33

 日本に帰ってきた。

 グアムで魔物に襲われた後、警察に保護されたり領事館に連れていかれたり。僕は相変わらず、その辺の細々としたことを春花さん任せにして、ひたすらオロオロしてたけど。

 空港についたらバスに乗った。ガサガサとコンビニ袋を鳴らしながら、弁当の体裁をしたそれを、経口摂取。

 多分これが、決戦前最後の休息になるのだろう。

 そう、これから僕らは、青ざめた騎士に仕掛ける。

 彼を、殺しにいくんだ。

 能動的に。


 それを提案したのは、沖村さんだった。

「今、日本では、野仲の会社がもうかなり注目を受けている。あれから"非騎士"の社員も増えた。

 神尾君の事もかなり話題になってきている」

 そうだ。そして、グアムでの一件が知られれば……。

 謎のUMA襲撃、観光客と現地人の大量死。

 そこから生還した僕の事を、世間はどう見るか。

「これ以上放置すれば、野仲の味方が増えてチャンスが無くなる。

 それに、魔法や魔物の存在が法的に認知されていない今しか、野仲を合法的に殺す手もない。

 神尾君の魔法で、災害に見せかけて殺しにかかれば。野仲も抵抗せざるを得ないだろう」

 僕らに選択の余地はなかった。

 この提案を断れば、沖村さんが再び敵になりかねない。……天田と春花さんは、そうも言ってた。

 それに、いつかは決着をつけなければならないのも確か。

 生きるため。

 春花さんや天田、家族を守るため。

 僕は決めた。

 僕はもう一度だけ、魔法の力で人殺しをする。


 もうすぐ、旅が終わる。

 天田の家に戻って武器を取って、沖村さんと落ち合って、その足で新世界プランニングの事務所に行く。

 新世界プランニングに向かう間も、やっぱり、僕らの間に会話はない。

 決戦を前に特別な時間を共有するようなイベントもない。

 ゲームでもないし、そうちょくちょく春花さんや天田の好感度上昇イベントが起こるわけではない。

 ……うん、今の冗談は不謹慎だった。申し訳ないと思う。

 とにかく、最終決戦への道へと言うにはエピソードに乏しいものだった。

 ただ。

「神尾君ちょっと良いか?」

 沖村さんが、ふっと声をかけてきた。

「は、はい?」

 僕は内心、少しドキリとしながら応じた。

 正直、彼が黒の騎士だと言う事に怖いものを感じているし……職場で一緒に働いていた時の力関係が、今でも体に染み付いていた。

 恨みは、ない。

 ただ、怒鳴られたり威嚇されたり“するかもしれない”と言う事実が怖い。

 身体そのものが、沖村さんに対してアレルギーを起こしてしまっている。

 これから、一緒に戦わなければならない仲間なのに。

「……俺は神尾君の仲間にしてもらった。

 ……それで、しっかり精算と言うか」

 沖村さんもまた、歯切れ悪く言う。

「まだ魔法も魔物も無かった時。

 俺は、神尾君に散々嫌な思いをさせてきた。

 仕事のため、と建前言ってきたけど……憂さ晴らしの気持ちが無かったと言えば嘘になる。

 多分、“仕事”と言う絶対的な正義を後ろ盾に、誰かを悪に仕立て上げてやっつける事に……俺は充足感とかを覚えてたんだろう。

 はたから見れば、浅ましくて醜い事だったろう」

「ぃ、ぃぇ……」

「天使どものせいでこの姿にされてから、わかった。

 俺は、生物学的な種が変わってでさえ、職場と言う狭い世界に囚われて、野仲の言いなりだった。

 けど神尾君は違った。

 野仲に屈することなく、新しいテクノロジーを恐れる事無く駆使して戦った。命を張って」

「そ、それは、戦わないと仕方がなかったし、切り抜けられたのも仲間のおかげで……」

「今、神尾君達の力が必要になってからそれを言うのは、厚かましいともわかっている。

 ただ、それでも、謝らせてほしい」

「え?」

「勝手な言いぐさだとわかってるけど、俺は、俺と神尾君、他のみんなが生きて帰れるように、精一杯戦う。

 俺は、生き物としては、君達の何倍も頑丈でしぶとい。

 野仲とやり合う時は、肉壁として使ってくれていいから、だから」

 最初のためらいが嘘のように、沖村さんの言葉は滑らかに流れていく。

 僕は、どう返せばいいのかわからず、困っている。

 それは、わだかまりがあるから、では無くて、

「……だから、一緒に生きて帰ろう」

 僕の、答えは。

「お、沖村さんは、僕らの命の恩人です。

 沖村さんがグアムに来てくれなかったら、あんなたくさんの魔物……僕たちは間違いなく死んでました」

 どう応えればいいのか、本当は今はわからない。

 だから僕は、事実を並び立てる。

 今、僕がここにいられるのは沖村さんのお陰なんだって。

 思えば、

 ――神尾君は、地頭はいいはずなんだ。あとは、テンパる癖を治せば、たぶん。

 ――この会社は短納期で、製品の形状も千差万別。スピード勝負の現場だから、てんてこまいにさせられるのは当たり前なんだ。

 ――だから、慣れてくればそれだけ鍛えられる。


 ――それ土壇場で出来ねえんなら、先に勉強しとけよ! 人より出来ないんならもっと必死になれよ!


 ――自分の手、切る気か!? そんな下らん事で怪我されたら困るんだよ!


 井水メタルでの沖村さんは、いつもひたむきに僕を叱咤してくれていた。

 だから。

「はい。必ず皆で、生きて帰りましょう。沖村さん」

 相手の言葉をオウム返しにする事しか出来ない。自分の経験値の足りなさに、心底嫌気がさす。

 それでも僕は、精一杯答えたつもりだ。

 

 新世界プランニング・オフィスビル。

 魔王の城、と言うにはあまりに味気ない。

 この田舎町の一パーツに過ぎないもの。これが昔のRPGだったら、何ドットの存在なんだろう。

 けど、そんなちんけな場所こそが、僕らの最終決戦の場だ。

 そこそこ綺麗で広い、駐車場。

 血色の悪い馬に乗った、翼の男だけが、僕達を待ち受けていた。

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