18

 天田・春花さんとの三人会議も終わるころ、“天田ノート”なる物を見せてもらった。

 実際にこれらの技を実行可能だと知らない人が読めば、中二がぶり返したのかと誤解してしまいそうだ。


刹那万戦撃せつなばんせんげき

 カテゴリ:棍棒クラブ

 威力:およそ110~130% HIT数:20(バフ、デバフの補正により変動)

 有効範囲:1メートル

 詳細:

  対象に踏み込み、一秒未満で二〇回の殴打を繰り出す乱舞技。

  騎馬等、複数の個体が密着するような状況では、打撃がランダムで分散する。

  キャンセル(連打の中断)は不可だが、最終打から、空覇神槌殺や鳴慟昇竜牙へと繋ぐ事が可。

  ――贄が瞬き一つを終えた時、幾万の聖戦がその身を蹂躙す。


空覇神槌殺くうはしんついさつ

 カテゴリ:棍棒

 威力:およそ1500% HIT数:1

 有効範囲:1体

 詳細:

  対象の真上に跳躍し、下方向へ急加速しながら棍棒を叩き込む技。

  自由落下より速く下降出来るので、緊急回避にも使える。

  ――男が天に抗いし時、摂理は砕け、死ぬべき者は死を迎えん。


鳴慟昇竜牙めいどうしょうりゅうが

 カテゴリ:棍棒・地属性

 威力:およそ300%+地形に依存 HIT数:1+地形に依存

 有効範囲:100メートル

 詳細:

  渾身の唐竹割り。それが大地にまで達した時、足元を破砕。

  逆回しの流星群がごとく噴き上がった大地が、対象を跡形も無くすりつぶす。

  ――母なる大地ガイアへの反逆。それに呼応せし星は、愚かなる存在を野放図に抹殺す。  


鳳凰絶空切ほうおうぜっくうせつ

 カテゴリ:基本動作

 詳細:

  音速で空へ飛翔する、飛行移動。高度は調整可。

  発動時に設定した最大高度まで達した後は、自由落下となる。

  しかし、落下中に空覇神槌殺に派生させたり、当技からの派生専用である“天羽護法てんはごほう”でゆっくり着地を試みる事も出来る。

  ――魂の翼が羽ばたく時、それはまさに、形而下にて具現す。


永光の牙えいこうのきば

 カテゴリ:常用パッシブ魔法

 詳細:

  打撃インパクトの瞬間、武器に加わる反動を最小限に削減する事で、その耐久性を飛躍的に向上させる。

  当常用魔法は、天田達哉が手にした武器全てに、自動的に適用される。



 ……。

 こいつ、何だかんだで覚醒生活、楽しんでないか?




 天田のアパートから帰る途中、道行く人の何人かが僕の様子を窺っているのが感じられた。

 いかにも絡んできそうなタイプの人は極力避ける。どうしても近づいてくるようなら、彼らの時間をほんのわずかに遅くして、引き離した。

 頭は冴えている。

 僕に接触しようとする人と、遠巻きに見ているだけの人、僕に気付きもしない人々との違いが、的確にわかる。空気が読める。

 解散の際、春花さんにかけてもらった判断力補強魔法のお陰だ。

 (僕はこれを、“春花さんの加護”と密かに名付けた)

 三人会議の時に試したけど、春花さんの加護の効果持続時間はおよそ一時間だと思う。それまでに、とりあえずは家に帰らなければ。家族が心配だ。

 僕の家をチラチラ窺っている通行人が、計三人。

 まだ、僕を捕まえた所で三億円がもらえる保証なんてない。そんな今でさえ、僕に近づこうとする人がこれだけいる。

 これから話が大きくなったら、どうなるのだろう。

 それでも、彼らが一〇〇〇人押し寄せてきても、ドラゴンよりは何倍もマシだ。

 けど、それは魔法を好き放題使える前提の話だ。もちろん僕は、怪我人を出してまで魔法を使う気はない。

 流血沙汰だけは避けないと。

 とりあえず、大きく迂回して、裏口に回る。

 ……犬の散歩をしている男性が一人。キョロキョロと落ち着かない様子で角を曲がって行った。

 五分待つ。

 また来た。

 やっぱり、キョロキョロ辺りを窺いながら歩いている。いつもの僕なら、気づかなかったろうな。

 これだけ家にべったりと張り付かれてたら、どうしようもない。

 いっそのこと。

 僕は、小細工なしに物陰を出た。あえて、男性の目が向くであろうタイミングで。

「あっ……!」

 僕を見るや、男性は即座に反応を見せた。

「あの、あの、もしかして、神尾さんですか。三億円の」

「イエチガイマス、ボクカンケイアリマセンカラ、スイマセン……」

 早足で詰め寄ってくる男性を、うつむきながら振り切る。彼も、それ以上強引には近づいてこない。

 裏口の柵を閉ざすと、彼はそこで立ち止まった。

 犬を連れてるし、賞金の事も半信半疑。

 不確定要素と他人の敷地に踏み込むリスクとを秤にかけたら、追いかけてくるはずがなかった。

 表で張ってる人達にチクられる心配も無いだろう。仮に三億円が本当にもらえるなら、独り占めにした方がいいに決まってる。

 とにかく僕は、裏口からの帰宅に成功した。




「庄司……! あんた、何やってんの!?」

 カーテンを締め切ったリビング。

 母が、押さえに押さえた声で、僕を糾弾した。

「昼間から何人もうちに押し寄せてきて、どれだけ大変だったか!」

 やっぱり、そうなのか……。

 そして、腕組をしながら沈黙を守っていた父が、僕をじろりと睨んだ。

「お前、何に手を出した? あの連中と、どんな関係だ」

「ぅ……」

 父に威圧されると、自然に体が萎縮する。

 ほとんど、子供の頃から身に染みた反射と言える。

「ぁの、野仲さん達は、この前まで働いてた工場で、上司とか先輩とか……」

「それでどうして、あんな事が起こるんだ!」

「ひっ……」

「この前の穂香の事もそうだ! お前が付き合ってた悪い仲間が、何かをしたんだろう!? 正直に言え!」

 正直に言えば、殴られる。

 昔から、そうだ。

 怒らないから、正直に話なさい。

 それに従って正直に話せば、結局殴られる。

 けど、言わなければ、殴られるまでの時間がいくらかは 延びる。

「……」

 その学習が骨の髄まで刻まれている僕は、事情を言いたくても何も言えなかった。

「言え。

 言え。

 言え! どうしてくれるんだ、こんな事になって!」

 父も、かなり興奮している。

 穂香が白の騎士に拉致された件で気を揉んでいた所に、多数の死傷者。警察の聴取。マスコミの質問攻め。

 そしてまた、僕に懸けられた三億円の賞金で、色んな人達が家に押し寄せてきた。

 両親が狼狽えるのは、無理もない。

 どうしよう。こんなこと、これ以上どう説明すれば?

 どうすれば、両親を納得させられる?

 このあと、どうすれば。

 ああ、気づけば、春花さんの加護が薄れてきている。

 頭の中が空回りする、いつもの感覚が戻ってきている。

「言え、さっさと言え!」

 どうすれば。

 どうすれば。

 どうすれば。どうすれば。どうすれば!

 ――と。

 足音と衣擦れ音。

 妹の穂香が、リビングに入ってきた。

「穂香! 無理はするな。部屋に入ってろ」

 父が心配する通り、久しぶりに見た穂香の顔は青ざめていて、頬の肉も減ったように見えた。

 あんな目に遭ったあとだ。PTSDとか、そういうの、大丈夫だろうか。

 けど、穂香は父を無視して、歩みを進めた。

 僕の目の前まで来た。

「何で」

 驚くほど震えた声で、言う。

「何で、帰って来られたの、アンタ!?」

 穂香の声が、刺さる。

 本気で僕に殺意を覚えているような、すごい目付きだ。

「穂香、静かに、外に聴こえる!」

「自分がいるだけで私達家族の足を引っ張ってるって、何で気づいてないの! いちいち言われなきゃ駄目なの!?

 もう勘弁して! 何で、アンタの為に、私がこんな目に!」

 玄関のドアがノックされた。

「ごめんくださーい」

 近所で聞いたことのある、誰だったかの声だ。

「穂香、やめろ!」

 そう言う父も、かなり声が大きい。

「神尾さん、神尾さん? いるんですよね? 神尾さーん」

 声に、少しずつ怖いものが混ざってきた。

 ドラマの刑事が容疑者に笑顔で近付いて、逃げ道を塞いだ上で、徐々に仮面が剥がれていくような、あの。

「ちょっと、騒がしいけど、どうしました? 話を聞きたいだけなんですよー、開けてくださーい」

 どうしよう、開けていいはずがない。

 しかも、ポケットの中が震えだした。

 スマホに着信。天田か、春花さんか!?

 けど、けど、こんな時に携帯なんて取っていいのか、いいはずないよな!

「こんな疫病神、もう沢山ッ!」

 鋭く叫ぶと、穂香はリビングを飛び出した。

「穂香!」

 僕ら三人、家族揃って彼女の名前を叫ぶ。

 けど、彼女は言う事を聞かない。

 その場に固まったままの両親を置き去りに、僕は妹を追う。

 妹は、裏口から出ていく。興奮しながらも、野次馬の手薄な所を選んだらしい。

 けど。

 わんわんわんわん! と、犬がけたたましく吠え狂う。さっきの、犬を連れた人が、まだそこにいたんだ!

「おい、裏が騒がしいぞ!」

「いたぞ、誰かが家から出てきた!」

 まずい、表を張っていた人達が、犬の声を聞き付けて回り込んできた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る