22

 花火の光が、夜闇を淡く照らす中。

「マ、マーシレス・ローズッ!」

 僕は、狂ったように蒼光剣そうこうけんを振り回した。

 東山さんは遠い。とても剣が届く間合いじゃない。

 ただし。

 僕が剣を振った数だけ、蒼光の残像が飛ぶ。刃と化したそれは、複雑に折り重なって東山さんを襲う。

 まるで、蒼い薔薇のように。

 手数の多い飛び道具なので、間合いさえ取れば、詠唱の隙をカバーできる。

 東山さんは横跳びに退避したけど、右半身をみじん切りにされて、転倒した。

「マーシレス・ローズッ!」

 間髪入れず、第二波。蒼光剣を振りすぎて腕が痛い。質量の無い光線剣を振り回すって、結構、筋とかにダメージ来る。

 残像刃が発するよりも早く、東山さんが剣を振るう方が早い。禍々しく赤熱する謎のエネルギーが、僕の放った残像刃を相殺。

 橋が震撼するほどの衝撃波を撒き散らして、消え去った。

 剣を振り抜いた東山さんが、跳んだ。あっという間に僕の懐へ!

 けど、

「グロリア・ゲート!」

 すでに僕は、叫んでいた。

 いささか長い詠唱だが、間に合った。

 視界が、蒼白い光に染まった。

 僕の眼前で、膨大な光の間欠泉が吹き上がった。

 東さんは、凄まじい衝撃と光熱の中に、自分から飛び込んでしまった。

 マーシレス・ローズで相手を飛ばせて、超絶光魔法グロリア・ゲートの噴出地点に誘い込む。

 神影星司みかげせいじが、漫画の中で敵幹部を瞬殺し、その強さを見せつけたシーンの再現だ。

 グロリア・ゲートは、範囲を広げれば一個中隊を壊滅させる大魔法。

 無防備に受けて、無事なはずが――、

「うーん、やっぱり、わたしにはわからないわぁ」

 光が粒を散らしてほどけてゆく中、東山さんの、のんびりとした言葉が聞こえた。

「ぁ、ぁ……」

「神尾くん、難しいことたくさん知ってるねぇ」

「ああぁああアぁアアぁアアアァ!?」

 東山さんは、全身焼け爛れてるけど、しっかり立っていた。

 そして、この期に及んでまだ、東山さんの語調なのが、怖い、怖すぎる!

「でもありがとうね、神尾くんのお陰で、この体の使い方がわかってきたよ」

 ど、ど、ど、どうしよう、着実に経験値を稼いでるよ、東山さん!

 剣と魔法の世界にある程度順応していた事だけが、僕のアドバンテージだったのに!?

 というか、この後どうしよう!?

 グロリア・ゲートがまともに当たれば、さすがの赤の騎士でも消し飛ぶはずだったんだ!

 まさか、これを耐え切るなんて、普通わかるか!? なんだ、あの人の頑丈さは!? ドラゴンとか水野君より酷いぞ!

 ももも、もう打つ手がない!

 どうしよう、どうすれば!?

「でもやっぱり、魔法というのがよくわかんないのよねぇ」

 言いながら東山さんは、僕に手のひらを向けた。

「こうかなぁ?」

 僕は跳んだ。とにかく跳んだ。

 神影星司としての直感力が、そうさせた。

 大気が弾けた。

 凝り固まった空気が大砲のようにほとばしり、橋の上を蹂躙。

 まずい、穂香が!

 振り返ると、妹の細い身体が、紙屑のように吹き飛んだところだった。

 二度、三度、四度、路面をバウンド。

 受け身はしっかりとっている。

 あちこちに擦り傷を作りながらも、問題なく立ち上がったようだ。

 よ、よかった、彼女も魔法に覚醒したから、常時身体強化魔法がかかっているのか。

「難しいねぇ、わかりにくいわぁ」

 し、しまっ――、

 穂香に気を取られていた僕へ、東山さんの発した大気砲が襲い来る。

 避けきれない!

 僕は思いきり踏ん張り、受けの姿勢を取る。

 さっきの威力を見るに、神影星司の筋力と耐力なら、たぶん踏み留まれる!

 腕に衝撃。

 肋骨がきしむ。

 読み通りだ。これなら、目立った怪我も無く耐えきれ――、

 ……?

 あ、あつ、熱い!?

 受け止めた腕が、熱い! 腕が焼けているッ!

 この大気砲、さっきと違って高熱を帯びている!

 腕がみるみる焼け爛れ、神経が死んでいく。

 握力が無くなって、蒼光剣を落とした、これ以上はまずい。

 僕は踏み留まるのをやめて、弾かれるように飛び退いた。

 転げに転げて、欄干にぶち当たる。

「さよなら、神尾くん」

 いつの間にか、僕の枕元に東山さん。

 剣を逆手に持って、今、まさに、僕の脳天を刺し貫こうと、

冥王絶影翼めいおうぜつえいよく!」

 明後日の方向から、聞き覚えのある肥満声。ほぼ同瞬、衝撃波を残し、東山さんが消えた。

 凄まじい推進力を与えられて空高く打ち上げられた東山さん。

 そして。

 彼女を中心として、おびただしい光と爆轟が放射した。

 まるで、打ち上げ花火のようだ。

 ……。

 ……待てよ。

 花火と言えば、さっきの東山さんは、何のためにあんな花火を打ち上げて――、

「庄司くん!」

 僕を呼ぶ、すずやかな女声。

 春花さんだ。

 速やかに助け起こしてくれると、彼女は僕の全身に視線を走らせた。

 回復魔法の暖光が、僕の腕を照らす。この一瞬で、腕が焼けた事を的確に見つけてくれたらしい。

 彼女のプレイヤー(?)スキルも、着々と上がっているみたいだ。僕と違って。

 続けて、僕の脳に作用する彼女の魔法。春花さんの加護が、僕に与えられたんだ。脳内をめぐる、余計な雑念が、瞬く間に晴れた。

「神尾、生きてるかぁ」

 天田が、馴染みの太ましい声で呼び掛けてきた。

 何やら、いつにもまして、大きいサイズの着衣だ。奴をして、ブカブカな着こなしである。

 巨大化する気満々だ。

 腰には相変わらずのゴルフバッグ。

 そして、左手には水野君が持っていた弓矢。

 そう、彼は無謀にも、あの現場から白の騎士の弓を持ち去っていた。

 ヘリを落とした、重要な証拠。今ごろ、絶対、警察が血眼になって探しているやつだ。

 本人は “鹵獲ろかくは社会常識”とか言ってたけど、僕には真似できない。

 しかし、どうして二人はここがわかったんだ――、

 ――思い出した。

 春花さんの指示で、僕のスマホにはGPSの位置情報アプリを入れさせられたんだった。僕が通話に出なかったから、GPSを辿って追いかけてきたんだろう。

 主に、子供が迷子になった時に使うやつだ。とても情けない事だとは思う。

 天田も春花さんも、今さら僕の不手際をどうこう突っ込まない。

 とにかく。

 天田が前に出て、春花さんが僕と並ぶ。基礎のフォーメーションが、自然と形成されていた。

 さっき天田の放った、“めいおうぜつえいよく”とかいう必殺技の光が、鎮まってきていた。

 東山さんはとっくに墜落、路面へ叩きつけられていた。けど、致命傷には程遠い。

 あちこち骨が砕け、よろよろとこちらに歩いてくる。

 そのダメージも、ひと呼吸ごとに治癒している。足取りが、少しずつしっかりとしてきた。

 それでも、僕は、心の恐慌が急速に晴れていくのを感じている。

 仲間が来てくれた。

 僕一人でも、結構渡り合えてたから、正直、これでもう大丈夫だと思う。

 よし、もう一度東山さんを説得しよう!


「……ぞ!」


 ……?

 何だ、空耳か?

 何か今、遠くから声が聞こえたような。

「……えん! ……オレのもんだ……!」

 え?

 男の、怒鳴り立てる声が、遠くから聞こえる?

 車のエンジン音もする。

 しかも、

「三億円! 三億円! 誰にも渡さんぞ!」

 どんどん、近づいてくる!

「やーっときてくれた」

 東山さんが、とても嬉しそうに言った。

 そして。

「三億円! 三億円はどこだァ!」

「おい、あいつ、あいつじゃないか!?」

 ハイビームになった車のライトが、突如、橋の上を暴いた。

 バットとか包丁とか、そういうのを手にした人たちが十何人も、こちらに向かって走ってくる。

「神尾だ! 見つけたぞ!」

「殺せ、殺せぇ!」

 ちょっと待て、向かって一番右のおじさんが持ってるの、猟銃じゃないか!?

 あと、でかいミニバンがアクセル全開でこっちに猛進してくる。

 もしかして。

 さっき東山さんが打ち上げた花火は、この為のものだったのか!

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