20

 暗闇の中、沢山の足音が僕らを追い立てる。

「三億円! 三億円が来たぞ!」

「オレのもんだァ!」

「ふざけろ、俺が先だ!」

 小谷辺こたにべ大橋が近づくにつれて、通行人の行動も過激になってきた。

 右前方から迫る男にいたっては、金属バットを手にしている。

 多分、僕を仕留める=三億円ゲット、という所にまで思考が単純化されてしまってるのだろう。

 赤の騎士の“暴徒化”魔法がより強くかかってるのか、それとも、元が人一倍お金に困窮していた人だったのか。

「や、安らぎあれ!」

 眠りの魔法を発動。煙のウミヘビが襲撃者達を取り巻いて、即座に昏倒させた。金属バットが落ちて、コロンコロン言う音が響き渡る。

「この男が“暴徒化”の魔法を受けたのは、五分ほど前。場所は、橋の上。赤の騎士は、ほとんど動いていない」

 瞳を緑色に光らせた穂香ほのかが、それだけを言った。

 とうとう正面に橋が見えてきた。

 大きくがっしりとした橋だけど、この道の利便性はいまいちだと聞いたことがある。

 この時間、車の通りはそれほど多くない。無人なのは不幸中の幸いか。

 橋の中ほどで馬を停まらせた赤の騎士を除いて、だけど。

「こ、ここまでだ、穂香ほのか。その、家に、帰るんだ」

 僕は、ゆっくりと歩きながら言う。

 足が震えて、うまく歩けない。

 赤の騎士の姿が、近づくごとに形を帯びてくる。

 穂香が、ついてくる。

「逃げたいけど、無理。あいつ、私を逃がす気は無い。あいつは、一〇〇パーセント、私を捕まえる事が出来る」

 断定的な言い方をする。

 他人の心を読めると言うことは、お互いの知っている事実を全て手に入れられると言うことなのだろう。

 僕と赤の騎士、両方の記憶を見て、比較検討。その上で穂香が導きだした結論が、“絶対に逃げ切れない”というものなのかもしれない。

 さすが穂香だ。ただ単に心を読むのではなく、得た記憶データを分析・応用する力が凄い。この短時間で、僕の経験した事情や赤の騎士の考えを把握しているのも納得だ。

 とは言え、感心している場合でもない。

「解ってる? もう、やられるよりも先にあいつを消すしか手は無いって」

 穂香の言うことは、多分正しいんだろう。

 そうこう考えてるうちに、赤の騎士にかなり近づいた。

 やっぱり、あの東山ひがしやまさんだった。

「久しぶり、神尾くん」

 東山さんの顔をした赤の騎士が、変わり果てたしわがれ声で、そんな事を言った。

「お、お、お久しぶりです、東、山……さん?」

 後ろから、穂香のこれ見よがしな溜め息が聴こえる。彼女にも、僕の考えはわかっているみたいだ。

 四騎士の中では最弱と言われた水野君ですら、天田と春花さんの助けがあって辛うじて退けられた。

 これが、僕の今の現実レベルだ。

 それなのに、第二の騎士と、仲間抜きでやり合えるとは到底思えない。

 しかも、穂香を守りながら。

 そんな簡単な図式に、ここに来てから気づいてしまった。

 せめて、天田達を待つべきだったかもしれない。

 襲ってくる通行人への対処に気をとられ、それをせずにここに来てしまった。

 僕は、本当にバカだ。

 だから。

 出来る限り、話し合おうと思った。

 穂香の溜め息が、徒労に終わるであろう結末を暗示しているけど。

「あの、東山さん」

「なぁに?」

 無邪気に笑って聞き返す姿は、東山さんでしか無いけれど。

「僕に懸けた三億円、取り消してくれませんか? うちに人が殺到して、ちょっと迷惑してるんです」

「それはー、だめだねぇ」

 のびやかに、しかし、即答だ。

「わたしらもこれ、仕事だから」

「どうして僕なんですか。僕は、東山さん達に何もしてない」

「それはねぇ? 会社としての理由を聞きたいのか、わたし個人の理由を聞きたいのか、どちらかにもよるねぇ」

「どちらもです。どうして、東山さんまで僕を!」

「わたしも、本当はこんなことしたくないんだけど……こんな姿になってしまったらねえ? もう、うちにも戻れないし。帰ろうとしたら、旦那にも子供にも、追い出されたよぉ。

 “化け物。二度とうちに近づくな。寺に言って駆除してもらうぞ!”ってねぇ……」

 ぁ……。

 それは、確かに。

 彼女達にはそれぞれに家族がいて。

 人外になってしまったら、もうみんなとは一緒にいられなくて。

 それでも、生きていかなきゃならない。

「あの時、神尾くんが、わたしが食われる前に助けてくれたら、こうはならなかったんだけど」

「ぁ、ぅ、ぼ、僕は!」

 助けようとはしたんだ! ただ、力が、及ばなかったけど……。

「神尾くんを責めるつもりじゃなくてね。ただ、お互いに仕方がないだけのことじゃない?

 神尾くんは、わたしを助けなかった。それで魔物になったわたしは、自分が新しい人生を送る。そのために、神尾くんに何かを遠慮することはない」

 そんな、本当に彼女は東山さんなのか?

 東山さんは、こんな事言わないだろう?

 彼女は、彼女は……。

 彼女は……。

 ……なんだって言うんだろう?

 僕は、彼女の何を知っていたというのだろう?

 東山さんは、井水メタルで僕に優しく接してくれた、数少ない人。

 それは、僕の主観でしかない。

 もしかしたら東山さんだって、僕の愚図っぷりには内心でイラついてたのかもしれない。

 彼女はただ、それを表に出さない人だっただけかもしれない。

 かもしれない。

 かもしれない。

 かもしれない。

 かもしれない、ばかりだ。

 まして、こんな魔物騒ぎなんてない、東山さんも平和に過ごしていた時の話だ。

 やっぱり、話し合いで解決することじゃなかったのか。

 東山さんは、あまりに自然に、鞘から剣を抜き放った。

「そろそろ、はじめましょうか」

 かつてと同じ、温厚な笑みすら浮かべて言う。

 僕を殺す、と同義のことを。

 僕は。

蒼光剣そうこうけん使い・神影星司みかげせいじ、インストール!」

 手を前にかざして、呪文を唱えた。

 すると僕の手の中に、金属でできた筒状の柄が現れた。

 そして、羽虫のような振動音を伴って、柄から蒼い光が伸びた。

 僕が生み出したこれは“蒼光剣ロスト・サフィール”と言う。

 映画とかアニメにある、あの手のビーム剣だ。

 これまで魔物たちと殺し合って、思い知ったことが一つある。

 天田がいない時の僕は、あまりにも無防備すぎるのだ。

 四六時中、天田と一緒にいるわけにはいかない。

 あまり考えたくないけど、天田がいつまでも僕の側にいられる保証はどこにもない。

 僕が死ねば、天田の側にいられないのと同じように。

 だから、自分でも前衛を張れるようにしなきゃ、と考えた。

 僕なりに考えた、魔法使いから魔法剣士へのクラスチェンジ、とも言うべきか。

 その結果がこれだ。

 “魔法剣士”の構想は、自分の描いていた漫画“覚醒サークル”から得た。

 主人公のライバルキャラであり、物語のクライマックスで仲間になる(予定だった)神影星司。

 このキャラの愛用する武器こそが、今、僕が手にしている蒼光剣ロスト・サフィール。

 光で創られた刀身は折れる事なく、あらゆる物をき斬る。

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