40

 剥き出しの荒野が、広がっていた。

 消し炭になった野仲の欠片が、風に吹かれて散ってゆく。

 音はぱたりと途絶えている。

 空だけが、ただただ蒼い。

 気付いたら、僕の身体は元のサイズに戻っていた。

「そうだ……春花さん……」

 僕がかすれた声で呟くと、側にいた天田と沖村さんも、我に返ったみたいだ。

 僕らは言葉を交わすこともなく、てんでバラバラに春花さんと穂香を探しだした。

 天田が瓦礫をどける音が、乾いた青空に響く。

 カタストロフィ・エデンは、野仲だけを消したはずだ。

 ノロノロ歩いてるだけなのに、息が浅い。

 心臓が、体の芯を乱打している。

 半開きになった口を、閉じる余裕もない。

 どこだ、春花さん。

 どこだ。

 どこだ。

 どこだ。

 どこだ。

 もしも、隕石が春花さん達を巻き込むとしたら。それは、野仲と同化されてしまった場合しかありえない。

 呑み込まれた春花さんが、野仲に負けたとするなら。彼女達の痕跡は、もう二度と。

 僕は、十数年ぶりに、神様に祈った。

 神様、おねがいです、彼女達を助けてください。

 それが叶うなら、僕がどうなったって構いません。

 本当です。

 初めてなんです。

 自分の命よりも大事なものができたのは。

 だから、だから。

 僕は、神様に、強く強く祈った。

 うちの神棚に手を合わせたことなんて、一度もなかったのに。

 い、いや、神頼みをしなきゃいけない理由なんて、どこにもない。

 春花さんの魔法障壁は無敵なんだ。

 僕の探しかたが足りないだけなんだ。

 いつも井水メタルで怒られていた。

 仕事に必要な道具が見つからなくて、先輩とかに聞いたら、とてもわかりやすい所にあって。

 けれど僕にとって、その道具は、先輩に言われて急に現れたものだった。

 だから、だから、

 今ばかりは、僕の見落としであってくれ。

 それくらい、願ったっていいじゃないか。

 僕、頑張っただろ。

 僕は、

「神尾君ッ!」

 沖村さんが、叫んだ。

 彼のテンションとは反対に、僕はゆるりと向き直って。

「ぁ……」

 瓦礫の死角から漏れ出す、魔法障壁の光を見た。

 弾かれたように駆け出す。

 意識が、フワフワ浮わつく。

 身体の血流が、戻ったように感じられる。

「春花さん!」

 いた。

 春花さんも穂香ほのかも、二人とも、変わらずそこにいた!

 今まで生きていて、これほど嬉しかったことはない。

 彼女がいる。そんな当たり前のことが、これだけ嬉しいことだったなんて。

 春花さんは魔法障壁を消した。

 胸に飛び込んだ僕を、彼女は優しく受け止めてくれた。

「おつかれさま。よくがんばったね」

 ささやくような声。

 春花さんだって頑張ったろうに、死にかけたろうに。

 それでもそう言えるあたり、やっぱり春花さんは凄いと思う。

 暖かい。

 春花さんは、暖かい。

「……要らないようだけど、野仲の反応があるか、教えようか?」

 穂香が、相も変わらず冷ややかに言った。

 そ、そうだ、野仲の肉は、まだ消し炭だけどそこらに残っている。

 死んでいるとは限らないんだ!

「野仲の心は完全に消えた。

 正確に言えば、野仲の精神が崩壊した後の、あいつを暴走させていた精神も含めて。

 あいつは、存在の根幹から消滅した」

 穂香によって、正式に終戦が告げられた。

「終わった、か…………」

 沖村さんが、へなへなとその場にへたりこんだ。

 さすがの天田も、大きな大きなため息を吐き出して、安堵を見せた。

 見渡せば、小谷辺の街は凄まじい惨状だ。

 これは全て野仲さんの私情が僕に向いた結果で……素直に喜んでいいかわからない。

 けど、さすがに疲れた。

 春花さんと穂香を見つけて、全身の力が抜けてしまった。

 もう、立ち上がれそうにない。

 明日のことは明日、考えよう。

 そよ風が、僕を優しく撫でて。



 目が潰れそうなほどの光。

 凄まじい下降気流ダウンウォッシュが、地上を打った。



 ……。

 ……、……、…………。

 春花さんから離れ、空を見上げる。

 目に入ったのは、白い大翼を羽ばたかせた、人間のようなものだった。

 死刑囚がかぶせられるような覆面をしていて、素顔は見えない。

 それはただ無防備に、ゆっくりと高度を落として。

 荒野に着陸した。

 ……。

 僕らは、四人いた騎士を全て退けた。

 赤の騎士と青ざめた騎士は死に、沖村さんは僕らと共にいる。

 白の騎士がフランスを出たという話はないし、そもそもこの天使、水野君より身長が頭一つ分ほども高い。

 これで、全部だったはずだ。

 そう、黙示録の騎士は、これで全て――、

「五人、居た」

 春花さんが、硬い声音で言った。

「あの時、初めてあいつらが来た時、天使は、五人……」

 ……。

 ……あっ!

 思い出した。

 トロールを殺したあと、舞い降りた天使。

 そうだ、その数は五人だった!

 四人は野仲さん達を喰らった。

 そして、残り一人は誰も喰わずに飛び去った。

 その、天使がまだ、残っていたんだ。


 そう言えば、こんな話をググった事がある。

 黙示録のラッパ吹き。

 白の騎士、赤の騎士、黒の騎士、青ざめた騎士。

 この四騎士は、ラッパを持った御使い=天使が封印を解くことで、地上に降臨した……って話だったと思う。

 四騎士が地上で人を殺しまくった後、次なるラッパ吹きが次なる封印を解くと言う……。

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