせいじゃないでしょ。エマが変なことするからだよ」

 えい、こうしてやる。

 未冬はエマの唇にキスした。

「だから、そういう事は、わたしは……、だから、しないって。前から言ってるでしょ。う、うぐっ。もう、止めなさいって、ちょっと、あぅん」


 しばらく、ぴちゃ、ぴちゃという濡れた音が続いた。

 ぷふあーっ、と、未冬が大きく息をついた。

「へへっ、エマちゃん。キスが上手になった」

「うるさい、ばか」

 エマは真っ赤になって、枕に顔をふせる。


「それより、明日は、ん、もう今日か。それはともかく、格闘訓練があるんだろ。寝不足じゃ戦えないぞ」

「え、わたしはエマちゃんが何もしなければ熟睡できてたよ」

 そうか。それはすまなかった。いや、違うだろ。

「そもそもはお前がわたしのベッドに入ってきたからだ」

「だって寒いんだもの」

 未冬もそう思っていたのか。わたしの気のせいなどではなく。


「やはり空調がおかしいのかな、管理人さんに言っておこうか」

 ん、と未冬が首をかしげた。

「そんな事しなくて大丈夫だよ。わたしが温度設定下げてるだけだから」

 お前の仕業だったのかっ。

「だから、こうして一緒に寝るんだよ」

「ちょっと。未冬、やめて、あっ、そんなとこ。だめだから、いやああーっ」


 翌朝は、思ったとおり寝不足だった。目を開けているのがやっとだ。

 ただ未冬はいつものように鼻歌なんか歌っている。

「お前、元気そうだな。眠くないのか」

「うん。だってわたし、一般教科のときに、しっかり寝てるからね。睡眠時間は昼間だけで十分なんだよ」

 そうだった。それが平気で出来るのが、こいつの強みなのだった。


 ああ、今日は、特にハードな一日になりそうだ。

 ひとつ、おおきな欠伸あくびをして、エマは思った。


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