第10話 戦艦殺し(ガレオン・スレイヤー)

 ああ、いい天気だなぁ。

 このまま空を散歩したいなぁ。そんな事を未冬は考える。

「馬鹿者、なにを現実逃避している。戦え」

 当然、教官に怒鳴られた。

「分かりましたよぅ」

 しぶしぶ、ランチャーの弾倉情報を表示させる。

 炸裂さくれつ弾×2、徹甲てっこう弾×3

「やってみるか」


 時折飛んで来る砲弾をかわしながら、ガレオンの後方へ回り込む。どうやら前面にしか砲台がないようだ。しかも動きが遅い。

「今時、オールをこいで進むなんて、古いよね」

 ランチャーを構える。

「行きます、徹甲弾三連射!!!」

 神業のような正確さで、ほぼ一点に弾着を集中させる。そして、間を置かず。

「炸裂弾、全弾発射!」

 いけーっ、と叫ぶ。

 それは、徹甲弾がこじ開けた穴にキレイに吸い込まれた。

 戦艦のあちこちから火柱があがり始めた。


「よおーし!」

 ガッツポーズを決めた未冬は、どこか違和感を感じた。ガレオンに、だ。

 ガレオンの特徴、三段櫂。それが、今はない。オールの代わりに突き出しているのは、あれは。

「え、ええーっ?」

 全て、砲口。しかも全部が、未冬に向いている。


 次の瞬間、船が見えなくなる程の密度で砲弾が発射された。

 さっきまでの通常弾ではない。

 超高速弾が未冬に襲いかかる。

 けなきゃ、そう考えた時にはランチャーごと、右腕がもぎ取られていた。

「……!」

 次に両脚に被弾。

 そして、胸を弾丸が突き抜けて行ったとき、やっと自分の悲鳴が聞こえた。


 ガレオンの最後の一斉射だった。

 モニターには、沈みゆく戦艦と、落下していく、未冬が映し出されていた。


「未冬!」

 エマが、シミュレータの開扉ボタンに拳を叩きつける。自動で開くのを待ちきれず、手で押し開けて中に飛び込んだ。

 未冬は床に倒れていた。


 教官と三人がかりで引きずり出すと、ヘルメットを脱がせる。完全に気を失っていた。

 何度も揺さぶると、やっと未冬は、ぼんやりと目をひらいた。

「……あれ、生きてる」

 そこでやっと本当に意識が戻ったらしい。

「そうだ、腕、腕は?」

「大丈夫だよ、ちゃんとあるから」

「あ、脚も」

「うん、うん」

「胸は?」

 それを聞いたエマは、舌打ちした。

「悔しいけど、あたしのより立派なのがついてるよ」

「あ、よかった」

 ぺしっ、と頭を叩かれる。

「痛いー」


「もう、なんでシミュレータで気絶するかな。馬鹿じゃないの」

 エマが、呆れたように言う。

「だって、本当に痛かったんだもん。痛みもフィードバックされるとか言ってたじゃん」

 死ぬかと思ったんだから。

「エマだって、さっき泣いてたよね」

 そう口走ったフュアリは、エマに凄い顔で睨まれた。

「あたしは、泣いてなんか、い、な、い!」

 こうなるともう、いっそ清々しい。


「終わりました」

 そう言って、マリーン・スパイトフルがシミュレータから出てきた。いつの間にか一人で始めていたらしい。

 ヘルメットを左手で抱え、息を切らしている様子もない。

 未冬に右手を差し出した。

「ありがとう。参考にさせてもらった」

 はあ、と未冬は手を握り返した。


 モニターには、未冬が戦ったのと同じガレオン級戦艦が映っていた。

「無傷じゃ、ないの?」

 フュアリが首を傾げた。

「いや、よく見ろ」

 教官が感心した声で言った。

 ガレオンの上で文字が点滅していた。

『行動不能』と。


 指令機能の中枢である艦橋ブリッジがピンポイントで破壊されていた。

 未冬と同じ方法だった。

「未冬の真似かもしれないけど、普通、したくても出来ないよね」

 フュアリの言葉にエマが身体を震わせた。


「では、講評だ」

 教官が皆を集めて言った。

 最高点は、マリーン・スパイトフル。これは当然だった。戦争とは資源獲得の手段でもある。ほぼ無傷の戦艦を手に入れたのだ。未冬を参考にしたとはいえ、満点に近い。

 そして、最低は。

「あー、あたしかな、やっぱり」

 エマが、頭を掻いた。

「未冬、お前だ」

 名指しされた未冬は唇を噛んだ。

「え、だって未冬は……」

 エマとフュアリが同時に声をあげる。

「馬鹿者。戦死したものに点など付けられるか。いいか、未冬」

 戦争なんかで死ぬな。必ず生きて帰れ。そのために、私はお前たちを指導しているのだからな。

 教官は言った。

「はい」

 未冬は頷いた。


 ああ、しかし。と、教官は続けた。

「まさか地上科から戦艦殺ガレオンスレイヤーしが出るとはな」

 しかも同時に二人とは。

 嬉しそうに言って、ニヤリと笑った。

「これは、しごき甲斐があるな」

 生徒たちは首をすくめた。


「そうだ、忘れるところだった」

 最後に。

「エマ・スピットファイア。喜べ、お前は失格だ。訓練場を10周しろ、この馬鹿者」

 ずっと忘れてろよ、この鬼。

「じゃあ、未冬、一緒に走るよ」

「え、何でわたしも?」

「最低点なら、失格と変わんないでしょ」

 えー、そうかな。と、言いながらエマの後をついて走る。

「遅いよ、早く来な!」

「あー、待ってよ」


 そんな二人を、フュアリとマリーンが体育座りで眺めている。

「どう、マリーンちゃんも走ってきたら」

「結構です。わたし、走るの苦手なので」

「そうなんだ。気が会いそうだね、私達」

「そうですね」

「青春だよね、あの二人は」

「はい。ちょっと羨ましいです」

「じゃあ、一緒に走ればいいのに」

 そんな恥ずかしい事はできません、マリーンとフュアリは顔を見合わせて笑った。

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