27
グアムの町を歩いていると、射撃場がたくさんある。
もちろん、日本人観光客向けの商売なのだろう。原則として銃を持てない日本人に、射撃体験は売れる、という事か。
僕らもここまでに、何度か客引きに遭っていた。
「銃、銃撃てかない? お客さん」
と、片言の日本語で。
大半は屋内射撃場だけど、天田は町外れの屋外射撃場“ORION”に行ったらしい。
きっと、あいつ好みの派手な重火器があるからだろう。
コンクリートブロックを撃ったり爆発ボトルを撃ったり、マシンガンをぶっぱなしたり。
奴の予算がどれくらいかは知らないけど、こう言う機会に金を出し惜しみしないのは、長い付き合いでわかっている。
陽射しが腕を刺して、生ぬるい風がまとわりつく。
僕は、二二口径のワルサーP22を構える。狙うは、一〇〇メートルほど向こうの的……できれば中心。
「ノー、ノー、その構え、違う。こう構える」
隣で見ていたインストラクターが、身振りで説明してくる。
モタモタしながらも、どうにか形になったので、引き金を引く。
bang!
濁った破裂音。反動で、手がわずかに振れる。
的のかなり右上に穴が生じた。真ん中を狙ったつもりなのに。
「続けて。いいよ」
インストラクターが促してくるので、二発目。三発目。四発目……。
しかし、なかなか真ん中に当たらない。
マガジンが空になったらしい。引き金を引いても、手応えが無い。ワルサーを撃つために買った弾薬を、撃ち尽くしたと言うことだ。
次は、44マグナム。アニメとかでもお馴染みの、あのリボルバーだ。
グリップがずしりと重い。重心が持ち手側に傾いているので、狙いを定めるのに少し力を使う。
リボルバーは、撃つ前に撃鉄を起こさないといけない。だから、親指ですぐに撃鉄を起こせるように持つらしい。
インストラクターの指示をあたふたと聞きながら、構えを正す。
ようやく、フォームに関しては合格をもらったので、弾をひとつずつつまんで、弾倉に入れてゆく。装填完了。これでようやく撃てる。
僕から見て
的の中心に狙いを定める。
BANG!
火薬の爆ぜる濁音。腕が跳ね上がり、身体が少し後ろに引かれた気がした。二二口径とは、まるで別物の反動だ。
実戦で、これを絶え間なく撃ち続けるなんて、できるのだろうか。
あのアニメキャラとかそのアニメキャラとかの凄さが、今にしてわかった。こんなものを、一秒未満で、百発百中の精度で撃てるなんて、超人でしかない。
二発、三発、四発……撃つごとに狂う手元を一生懸命正しながら、的に穴をうがつ。
主に、的の外周ばかりが蜂の巣になって、一発として中心に当たってないけど。
弾倉が空になった。44マグナムの体験はここまで。
三挺目。デザートイーグル。五〇口径だ。
ゲームとかでよく、最強クラスの拳銃として出てくる。これ一発でゾンビとかの頭が粉々に吹き飛んだりするんだよな。恐ろしい。
オートマチック拳銃だけど、そこらの拳銃よりも一回り大きく見える。
手にしてみると、やっぱり重い。
いざ、構えて照準を定める。
BANG!
爆音。眼前に火の玉が弾けた。腕が、あらぬ方向に持っていかれそうになる。僕のひ弱な身体が半歩さがり、よろけた。
「HAHAHAHAグレートだろ」
インストラクターが、誇らしげに笑っている。
反動を見る限り、これはもう拳銃と言うより、ちょっとした砲弾の域だと言いたくなる。
こんな過剰火力をハンドガンとして個人携行する必要性とか、発想の貧しい僕にはわからない。
どうやら、非力な人がデザートイーグルを撃つと骨が折れる、と言うのは都市伝説だ。けれど、撃ち方を間違えると手首を痛めそうなくらいには、強烈だ。
ちなみに。
今回はじめて実銃を撃ってみて、わかった事がある。
魔法による常時身体強化は、どうもオンオフの切り替えが利くと言う事だ。
僕が生身の力で何かをしたい時、魔法による補正はかからない。
今の場合、僕は実銃の感触を普通に体感したかった。その願いが、魔力を抑制してくれたのだろう。
でなければ、ドラゴンとガチったり、光線剣で橋を両断しそうになったりもした僕が、今更デザートイーグルの反動にビビったりはしない。
だから、生卵を握って潰してしまう心配も無いと言う事だ。
一方で、意識が無い時に強化が解かれてしまう事は無いらしい。
包丁で寝首を掻かれようと、刃が立たないくらいだ。
この事を考えれば、とても便利な――都合が良すぎるくらいの能力だと思う。
あんな魔戦を生き延びてもなお、実銃にロマンを感じられる。僕達は、まだ、精神的には普通の人間でいられているのだろうか。
BANG!
右隣でも爆音。コンクリートブロックの砕ける音もした。
「うまい! 初めてとは思えないね! あんちゃん、プロ?」
日本生まれらしいインストラクターが、隣の男を褒め称えている。
天田が
「まー、FPSでそれなりに」
実に嫌味ったらしいクールさで、奴はインストラクターに応じた。
あんな遠くにあるコンクリートブロックを、天田は一発で撃ち抜いたようだ。
現状、一般流通している拳銃で最強の威力を誇るとされる、超マグナム。それが、M500だ。
さっき、僕がやっとの思いで撃った44マグナムと単純比較して、実に三倍の威力でもある。
当然、反動も凄まじい。休み休み撃たないと、リコイルの衝撃で手の痙攣が止まらなくなる事もあるそうな。
拳銃としての“世界最強”のみを追求した結果、それで射手の手がイカれようが自己責任。そんなコンセプトで作り出された怪物拳銃を、FPSの経験なんぞで使いこなせてたまるか!?
こいつまさか、魔法でズルしたんじゃないだろうな……。
そう思いながら天田を見詰めていると、ちょうどあいつも僕を見た。
「プッ。神尾ノーコンすぎ、草不可避wwwwww」
うざい。
他に形容しようがない。
しかし、何だろう。
前から薄々思ってはいたけど、僕って天田に勝ってる要素が全くない。
体格がスリムなくらい……? いや、それも善し悪しだしな……。
初めて肩を並べて実銃撃ってみて、また一つ思い知らされた気がする。
「みてください、天田さん! 結構、真ん中にあたりましたよ!」
天田の更に隣には、二二口径を手にご満悦の穂香。
「お、おう……真ん中に、当たってるね、結構……」
天田のコメントが、ほぼオウム返し。コミュ障のそれになっている。
一応彼女も“神尾”なんだ。“神尾ノーコンすぎwwwww”って言ってみればいいのに、天田さん。
僕が覗くと睨まれそうなので、直には見れないけど、妹はそれなりに銃の才能があるらしい。
一方、左隣の人を見る。
春花さんも、二二口径を撃ち尽くしたところだった。
どれ。こちらは覗いても怒られないだろう。
スコアのほどは……。
……ああ、僕とそんなに大差ない。綺麗に中心だけを避けるように、外周を穴だらけにしている。
意外だ。
構えるまではインストラクターに注意される事も無くこなしていたから、てっきり命中率も良いものだと思ってたのに。
あ、何も言ってないのにそっぽ向かれた。僕たち仲間じゃないか。
そっちのFPSオタクが異常なだけだよ。妹は、昔からスポーツ万能だったし。
しかし、マグナムを立て続けに撃ったら、疲れた。
僕の場合、ちゃんとしたフォームになるまでモタついたから、その気疲れもあるんだろうけど。
「よーし、次はショットガンとライフルだ」
「私は、レディースセット(二二口径メインの女性用コース)をもう一回やりますよ、天田さん! 爆発ボトルもつけてみようかな?」
「お、おう……いいと思う。爆発ボトルを撃つのも……」
まだまだやる気の二人をよそに、僕はベンチに座る事にした。
僕は、もういい。お腹いっぱいだ。
あ、春花さんもこっちに来た。自分の銃才に、早々に見切りをつけたのだろう。今の時点で一〇〇ドルちょっと使ってるしね。賢明だ。
ベンチに座って、青空を見上げる。
白い雲が、茫洋と流れていく。少しずつ少しずつ、雲が変形して、やがて千切れ、流れさっていく……。
こうして春花さんと二人、まったり座っていると、空は日本と全然変わらないなぁと思う。
この前からの戦いなんて、夢の中の出来事に思えてくるくらいに。
そうだ、あれはもしかしたら、夢だったんじゃ――、
「ん?」
春花さんが、訝しげな声を漏らした。
どうしたんだろう、まさか、財布でも落とした?
「春花さん? どうしました」
春花さんは、僕には答えずに立ち上がった。
「あそこ、空が今、光ったような――」
一瞬の出来事だった。
視界を焼き尽くす、真っ白な激光。
金属を引きちぎったような、人ならざるものの甲高い絶叫。
遅れてやってくる、固体じみた烈風。
「と、鳥!?」
恐ろしくでかい、旅客機くらいはあろうかという……。
それが、白々と自己発光している。
「oh my god!?」
インストラクターや、他のお客さんが、たちまちパニックになって逃げ惑う。
オーマイガッって、本当に言うんだ。
い、いや、それよりも、あのでかいものが、こっちに向かってくる!
あ、あれは、
「魔物だ!」
僕が叫ぶと、天田がすぐに駆け付ける。
春花さんと穂香も、彼から数歩引いたポジションにつく。
「神尾、早くッ!」
天田に怒鳴られ、僕はようやく臨戦態勢になる。
春花さんが、僕と天田に補助魔法を手早くかける。
穂香が、瞳を緑に輝かせる。
天田が、手にしたリボルバーを空からの襲撃者に向ける。
何てことだ。グアムに来ても、魔物からは逃れられないのか。
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