31
結局、グアムに逃れても同じだったんだ……。心が少しずつ、繊維質な音を立ててへし折れていくのを感じる。
魔物五体に、黒の騎士。
ドラゴン一匹だけを相手にしていれば良かった頃が、今では懐かしい。
最期に何を言うか、決めておかなきゃかな……?
それを聞き届ける事になったのは、黒の騎士か。
思えば彼は――、
「日本人か? 怪我は無いですか?」
黒の騎士が馬上から僕を見下ろし、そう言った。
天使特有の枯れた音色で。沖村さんのイントネーションで。
「へ?」
「見た所、覚醒者か。この場は俺がやります。危ないから下がってて」
「う? ぇ、ええっ!?」
黒の騎士が何をいってるのかわからない。僕の事がわからないのだろうか?
おどおど戸惑ってると、忍者三人が散開。僕を遠巻きに囲む。そして、同時に突撃。
もう、なるようになれ。
「リヒト・ツヴァイ!」
叫ぶと、僕は青葉の大鎌――ゲーエン・コンメン・モーント――を袈裟に振り下ろした。
予想通り、忍者はそれをまともに受け、胴体を斜めに斬られた。循環の場をなくした鮮血が、飛び散る。
けど、即死には至らない。その場に倒れ、失血死を迎える前に、また自害するつもりだろう。
僕の背後からはあと二体の忍者が迫っているから、とどめを刺す隙もない。
そう、今のが普通の斬撃だったなら。
布を力任せに引き裂くような音。
忍者の身体が、今度は縦に割れた。
脳天から股まで、真っ直ぐに。
リヒト・ツヴァイ。
ドイツ語で、“光二つ”というような意味。
斬りつけた対象に、一撃目と同じエネルギー量の斬撃を再度生じさせる、魔法攻撃だ。
僕が鎌を振ったのは一度だけ。
それで生じた斬撃と言う結果――概念が魔法によって複写され、再び忍者の身体に反映された。
忍者は、まさに真っ二つの状態だ。肋骨とか内臓が、両サイドの断面から飛び出して悲惨な事になっている。
こんな状態では自害どころではない。ようやく忍者を一人、仕留められた。
胸が痛いし、すこし苦しい。時間加速とは別の……大庭青葉を憑依した反動だ。
大庭青葉として戦う備えをして来なかった以上、反動はまぬがれない。春花さんでもどうすることもできない。
けど今は気にしてられない。忍者はあと二人いる。
リヒト・ツヴァイと言う初見殺しも、一度見せてしまった以上はもう通じないだろう。
それに黒の騎士は――、
「arrrggg!?」
僕の背後から襲い来る忍者達を、黒馬で轢いていた。
さっきの言葉といい、おかしい。これだとまるで、僕を助けてくれてるような。
「大丈夫ですか?」
黒の騎士が、沖村さんが、僕を気づかってくれる。
ていうか、何でそんなに他人行儀? 僕の事を忘れたのだろうか?
「えと……その、」
口ごもってると、視界が真っ白に。
いけない、またケツァルコアトルの発破が!
「沖村さんにげてッ!」
僕は喉が裂けんばかりに、甲高く叫んだ。
けど光爆は、僕と沖村さんを包んで。
炸裂した。
「滅!」
僕はそれだけを唱え、横に倒した大鎌を突き出す。
あの小太陽に飲まれた僕だけど、サウナに叩き込まれたくらいの暑さしか感じなかった。
これも、大庭青葉の特性。
ほぼあらゆる攻撃魔法を弾く、超レジストの構えだ。
けど、沖村さんは……。
光が去って、視界が晴れる。
沖村さんは。
黒馬と共に、地面に横たわっていた。
皮膚が焼け焦げて、ぶすぶすと沸騰している。
「そんな、沖村さん!」
忍者二人が、再度、僕らを挟み撃ちにする。
けど。
「やっぱり数が多すぎて面倒だな」
沖村さんが、ゆるりと立ち上がる。
火傷が驚異的な速さで、逆戻しに回復していく。
そして、
「減らそう」
そう言って、天秤を空にかざし、
「
それだけを言った。
……。
しかし、なにも起こらない。
……いや。
サンダーバードの金切声が、詰まったような、苦しそうなものに変質した。
全身の羽毛が激しく明滅して、羽ばたきもむちゃくちゃになる。
そのまま墜落、荒れ地に叩きつけられて動かなくなった。
「やれたのは一匹か」
沖村さんが、苦々しくつぶやいた。
今の魔法、“
一見して何も変化はないけど、実際には無色無臭の神経ガスが発生した。
このガスは副交感神経とかをめちゃめちゃに狂わせて、全身規模の臓器不全を誘発する。
僕が白の騎士にした、その場しのぎの存在消去とは違う。正真正銘の、即死魔法。
沖村さんはこれを、残る四匹の魔物ぜんぶに浴びせたらしい。結果、効いたのはサンダーバードだけだったみたいだ。
ケツァルコアトルが、空を大きく旋回。多分、また魔法を撃つ気だ。
僕はもう大丈夫だけど、沖村さんや他の皆が!
けど沖村さんは、天秤を掲げて、
「マジック・ロック」
ぼそりとそれだけを言った。
今度は目に見える現象が起きた。
糸のような質感を持った光が、何条も伸びていき、魔物たちを襲う。
忍者二人に向かっていった光はあえなく霧散。レジストされたのか。
けれど、ケツァルコアトルの頭には命中。有翼の大蛇は、一度、びくりと全身を痙攣させた。
けれど、生命活動に別条があるようには思えない。大空を、変わらず元気に旋回している。
けど、微妙に様子がおかしい。
恐らく、魔法が出せなくてイラ立っているのだろう。
沖村さんが“マジック・ロック”と称して放ったのは、記憶封じの魔法だ。
さっきの糸みたいな魔光が大脳新皮質に作用して、知識の引き出しを妨害する。
人間がこれを受ければ、ろくに知識を引き出せなくなる。
結果、その人は一時的な思考停止状態に陥るはず。
一秒未満の隙が生死を分ける魔法戦では、やっぱり致命的な魔法と言える。
けれど、人間と全く精神構造が違う魔物に対して、この魔法は通用しない。
だから沖村さんは“人間と魔物に共通する唯一の知識”――魔法に着目したのだろう。
ケツァルコアトルという生き物が何を考えているのか、どういうメカニズムで記憶を引き出しているのか。そんな事は誰にも理解できない。
けれど、魔法をどうやって使っているのかという事だけは、人間にもわかる。
となれば、魔法の記憶だけは、どんな生き物が相手であろうと阻害できるという事だ。
「ケイトン!」
二人の忍者が、全く同時に詠唱を口走った。
僕と沖村さんを両側から挟む陣形だ。
体感温度が、また見る見る上がる。
ケイトン、ケイトン……たぶん、“
火遁の術って、ほんとは炎に紛れて逃げる技術だったと思うけど……彼らが何を勘違いしていようと、彼らの生み出した魔法が真実だ。
忍者の目前に生じた、視界を覆いつくすほどの炎。
違う、ただの炎じゃない。
火っていうのは、絹のようにペラペラした見た目だけど、忍者たちの生み出したそれは、タールのように粘っこく見える。
物理法則の違う、異界の炎とでもいうのか。受ければ、焼けるだけでは済まないかもしれない。
それが、一息に放たれた。
「滅!」
僕は、目の前から殺到した粘炎を“退魔の構え”でかき消す。
レジストはほぼ成功。
けれど、もう一人の忍者は、火遁の術を時間差で放ってきたらしい。
今になって、背中を炙るような高温が生じた。
僕の退魔の構えは、魔法を受ける、一瞬しか効果が出ない。
それを見破ったから、タイミングをずらして火遁を撃ってきたに違いない。
けど。
背中越しに見えた炎の照り返しは消えて、気温も瞬時に下がった。
僕の背中を焼くはずだった炎は、嘘のように消えた。
後ろを見れば、沖村さんが天秤を掲げて構えていた所だ。
こちらの炎は、彼がレジストしてくれたのだろう。
そして、
「パラライズ」
また彼は、余裕然と呪文を唱えた。
黒い影が宙にぽつぽつと現れて、大きな闇の塊になった。
違う。
これは、人間の目にも粒として視認出来るほど巨大化した……菌だ。
沖村さんが天秤で指揮を取ると、その黒い群れは魔物たちに殺到。
たちまち体に吸収された。
ケツァルコアトルに変化はない。
けど、忍者二人は、糸が切れたように倒れ伏した。
……死んだわけではない。
全身をプルプル震わせ、なおも立ち上がろうとしている。
忍者刀をしっかりと構えて、今にも斬りかかってきそうだ。
けど、もし斬りつけてきたとしても、もうさっきまでのような迅雷の剣技は繰り出せないだろう。
今の彼らは、全身の筋肉が
沖村さんが呼び出したのは、魔物化したボツリヌス菌。
人間が普通のボツリヌス菌に感染した場合、神経を毒されることで嘔吐や
最悪の場合、呼吸器が麻痺して死に至る。
そんな菌が魔物化して、人間の目にも映る大きさに成長したなら。
その大群をまともに吸引して、まだ剣を振れる方が異常なくらいだ。
けど、また自害と復活をされれば、麻痺はリセットされるだろう。僕は、すぐさま行動に出た。
「ノイモーント!」
ありったけの力で、大鎌を投げた。
超音速で回転しながら飛ぶ大鎌が、前方の忍者の頭部を破砕。指令を失った身体が、その場に崩れ落ちる。
ケツァルコアトルを下から襲う。
これはするりとかわされた。
武器を手放した僕に、ケツアルコアトルが狙いを変える。ただでさえ魔法を封じられて、鬱屈していたのだろう。
ケツァルコアトルは、暴走する航空機よろしく、僕に向かって落ちて来る。
そして。
頭蓋を突き破らんばかりの、銃声が一つ。
ケツァルコアトルの心臓部に、天田の放った対空砲弾が命中。
余波で翼が引き裂けて、羽毛まじりの大量の血液が散華する。
もう一つ、NTW-20の咆哮が、僕らの耳を突き刺した。
蛇の頭部が、風船破裂のように、跡形も無く弾けた。
コントロールを失ったケツァルコアトルの死骸は大地に腹をこすりながら僕の横を通過。射撃場の残骸に叩きつけられて、完全に動きを止めた。
戻ってきた大鎌をキャッチした僕は、ケツァルコアトルが狙い通りに動いてくれたことを理解した。
魔法を封じられて怒り心頭のケツァルコアトルは、僕に飛びついた。
天田の神エイムをもってすれば、絶好の的となる事だろう。
そして。
沖村さんが、天秤の鎖を忍者の首に手早く巻き付け、一本背負いのように地面へ叩きつけていた。首をねじ砕かれた忍者は、いともあっけなく、動かなくなった。
気がつけば、射撃場には静寂が訪れていた。
遠くで、車の行き来する音が聞こえてくる。
鳥のさえずる音が聞こえてくる。
南国の熱い風が、僕らを優しく撫でる。
そして。
酸鼻をきわめる臭気の中、
僕と沖村さんは、ただ言葉も無く向き合っていた。
ここで起こった全てが、嘘か幻のようだ。
それでも僕らは、生きている。
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