24
じゅっ、て音が、耳にこびりついて離れない。
光波に飲まれたあの人。
少なくとも二〇年~三〇年ほどの歴史があっただろう、あの人を構成する、何もかもが蒸発する音。
人間一人って、あんな、あっさり、消えてしまうものなのか?
うそ、だろ……? なあ、
「ああ~どうどう、殺じぢゃっだねぇ~」
…………。
奴の、
天田が、
僕も、春花さんを抱え、四方から降り下ろされる凶器を
そして改めて、赤の騎士を見た。
「あんだ達の初殺人の様子も、ぢゃんど配信じであげるがらねぇ~。ファンが増えるどいいねぇ」
炭化した皮膚と肉が削げ落ちて、ボロボロの人体模型みたいな姿になった、赤の騎士。
こうしている間にも、剥き出しになった筋繊維が驚異的な速度で代謝、復元しつつある。
「ふざけないで……」
僕の腕の中、春花さんが震えている。
「アンタが仕向けたからでしょうが、この卑怯者!」
「春花さん」
僕は、そっと彼女を制した。
もう、
こいつは、もう東山さんじゃない。
言葉を交わすだけ、痛みが増えるだけだ。
だから、
「この後、僕が合図したら、天田の補助をお願いします」
この感情は、なんだろう。
怒り? 恐れ? 悲しみ?
色々混ざりすぎて、僕自身にさえわからない。
「天田。赤の騎士に対しては、技の中二要素が強いほど効きが悪くなる。
なるべく、おばさんでも理解できるような、わかりやすい攻撃を心がけてくれ」
今だ動揺を隠せない様子の天田も、穂香を離して、ゴルフクラブを構え直した。
「赤の騎士」
僕が、ぽつりと奴を呼びつける。
奴は、まだ人間ぶって、小首をかしげてくる。
「この人達を、元に戻せ」
そんな事、聞き入れるはずがない。それでも僕は、あえて言った。
「できない相談だねぇ」
筋肉を剥き出し、全身真っ赤な化け物騎士は、また頭を振った。
「もう、手遅れよぉ。この人たちみんな、もう体とか脳の芯が壊れてるんだから」
赤の騎士の、露出した表情筋が、笑みらしきものを浮かべた。
「穂香、本当か」
「……本当。あいつは、何一つ嘘を吐いてない。
この人達は皆、私達を襲う以外の機能を破壊され尽くしてる。
魔法が解けても、誰一人、もう助からない」
そうか。
穂香の前では、誰も嘘をつけないからな。
「もうひとつ。僕が心の中で考えている事を、天田に転送することは?」
「出来る」
いちいち聞かないでよ、と言う想いが伝わってくる即答だ。
「これで、遠慮は要らなくなったでしょ。
下らない綺麗事は捨てて、さっさと赤の騎士を殺してしまって」
今から僕のしようとしている事を、妹だけが知っている。
彼女の嫌悪に満ちた皮肉も、今ばかりはしっくり来た。
僕は、ここからの流れをしっかりと念じた。
穂香の瞳が、翡翠色に光る。
僕の思考が、天田と春花さんに転送される。
二人の顔に、理解の色。
「天田さん、強くなって……」
緊張に震える春花さんの声。
天田の体に射し込む、補助魔法の光。
彼の巨体は見る見る質量を増し、更なる巨大化を遂げる。
大きめに着ていた服が、パツンパツンに張りつめる。
「天田を加速、四倍速」
「
天田が、赤の騎士の前に瞬間移動。
瞬きひとつ。
すでに天田は、赤の騎士に一〇〇を超える殴打を叩き込んでいた。
皮膚の再生に入っていた赤の騎士の全身が、痛々しく弾ける。
けど、やっぱり、赤の騎士に加わる衝撃が弱いように見える。
けど、それは想定内。
今回、刹那万戦撃に求めたのは、天田が一瞬で距離を詰める事――つまり、移動手段となる事だ。
天田は、赤の騎士の背後を取っていた。
ゴルフクラブを思いきり振りかぶり、横薙ぎにフルスイング。
名前の無いただの殴打は、赤の騎士の背中をもろに直撃した。
背骨とか、翼の骨は間違いなく砕けた事だろう。これには、さすがの騎士もつんのめり、背を折った。
けどやはり、決め手には欠ける。
天田ノートを読む限り、あいつの必殺技は、どれもこれも普段の十倍を越す威力が期待できる。
しかし、逆に言えば。
ただ殴るだけでは、必殺技の一割も成果が出ないとも言える。
実際、赤の騎士は、すぐさま立ち直り、天田に斬りつけようとする。
天田は、これを跳んでかわす。大袈裟なほど高らかな跳躍だ。赤の騎士への追撃を諦めて退避してしまったんだ。
何故なら。
「
僕が地面に手をついて、そう唱えるからだ。
次瞬。
世界が、凄まじい勢いで揺れた。
僕は、橋の真下の地面を左右に割った。
こう言う、即席の谷を作る行為も“地割れ”って言うのかな。
術者である僕すらも、足元をすくわれて転倒する。
視界が滅茶苦茶に
そんな中で、再び春花さんを抱き寄せて跳躍。
遠く、天田が穂香を保護してくれた様も確認。
途方もない崩落音を鳴り響かせながら、橋が崩落してゆく。
川の水が滝となり、砕けた橋が無情になだれ落ちてゆく。
もちろん、赤の騎士に狂わされた人達も、みんな。
赤の騎士の姿が見えた。
彼女もまた、大きく開かれた大地の顎に落ちて行く。
飛行して脱出――する様子は無い。
さっき、天田に背中を打たれた時、翼が折れたからだ。自己再生は間に合うまい。
高くから見下ろす僕と、落ちて行く騎士。
遠くから、お互いの目が合った気がした。
赤の騎士は、深淵に消えた。
そして。
開かれた口は、いずれ閉じるものだ。
「嚥下しろ」
僕が大地に命じると、左右に割けた谷が再び閉じた。
大地の閉じた衝撃で、また世界が揺れる。
腕に抱えた春花さんが、僕の服をぎゅっと握るのが感じられた。
赤の騎士を含め、落ちた人々は挟まれて跡形もないはずだ。
明日以降、この惨状は、謎の局地的大地震として物議を呼ぶに違いない。
けど、僕の手で赤の騎士を殺すには、これしかなかった。
地割れに落とされて、挟まれる。
これほどシンプルな事象に対して、“わからない”も“難しい”も無いだろう。
僕は、言葉も無く、天田達の所へ跳び移る。
「穂香、赤の騎士の生死はわかるか?」
淡々と、その文字列を口にした。
穂香は、唖然とした面持ちながらも、瞳に翡翠色の輝きを宿らせる。
橋の残骸――赤の騎士が喰われた辺りを、じっと凝視して、
「死んだ。
あの女の生きた思考が、検知出来なくなった。
記憶も辿ってみた。
あの女は、グチャグチャの挽肉になって、地中の養分になったよ」
そうか。
死んだんだ。
僕の膝は脱力した。
それで僕は、その場に座り込むような姿勢となった。
肉体的なダメージは無いのに、足腰に力が入らない。立てない。
何だろう、視界が滲む。
生ぬるいものが、目から頬を伝う。
僕は、何を感じているのだろう。
春花さんの加護で、感覚と洞察力が鋭敏になっているのに、
自分の事がわからない。
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