23

「来るな、来るな、来るな! ここ、殺すぞ!」

 僕は再び蒼光剣そうこうけんを創造。ヴン、ヴンと空気を焼くビーム刀身を見せつけ、威嚇してみる。

「かちわってやらぁ、三億えェェン!」

 けれど、押し寄せる人々は少しも勢いを弱めない。武器が非現実的過ぎて、示威効果が弱いのかな。

 いや、みんなの血走った目は、もはや何も見ていないようだ。ターゲットである僕の事すらも。

 車が、クラクションを乱発しながら速度を上げた。

 ああっ、一人、二人、三人と、人を跳ねながらこちらに向かってくる! 正気とは思えない。止めなきゃ。

 と思ったけど、天田が向かったので、僕は東山さんへの牽制に専念。

 天田は、暴走車に正面から立ち向かうと、まるで相撲取りのように抱きついた。

 車は、そこで停止。

 あまつさえ、天田に持ち上げられて、四輪を虚しく空転させる。

 天田は器用にも、車体のとっかかりに指を差し込み、くるりと逆さにした。

 そのまま優しく道路においてやると、車はひっくり返された亀のように無力となった。

「三億、三億くれよォぉお!」

 猟銃を持ったおじさんが、僕に照準を合わせたところだ。

 けど僕は、少しも気にならない。銃に怯えなくなった自分を悟って、少し悲しくなったくらいだ。

 巨人の喘鳴ぜんめいのような、濁った銃声が大気を震わした。

 同瞬、天田が大きく腕を振った。銃弾を、手でキャッチしたらしい。

「あちちっ」

 言いながら、あいつは、ひしゃげた弾丸を投げ捨てる。

 そんなどぎつい光景を見せられても、周りの人らは気にしない。猟銃おじさん本人さえも、怯んでいない。

 猟銃おじさんは、冷静に、流れるような手捌きで次弾を装填。

 けれど、天田がデコピン喰らわす方が速い。適度に加減された指打が、おじさんの頭部を襲う。

 けど。

「むっ!?」

 天田をして、驚嘆の唸りを上げた。

 信じがたい。怪力天田の指を、おじさんはガードしたんだ。例え、指で突っつかれただけでも、普通の人間が接触すれば、悶絶必至の威力はあるのに。

 その上、おじさんは、猟銃で天田の腹を突く。

 天田はこれを、寸前で払い除けると、おじさんを蹴り飛ばす。そして、後ろに素早く跳んだ。

 おじさんも、天田の軽業に倣うよう、後ろに跳んで着地した。

 おじさんの身体能力は、明らかに常人離れしていた。戦士の天田には及ばないまでも、僕ら覚醒者と同等の水準だ。

 そしてどうやら、それは猟銃おじさんに限らないらしい。

 金属バットを振りかざす、若いお兄さんが天田を襲う。天田はこれを、素早くかわす。

 空振ったバットが橋を砕いて、アスファルトの間欠泉を吹き上げた! 鉄骨がきしむ。

 僕は、東山さんを改めて睨み据えた。彼女が、原因だろう。

 人々の欲望を刺激し、凶行を促進する暴徒化魔法。それの上位魔法によって、おじさん達を強化、そして狂化したのだろう。僕ら覚醒者とも肉弾戦が出来るレベルに。

 だが。

「ぁ、ぐ、げっ!? ああぁぁああああァぁあああァアッ!」

 怪力の反動で、バットお兄さんの上体が引き裂けた。人肌の温度で、鉄臭を伴った液体が、散水する。

 やはり彼らは、魔法に目覚めた僕達とは違うみたいだ。

 東山さんに煽られるまま、剛力を発散した代償。僕らを襲う人達が、次々に爆ぜて、内臓を四散させてゆく。

 けど。

 それもここまでだ。

 天田を見守り、自分に殺到する人々をいなしながらも、僕はある魔法的思考を編み続けていた。

 それが、完成する。

「世界の檻」

 暴徒化した人々に紛れ、僕らに迫っていた東山さん。彼女だけを、不可視の壁が包み込む。

 彼女の居る空間の位相だけをずらし、閉じ込めた。画像編集ソフトのレイヤーみたいなやつを思い浮かべてもらえれば、適当だと思う。

 ちなみに、これは、僕、神尾庄司としての魔法である。僕の漫画に出て来る神影星司みかげせいじに、こんな魔法はない。

 春花さんの補助魔法で脳を強化された今の僕は、神影星司を演じながらにして僕自身の魔法も処理出来るのだ。

 とにかく、異空間に隔離しただけで捕獲できるなら、理想なんだけど。黙示録の騎士を相手に、そんな甘い結末は期待できない。

 だから。

「獄中死せよ」

 瞬間的に、光が飽和した。

 東山さんを幽閉した異空間を、僕は、核融合による爆燃で覆いつくした。

 球状に切り取った空間を、膨大な光炎が染め上げる。

 そこに生まれたのは、まさしく小さな太陽だった。けれど、熱さは微塵も感じられない。

 現世から隔離された空間にのみ起きた爆発であり、僕らには関係の無い出来事だからだ。

 僕の推測だと、東山さんさえ殺せば、人々にかかった暴徒化の魔法は解けるはずなんだ。

 人々を強化し、なおかつ暴徒に豹変させ続けるには、単一の魔法プロセスでは不可能なはず。東山さんは、彼らが狂うよう、常に意識し続けねばならない。

 それは裏を返せば、東山さんさえ死ねば、みんなを助けられる事を意味する。

 だから。

 彼女を現世から切り離し、核融合の渦に飲み込ませた。

 これに関して、僕は何一つ言い訳するつもりはない。

 殺すしかない。

 もう、殺すしかないんだ……。

 けど。

 僕は、予測できている。

 できて、しまっている。

「よ、よ、よぐっ、よぐ、わがらないわぁ、ごれ……」

 全身を炭化させ、それでも赤々とした口腔を開きながら、東山さんだったものは無理解を口にした。

 東山さんは(全身炭化しているとはいえ)人の形を留めて、冷静に人語を発している。

 水野君なら――捉えられればの話だけど――死んでいる状況だろう。

 それを思うと、東山さんのこの耐久性は異常と言える。

 恐らく、何らかの魔法的作用が働いているとしか思えない。

 その要因も、およそ目星はついた。

 さっきから、僕の攻撃魔法を喰らう度に口走っている“難しい”“よくわからない”などという言葉がカギだろう。

 東山さんという人格の属性は、今時の“おばちゃん”だ。

 このタイプの人種が、剣と魔法の世界に疎いのは、先述の通り。

 僕らが今直面している“魔法戦”において、“一般的なおばちゃん”としての性質はハンデと言ってもいい。

 僕のように、ある程度、ファンタジーのラノベなり漫画を読んでいる人間は、魔法と言う概念に適応しやすい人種と言える。

 天田みたいな、RPGとかFPSのゲームをやりこんでる奴なら、なおのこと有利だ。

 東山さんは、魔法の事が“よくわかってない”んだ。

 だから、水野君のように、時間魔法を即座に理解し、自分のものにするという機転が利かない。

 彼女にとっての魔法とは、僕ら以上に得体の知れない存在。

 僕や、仲間である他の四騎士の前例を参考にして、ようやくそれらしいものを行使できるというレベルなんだ。

 その結果が、さっきの空気弾だ。

 敵対者を打ちのめす、という、フワッとした思考強さしかないそれは、大気の弾丸という形をとって僕を襲ったに過ぎない。

 なまじ“ファンタジー知識”という雑念が備わっていれば、むしろ、空気弾にあれだけの威力が乗る事はない。

 思考に余計な雑念が無いからこそ、“よくわからないけど破壊したい”という、純度の高い思考エネルギーが、効率よく実現したのだろう。

 二発目に高熱を帯びていたのも、僕の“グロリア・ゲート”で熱い思いをしたから。それで、何となく“東山さんにとっての魔法の在り方”に“熱い”という性質が加わっただけなのだろう。

 それだけならいい。

 敵が、剣と魔法について無知でいてくれるのなら、僕らとしてはむしろくみしやすい相手のはずだった。

 けど。

 東山さんの……と言うより、世間一般での四十代、五十代女性のそれは“度を越した無理解”でもあった。

 わたしには、よくわかんないわぁ。

 攻撃魔法の全てが、その一言で片づけられてしまう。

 理解できない。だから、自分には関係無い。その、原始的であるがゆえに強固な“思考”が、結果として、“ぼくのかんがえた超魔法”をシャットアウトするバリアと化しているのだろう。

 つまるところ、東山さんは、その性質ゆえに“最強の魔法防御力レジスト”を持つと言える。

 言うまでもない。攻撃魔法を主戦力とする僕にとっては、最悪相性の敵だ。

 密閉空間のゼロ距離核融合を耐え抜かれた事が、この上ない現実を示している。

 町の人達を狂気に駆り立てる、赤の騎士。それを一息に殺すことが出来なかった以上、彼等は四方八方、断続的に僕らを襲う。

「ぅ……、く、くそ……」

 高校生の拳が、OL風女性の刺身包丁が、老婆のハンマーが、中年男性のバールのような物が。

 僕を襲う。

 天田を襲う。

 覚醒した僕達と言えど、そのどれか一つでもまともに受ければ、命の保証はない。

 また、人々が、無理な動きによる過負荷で五体と五臓六腑を爆散させ、酸鼻きわまる光景を作り出すので、なおのこと僕らには余裕がなくなって。

「う……ぅ……ううう……」

 超戦士と化した天田ですら、紙一重の状況。

 この上、僕らは、春花さんと穂香に向けられたそれらを捌かねばならなくて。

 ついに、天田がバランスを崩し、その場にへたり込んだ。

「天田ッ!」

 これ幸いと、天田の脳天めがけてバールのような物が振り下ろされる。

 けど、天田は、抜き放ったゴルフクラブで、これを受け流して、

 それでも、バールは襲ってきて、

 だから、

鳴慟昇竜牙めいどうしょうりゅうがッ」

 天田は、言ってはならない事を言ってしまった。

 ゴルフクラブで思い切りぶん殴られた橋が千々に砕け飛んで。

 石片の濁流が噴き上がって、バール装備の男性を含む、五人くらいの人達を、膨大な粗挽き肉に変えてしまった。

「あ、ぁ……あ、天、田……」

 天田は、たぶん、はじめて、


 人を、殺した。


 けど。

 僕にも、自分がした事に呆然とする天田を、見ている余裕が無かった。

「い、ゃ、来ないで!」

 僕らから見て、かなり遠くに引き離された穂香。そんな彼女を、二人の男が襲う。

 一人目が振り下ろした金属バットは、意外に俊敏なステップで回避された。

 けど、その回避行動で足元のおぼつかなくなった穂香へ、別の男がハンマーを振りかざす。

 ダメだ、どうあっても間に合わない!

 眠りの魔法で昏倒させようにも、届く前に穂香の頭が先に砕かれる。

 もう、手立てがない。

 だから。

「ぅ…、く」

 僕は、遠く、穂香を襲う男を指し示すように、掌をかざして。

「破ッ!」

 光波を放った。

 人間一人を包む程度に、威力は抑えた。

 光は、まさしくこの世で最速の現象。

 穂香にハンマーを振り下ろそうとしていた男は、

 じゅっ、という、呆気ない音と共に、その身体を蒸発させられた。

 後に残る物は、何もない。

 ……。

 ……、……、あれだけ……、

 あれだけ……気を付けてきた。

 気をつけてきたんだ、魔法で一般の人達を傷つけないって……。

 けど、けれど。


 僕は今、はじめて、魔法で人を殺した。

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