30

 サンダーバードと翼蛇――ケツァルコアトルが互いに絡み合うような、螺旋を描きながら飛翔した。美しい空舞だ。見とれそうになる。

 天田のぶっ放すミニガンの銃線が、それに先回りして襲いかかる。

 ケツァルコァトルの腹をえぐりとる。けど、サンダーバードが天田へ急降下。旅客機のような身体で天田を轢き、弾き飛ばした。

 天田自身は軽傷だけど、ミニガンの銃砲が歪み、沈黙した。

 まずい、空にいる二体を押さえられなくなる。

 僕の方も余裕がない。

 無傷の姿に生まれ変わった忍者が、影も振り切る速さで斬りかかる。間髪入れない太刀筋。

 四倍速になった今の僕なら、忍者が剣を振り抜いた隙に反撃できなくもない。

 けど、あいつが死ぬ間際に身代わりの術=自動蘇生魔法を使う以上、脳以外への攻撃は有効打にならない。

 そしてあいつは、頭部を巧みに守りながら切り結んできている。それでいて、蘇生を前提としているから、その猛攻は捨て身に近い。

 下手に手を出せば、殺されるのは僕の方だ。

 当然、詠唱の暇もない。

 ここまでに、もう何合斬り結んだろう。

 網のように濃密な電流群が、地上を巡る。電撃が体内を食い破るけど、踏み留まる。

 けど。


 目の前に、小さな太陽みたいなものが生まれて。

 ケツァルコァトルが叫ぶと、光熱が膨張、飽和。

 肌が焼けただれ、縮む。水分が蒸発して、肉が削げる。

 電流へのレジストに意識を取られていた分、この発破魔法への抵抗が遅れた。

 意識が死に行く。何も見えない。

 他の皆は、無事だろうか。


 焼け死んだはずの体組織に、柔らかな暖気が巡る。春花さんの回復魔法だ。

 焼死からの生還に安堵する余裕はない。仰向けの僕へ、忍者が容赦なく剣を振り下ろしてきた。

 喉元まで迫った凶刃を、蒼光剣で受け止める。

 覆面にくぐもった忍者の吐息が、耳を障る。

 忍者が体重を乗せるほど、剣は、数ミリずつ僕の喉に迫る。この競り合いに負ければ、僕の首は斬れる。

 そして、筋力で負けている。

 つまり、この状況。

 詠唱のチャンスだ。

「破壊の死神・大庭青葉おおばあおば、インストール!」

 ふっと、腕が軽くなった。

 今唱えた“禁呪”により、身体強化の常用魔力が増加。僕の腕力が爆発的に上がっていた。

「砕!」

 僕は気合いを発した。

 のしかかる忍者が、紙屑のように吹き飛んだ。

 そして僕は立ち上がった。

 蒼光剣が、蒸発するように大気へ溶けた。

 僕はもう、神影星司みかげせいじではないからだ。

 僕は、五指を一杯に広げて、目の前にかざした。

 何もない空間から、白塗りの、装飾過多な大鎌が現れた。

 何故かと言うと、僕は今、大庭青葉になったからだ。

 大庭青葉は、僕の自作漫画に出てくるキャラで、性格としては、ツンデレとお淑やか系属性を双方兼ね備えた、全く新しい(つもりの)タイプのお嬢様だ。

 しかし、ひとたび愛用の大鎌を握れば、“サークル”内最強の白兵力を持つ“破壊死神”と化ける。

 神影星司は、確かに総合力で言えば最強である。

 稀代の剣士にして、その世界ではトップクラスの大魔法使いでもあるから。

 そのスペックを言い換えるならば、物理も魔法も九〇点。

 それよりも今は、魔法面で赤点でも物理一〇〇点の彼女あおばになる方がベターだと判断した。

 現に忍者は、ぼろ切れのように打ち捨てられて、動けないでいる。

 あいつが僕ら人間と同じ構造をしているのなら、全身の骨が粉々だろう。

 さっき、蒼光剣を片手持ちにして刀を食い止めつつ、空いたもう片方の手で寸勁すんけいを打ち込んだからだ。

 身体の全運動エネルギーを、手を伝い、密着した対象物に集中させる。

 そうして僕は、予備動作無しで全力パンチ以上の打撃を忍者に食らわしたのだ。

 仰向けと言う無理な体勢だったけど、大庭青葉の腕力なら充分な致命傷となる。

 最初から、こうしておけばよかったか。

 けど、このクラスチェンジには、やや副作用が――、

BANZAIバンザイ!」

 忍者が雄たけびを上げ、また自殺した。

 煙に化けてのち、生まれたままの無傷で再出現。

 余計な事を考えている場合ではない! 僕は、大鎌を構えて忍者との間合いをはかる。

「おおい神尾! ダネルNTW-20を見つけてきたぞぉ!」

 遠くの天田がひときわ声を張り上げ、頭のおかしい事を言った。

 そちらを見やれば、あの人は確かに、巨大な狙撃ライフルを掲げていた。

「神尾――うっ!?」

 新たな得物を拾った活気から一転、天田は何かに驚いた様子で、一瞬硬直。

 そこへ、ケツアルコアトルが滑空しながら体当たりを仕掛ける。

 天田はこれを辛くも避けて、ダネルを肩に乗せて構える。

 銃を地面に固定する二脚バイポッドを、つけっぱなしにしたまま。恐らく、銃の総重量は三〇キロはあるだろう対物ライフル。

 天田はそんな銃の照準を軽々と微調整し、絶影の速度で舞い狂うケツアルコアトルを、銃身で追い掛ける。

 即、発射。

 頭を貫かれるような、暴力的な破裂音。

 ケツアルコアトルの右翼がはじけて、大量の血と羽毛をまき散らした。

 アステカの太陽神は、きりもみに回転しながら、あえなく墜落――したが、即座に新たな翼をはやして、急上昇した。

 けど、威力は申し分ない。

 ダネルは元々、対戦車・対空砲弾を使うような対物兵器。

 そして湯水のごとく弾幕を張れる機関銃と違って、狙撃銃は一発入魂の意味合いが特に強い。

 一発撃つごとの思考強さが大きいと言う事は、武器を強化している“永光の牙”の発動魔力もそれだけ高まると言うこと。

 と言うかスコープ使いなさいよ、と思うけど……現に当たってるんだから、別にいいのかな。

 成果主義の天田らしい。

 とにかく、もう少し当たり所が良ければ、サンダーバードかケツアルコアトルのどちらかを一瞬なりとも無力化できるはず。

 その間に僕が忍者を張り倒して、天田が仕留められなかった方の鳥を攻撃する。

 このプランなら、何とかなるかもしれない!

「ブシン!」

 忍者が、何事かを叫んだ。

 ブシン? 日本語? 武神って意味かな?

 魔法の詠唱に違いない。僕は、改めて忍者への注意を強める。

 すると。

 

 僕の目の前には、忍者が三人いた。

 

「ひっ!?」

 三人の忍者が、同時に僕へ襲い掛かってきた。

 ブシン、ブシン、ブシン、……分身の術か! あの忍者、日本語が下手だから詠唱の滑舌が悪かったんだ!

 そ、そうか、死後に自分自身を完全無欠に生成できると言う事は。

 生きてる間にも、自分の同一存在を複数作れないとも限らない!

 それなら最初からそうすればいいのに、とも思ったけど、土壇場まで隠しておけば、対策されないと言うことなのかもしれない。

 くっ、なんて卑怯な忍者!

 僕は大きく後ろへ跳んで、鎌を振るう。

 重心の重い刃の方では無く、柄を鈍器代わりにした、横殴りの殴打だ。

 三人の忍者はそれぞれ、刀で長柄を受けながし、身をひるがえす。

 手応えで確信した! 全部本物だ!

 一人でさえ一杯一杯だった忍者が、三人!

 僕だけを狙ってくる!

 僕の援護が当て込めなくなったとみるや、空の二匹も天田へ一気に畳みかけ始めた。

 ろくに発砲も出来ず、走り回る天田。

 彼の走った先を、雷撃が貫く。

 即席太陽の光爆がクレーターを穿つ。

 サンダーバードの視線が、春花さんに向いた。

 穂香が彼女を庇うように進み出て、熊殺し一粒スラッグ弾のショットガンを手に応戦。けど、弾はサンダーバードの体の端を掠めるにとどまる。ケツァルコアトルに至っては、撃たれた事に気付いてもいないようだ。

 天田の命中率がおかしいだけで、普通はこうだろう。

 結局、抑えられたのも一瞬。穂香は、春花さんをフォローしながら逃げ惑う事で精一杯だ。

 なんとか、なんとかしなきゃ!

 とにかく、数で負けている以上、倒せそうな個体から各個撃破しかない。

 大庭青葉の必殺技を、頭の中で整理。

 よし、まずは一番手前のあの忍者を――、

 

 大きな黒い影が、空から不意に落ちてきた。

 それは、途方も無く大きな黒馬に乗っている、

 乗り手は、黒い服を身に纏った……。

 右手には、大きな天秤。

 背中に、白鷺しらさぎのような、両翼。

 

 サンダーバード、ケツアルコアトル、忍者三人。

 これらに蹂躙され、混迷を極めていた射撃場……だった廃墟に、

 黒の騎士――かつて沖村さんだったものが、降り立った。

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