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「か、考え直す気は、ないんですね? 東山ひがしやまさん」

 僕は、ロスト・サフィールを構えて東山さんを注視する。

 東山さんが、脚で馬の横腹を圧迫。それに呼応し、馬が駆け出した。僕の横を抜けるや、慣性とかお構いなしの急カーブ。東山さんは剣を高らかにかざすと、僕の側面から斬りかかる。

「あっ、あっ、あああっ!?」

 テンパるけど、見えてはいる。

 僕はこれを、どうにか蒼光剣そうこうけんで受け止める。

 実体を持たないビーム刀身は、しかし、それ自体が凄まじい反発力を生じて、東山さんの剣を弾き返す。

 何で実体剣をビーム剣で弾けるのか、というメカニズムは、僕には聞かないでほしい。

 とにかく、東山さんの身体が、馬上で大きく泳いだ。

 刀身に重さが無い分、僕の剣速が上……なはず! 僕は蒼光剣を、馬の頭頂部めがけ振るう。東山さんは、とっさに手綱を絞り、腰を浮かせた。それに応じた馬が、打ち上げミサイルよろしく飛翔。

 僕の振り下ろした蒼光剣は、残像を描いて空振り。橋の車道に抵抗なくもぐり、大きな裂け目を作ってしまった!

 う、嘘だろ、こんなよく斬れるものなのか! 振り方に気をつけないと、橋が大変なことになる!

 東山さんの騎馬が、着地する。

 馬術とかよくわからないけど、東山さんのしてる事が、常人離れした所業である事は何となくわかった。

 水野君と言い、黙示録の騎士となると、そういうスキルが自然と身につくのだろうか。

 僕は、泣きの入った叫びをあげながら、彼女の前へ走った。

「ロスト・トライアングルッ!」

 僕の身体が、音の壁を突き破った。

 蒼光剣を横薙ぎに振りながら、騎馬の周囲を公転。ちょうど、騎馬を中心として三角を描く、三連斬だ。

 生暖かい飛沫が、僕にかかる。強烈な臭気。

 僕の放った必殺剣ロスト・トライアングルで四本の脚を切断された馬が、その場に崩れ落ちた。

 東山さんも、バランスを崩して落馬。

 けど、これだけじゃ足りない。すぐに回復されるのがオチだ。

 馬が動けない今のうちに、大技を!

「ミッシング・ヘヴンッ!」

 未だ僕の描いた三角形の残像が残る中。

 その中心にいる馬めがけて、僕は蒼光剣を垂直に振り上げた。

 三〇〇メートルほども増幅した光の刀身が、馬の腹から頭頂部を縦に割っていた。

 東山さんは、光剣に巻き込まれる寸前で退避。

 この隙に、僕も間合いを離して仕切り直す。

 二又に裂かれた馬は、血と臓物をばらまきながら、完全に倒れ伏した。

 水野君の時にあれだけ苦戦した馬を、今回は僕一人で殺せた。少し、勇気が湧いた。

 僕は半身になり、蒼光剣を構えた。

 僕の拙作“覚醒サークル”に出てくるアンチヒーロー・神影星司みかげせいじのように。

 自作の漫画キャラを自分に投影する事で、本来不可能な動きを実現する。

 原理は、天田の必殺技に近い。

 ただ、僕のこれは、天田の必殺技以上に融通がきかない。

 “神影星司モード”の時は、彼が作中に使用した技や魔法しか使えなくなるのだ。

 時間魔法のケースと同じだ。

 自作漫画キャラの魂を自分に憑依させ続ける事に手一杯で、他の魔法的思考を編む余裕がない。今は本来の自分を捨て、神影星司になりきるしかない。

「また、けったいな魔法を作ったものねぇ。神尾くん、なんだかテレビのヒーローみたい」

 東山さんが、再び襲ってくる素振りも無く、呑気な事を言った。

「か、覚醒サークルの、神影星司ですよ。ビーム剣を使う」

 僕も、真っ向から対話に応じてみた。

「へぇー……わたしには、難しくてわかんないわ」

 緊張から来る動悸と過呼吸をおさえながら、僕は努めて冷静に状況を探ろうとしていた。

 以前、東山さんから、趣味について質問された事がある。


 ――神尾くんって、なんか趣味とかあるの?

 ――ぇ……ぇぇ、その、恥ずかしいんですけど……。

 ――なになに? 趣味に恥ずかしいなんてこと、ないでしょう。聞かせてほしいなぁ。

 ――漫画、自分で描いてます。

 ――へぇぇ、漫画を自分で! すごいねぇ、器用なんだねぇ。

 ――器用、なんでしょうか……。

 ――それで、どんなお話を描いてるの?

 ――ぇ……と、ファンタジーみたいなもの……なんですけど、覚醒サークルってタイトルで――。


 あの時の僕は、天田以外の人間に自分の漫画に興味を持たれた事で、舞い上がっていた。

 だからベラベラベラベラと、覚醒サークルに関してのあらゆる話を、彼女にしていた。

 ……登場人物である神影星司の能力についても、相当しゃべってしまっていた。

 けれど、大半の詳細は聞き流してくれていたらしい。

 まあ、四十代・五十代のおばちゃんに中二全開な能書きをたれた所で、聞き流されるのが普通か。

 今にして、かつての僕の痛さを理解した。

 あれかな。

 テレビゲームに夢中な孫を見ている、おばあちゃん的な。

 この場合、大抵はゲームの内容なんて興味がないんだよな。

 それが少し、寂しい気もしたけど。

 けどこの場合、聞き流してもらってて幸いだった。

 きっちり覚えられてて、対策されて、それで死ぬよりは何倍もマシだろう。

 僕は、僕の生み出した漫画の力で……東山さんを、殺さなければならないから。

「ま、いいわ」

 不気味なしわがれ声で、あっけらかんと言い放つ、東山さん。

 何が、いいのか。

 僕は東山さんの挙動に注意を払う。

 神影星司は、クールでスマートな魔法剣士だ。少しでもおかしなマネをすれば、強力な魔法と剣技で、敵を瞬時に葬り去る。

 それが今の、僕だ。

 そんな僕が、注視する中。

 東山さんは、おもむろに、夜空へ掌をかざした。

 そして、

「まもなく本番ですよぉー」

 東山さんがそう言い放った直後、人魂ひとだまのようなものが夜空を飛翔し、

 ピンク色・ヒスイみどり色・むらさき色の入り混じる、打ち上げ花火が、夜空に爆ぜた。

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