29

「ミッシング・ヘヴン!」

 蒼光剣の光刃が瞬く間に増幅、天をうがつ程の長さに伸びる。

 それを、墜落途中のサンダーバードめがけ、振り下ろし、


 不意に、蒼光剣から凄まじい反動が伝わり、僕の貧相な身体が弾かれた。


 慌てるな。まず状況を見ろ。

 誰か、全身黒ずくめの人間が、いきなり飛び込んできた。

 そいつは剣を手にしていて、僕が振り下ろした蒼光剣を、それで打ち払ったんだ。

 蒼光剣はビームの刀身だけど、実体のある武器と打ち合った場合、彼我の威力に比例した反発力が発生する。

 これによって敵の剣が蒼光剣をすり抜ける事なく食い止められるのだけど……それは、逆説的に、蒼光剣は“弾く”事が可能だとも言える。

 仕留め損ねたサンダーバードは体勢を立て直し、空で大きく旋回。再び、眩い光を発しはじめた。

 一方、僕の剣を弾いた奴は、

 速い!

 抜き身の剣を手に、もう目の前に迫っていた。覆面をしていて、人相はわからないけど、それよりも!

 黒ずくめの腕が少し動いた。

 僕の中の腕も、無意識のうちに――神影星司みかげせいじの感性で自動的に――動いた。

 黒ずくめの振り下ろした袈裟斬りを、僕の腕が弾き返していた。

 僕の身体が、本能的に後ろへ跳んだ。

 黒ずくめの唐竹割りが、目先を通過していた。

 太刀筋が見えない。速すぎる。

 ただ、このままだと押し負ける事は、理屈としてわかった。

「僕を加速、四倍!」

 その宣言と共に、

「庄司くん、強化」

 春花さんが補助魔法をかけてくれた。

 全身の肉が脈打ち、筋肉が分厚くなる感触がした。

 風邪を引いた時みたいに、肉体から高熱が放出されるのが感じられる。

 僕の身体は、どうにか四倍速の世界でも(数秒は)折れずに済む強度を得た。

 目に見える景色はますます速くなったけど、僕の思考も今は四倍速。

 相対的にノロくなった黒ずくめの男を、改めて観察する猶予はできた。

 ぱっと見た目は、普通の人間だ。

 ただ、神影星司になった僕が押し負ける時点で、身体能力は人間じゃない。

 まさか、新しい覚醒者か?

 それとも、赤の騎士がやったように、肉体の制御を破壊された上で、操られている?

 体格はかなり良い。一九〇センチはあるか。

 先に言った通り、覆面をかぶってるので顔はわからない。

 唯一覗く目元は、土気色をしていて、眼球も灰色っぽく濁っている。

「KillYou!」

 ひどい声だ。

 金属をかきむしって、無理矢理、人語を作ったような。

 黙示録の騎士の声に通じるものがある。

「こいつは人の形をした、魔物です!」

 奴の心を読んだらしい穂香が、すぐさま叫んだ。

 魔物だから、殺すのに気兼ねはいらない。それを天田達に伝えるのが先決、と判断したのだろう。やっぱり穂香は賢い。

 しかし、人型の魔物、か……。

 真っ黒な着衣を、よくよく見てみる。

 形状としては、日本の着物みたいに見える。下は、袴だかモンペみたいなものを絞ったような形だ。その上から、タクティカルベストのようなものを羽織っている。

 手にした剣は、最初は、短めの日本刀に見えた。けど、その割りには刀身がまっすぐだ。鍔の形も四角い。

 待て。この身なりって、もしかして――。

 黒ずくめの男が、左手をベストの懐に忍ばせた。何かを取り出して、投げてきた。

 これは余裕を持って回避。僕の側面を、凄まじい勢いの投擲とうてき物が引き裂きながら過ぎて行った。

 後方、林の樹が数本、バキバキ折れて倒れて行く。

 あの黒ずくめが投げた物は、非常に鋭利だ。当たれば、その器官の切断は免れないだろう。

 多分、今投げられたのは、手裏剣だ。


 黒ずくめのあいつは、忍者だ。


 一方、向こうのサンダーバードの放つ光が、臨界に達した。

 予備知識のある今なら、わかる。落雷に備えて、レジスト。

 鞭打たれたように痛い。けど、致命傷にはほど遠い。

 忍者は全く影響を受けないまま、僕に斬りかかる。

 やっぱり、サンダーバードと忍者は味方同士か。

 電流で動きの鈍った僕へ、容赦なく忍刀を振りかざしてくる。

 僕は、ほとんど吹っ飛ぶように後退し、忍者から間合いを離した。

 忍者は、またも手裏剣を投じた。手が動いた事さえも目視できない、全く隙のない投擲。

 僕は手をかざし、光波を放った。

 ビームは超音速の手裏剣を飲み込み、忍者の右半身を消し飛ばした。

 忍者は痛みを感じていないのか、少しも怯む事なく横飛びに退避。

 けれど、僕の掌が照準を定める方が速い。

 光波。

 驚くべき事に、忍者はこれも、跳躍してかわした。

 けど、下半身が蒸発した。致命傷だろう

 両足を失った忍者は、そのまま地面に突っ伏した。

 けど、すぐに身体を起こすと、忍刀を構えた。

 これまでの教訓もあり、死に際の魔物には特に警戒する。僕も、何をされても良いように身構え、

「天田さん早くトドメを!」

 後方で穂香が叫んだ。

 忍者の心を読んで、むしろ早く殺さないとまずいと判断したらしい。

 僕に直接言いたくないからだろうけど、天田に頼んでも間に合わない。

 僕も反応が遅れた。


BANZAIバンザイ!」

 忍者は、

 あろうことか忍刀で自分の腹を両断した。


 続けざま、額に刀を突き刺して、前のめりに崩れ落ちた。

 まさか、そんな、自殺した……?

「何してるの、ぼさっとしないで、この愚図!」

 穂香が、今度は僕に対して言ったらしい。

 まだ終わりじゃない。僕は、後ろへ大きく飛び退き、忍者の死体から離れた。

「馬鹿、違う!」

 穂香が更に叫んだ。

 僕の今の対応は、間違いだった?

 そう言われても、何が何だか。

 死体が、突然、はげしく煙を放射した。

 まるで蒸発するように、肉体も、着ていた忍装束すらも消えていく。

「神尾、上!」

 天田の叫び。

 僕は彼に従い、上を向く。蒼光剣を構える。

 頭上から、さっきの忍者が刀を降り下ろして来たからだ。

 これは難なく弾いて、僕は忍者から間合いを離した。

 加速中の今なら、足の速さで勝っている。とにかく、相手を観察しながら対応したい。

 新たに僕を襲った忍者は、さっき死んだ忍者と寸分違わない姿をしていた。

 見た所、無傷だ。と言う事は、さっき自殺した奴とは別個体か。

 どういうことだ、いつの間に仲間を呼んだんだ?

「身代わりの術だ!」

 天田が、よくわからない事を叫ぶ。

 いや、穂香が読んだ忍者の心を受けての発言だろう。

「そいつは、自分と全く同じ存在を生成する事ができるらしい! 自分の意思で死ぬ事によって――うおっ!?」

 天田に、滑空したサンダーバードの右翼が襲い掛かる。

 天田はもはや、射撃場にある銃火器を手あたり次第にぶちまけて、鳥を追い払うのに必死な有様だ。

 サンダーバードへの牽制は天田に任せて、僕は、今しがた耳にした情報から事を推測する。

 あの忍者は、自殺する事によって、自分と全く同じ存在を新たに創造する事が出来る。

 新しく生まれた忍者は、無傷の状態だ。

 ゲームにたとえるなら、状況不利でわざと戦闘不能になる→蘇生魔法でステータス全快、という事だろうか。

 けれど、現実はゲームのように便利に出来てはいない。

 まず、自分の死を前提とした魔法で、自分と同じ存在を創り出した所で、それは自分とは違う存在だ。

 以前僕が、白の騎士に対してやった存在消去魔法と、原理は同じ。

 オリジナルが死んで、その後に完全無欠のコピーが作り出された所で、死んだ本人には意味の無い事だ。

 けれど、少なくともこの忍者の姿をした魔物には、個としてのアイデンティティとか、そういう事は関係ないらしい。

 もう今更、驚かない。

 と言うより、驚く隙すらもらえない。

 とにかく、今僕にできる事は。

 こいつが自害して、蘇生魔法を発動する余地も与えず、即死させることだ。

 言い換えれば、魔法発動前に、脳みそを消し飛ばす。

 魔法とは、思考の実体化。これが、魔法の大前提なのだから。

 サンダーバードは天田が押さえてくれている。

 蘇生のからくりがわかれば、僕一人で忍者を殺せる。

 その確証があった。

 けど。


 熱風。

 肌が焼けそうなほどの風が、射撃場に渦巻いた。

 息が苦しい。空気を吸っただけで、肺が焼けそうだ。

 サンダーバードとも違う、金切り声が、グアムの青空に響き渡る。

 その灼熱の風を、鋼鉄じみた硬度の噴き下ろし気流ダウンウォッシュが薙ぎ払う。

 そいつの姿が見えた。

 一見して、この前故郷で襲われたドラゴンのようにも見えた。

 けれど、あいつに比べればかなり線が細い。

 それに、翼の質が違う。

 コウモリ的な皮膜の翼ではなく、鳥の羽毛に覆われた翼を背にした、大蛇。

 ケツァルコアトル。

 それは、メキシコのナワ族の言葉で“羽毛ある蛇”を意味する。

 アステカ神話で、人類に火を与えた風神。あるいは、太陽神。

 それが、僕らを襲う三匹目の魔物だった。

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