第9話 これヤバいやつでしょ
「では、次。エマ・スピットファイア」
彼女はのろのろ、と前に出る。普段の機敏さが微塵もない。
「どうした。具合でも悪いのか」
「ぜ、絶好調です。教官」
未冬はおでこを押さえた。なぜ、ここで見栄をはる。
カタパルトに載ったエマ。
「は、はは。今日も海が、綺麗ですね、き、き、教官」
モニター画面が凄く揺れている。
「よし、射出!」
教官が冷たく指令を出す。
「あ、ちょっと待って下さい。急に、おしっこが、あーっ、いやぁーっ」
エマは空中へ高々と打ち上げられた。
「うぐぉー、あー、あーっ、やだぁー。助けて、怖い、高いよぉーいゃぁーあああっ」
あまりに壮絶過ぎて、誰も、笑うに笑えなかった。
その声が突然止んだ。
モニター画面もブラックアウトする。
どうやら、安全装置が動作したらしい。
ゆっくりとシミュレータのドアが開き、ゾンビのような足取りでエマが出てきた。
慌てて教官がヘルメットを脱がす。
涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃの顔。
「こ、怖かったよぉ……」
未冬に抱きついてしゃくりあげるエマ。
その呼吸が段々と早く、短くなっていく。顔色が真っ青になってきた。
「エマ、大丈夫なの、ねえ」
彼女はガックリと膝をつく。未冬も引きずられるようにしゃがみ込んだ。エマは更に呼吸が早くなり、ゼイゼイと喘いでいる。唇が紫色になっていた。チアノーゼ状態だ。
未冬はどうしたらいいか分からなかった。
「あ、これヤバいやつだ」
フュアリは、代わってエマを抱きかかえる。
「ええーっ!」
未冬は大声をあげた。フュアリはいきなりエマにキスしたのだ。彼女が暴れるのも構わず、唇を押し当てる。
「ふぅーっ、んんんーっ!」
フュアリは見かけによらず力が強いらしい。どうやっても身体を離すことが出来ないエマは、だんだん大人しくなった。
いや、呼吸が落ち着いたと言ったほうがいいのか。
「もう大丈夫かな。過呼吸ってやつだよ」
フュアリは平然という。
でも、何だかエマ、魂が抜けたみたいになってるけど。それに最後の方、舌、入れてたような。
「え、そうかな。これはただの救急法だよ」
あどけなく笑うフュアリだった。
次は未冬の番だった。
ヘルメットをかぶると、すぐにモニターが起動する。見回してみると普通に部屋の中が見えた。座り込んだままのエマが弱々しく手を振っている。
未冬も手を振り返してシミュレータの中に入った。
その途端、風景が一変した。
「おおう」
思わず声が出た。一面の海原だった。だが、見とれている暇はなかった。
「射出するぞ」
教官の声で我に帰る。
次の瞬間、強烈な加速とともに未冬は空へと放たれた。
ああ、未冬はため息をついた。
「これが飛ぶってことなんだ」
なんて、静かで、……なんて、美しい。
未冬の身体を風が吹き抜ける。この風にのればもっと高く飛べるのだろうか。もっと、もっと高くまで飛びたい。心から思った。
「おい、標的を忘れているぞ」
教官の声に、海上に目をやる。
さっきまでとは様子が違う。
それは巨大な木造船だった。
なんだ、これ。
未冬は呟いた。
とにかく攻撃だ。わたしの武器は?
右側を見る。手に持っているのは対艦ランチャーだった。これならいけるかも。
急接近し、炸裂弾を放つ。
命中。甲板で焔が吹き上がる。しかし、火が消えると、そこには傷ひとつ、ついていなかった。
「馬鹿者、ガレオン級戦艦の装甲に炸裂弾が通用するか!」
古代の戦闘艦ガレオンを模したこのタイプは、現代最強の戦艦と言われていた。
「これ、もっとヤバいやつだよ」
フュアリの声が、モニター越しに聞こえた。
えー、何でわたしだけ?
こんな相手、どうやって闘ったらいいんだ?
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