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 天田が、すぐさまパソコンの前に座って、マウスとキーボードを操り出した。件の動画を、フルで見るためだろう。

 問題の動画はすぐに見つかった。


 タイトルは、“新世界の四騎士から重大発表”


 アクセスすると、動画が始まった。あの三人が並んでいる。

 場所は……山の中っぽいけど、これはどこだろう? 背後には、高く積まれたコンクリートブロックだとか軽トラックだとかが見える。

《我々は、新世界の騎士である!》

 野仲さんの顔をした青ざめた騎士が、見る影もないしわがれ声で宣言した。

 水野君もそうだったけど、天使の体は声帯のつくりが人間と違うのだろうか。

《私はこの世の改革を担う、天使長・野仲である》

工場長こうじょうちょーから天使長てんしちょーにクラスチェンジとか、草生えるwwww」

「天田さん、茶化すのは止めてくれる?」

「サーセン」

 春花さんが、冷たく鋭く突っ込むと、天田は、やれやれと従った。

《我々四人の騎士は、天使と一つになって、人間の枠から抜け出した。

 先日の小谷辺こたにべ市立て籠り事件の容疑者とされる白の騎士・水野は、我らの同胞である。

 彼の力がいかに強大であったか、多くの人間が目の当たりにしたはずだ。

 連日報道されているように、水野と交戦した警官隊は壊滅。水野は逮捕も射殺もされず、フランスへと渡った。

 この事から、我々が無敵である事実がわかるだろう。

 はっきり宣言する。水野は、我ら四騎士の中では最も弱い」

 なっ……。あれで、最弱だって言うのか!?

 と言うより“奴は我々の中でも最弱”と言うフレーズを、リアルで耳にするなんて。未だに信じられない。盛大な冗談としか思えない。

 春花さんの反応が怖いから、余計な事は言わないでおくけど。

《やがて、水野が渡ったフランスをはじめとした諸国も、我々の事を無視できなくなるはずだ。その時にこそ、新世界の到来は実現する。

 しかし、勘違いはしないでほしい。我々の目的は、世界征服でもなければ、人類の絶滅でもない。

 私は、今でこそ、新世界の実現を担う天使長ではある。

 しかしながら、天使に選ばれるより以前は、町工場の、しがない一工場長だった。

 こちらの赤の騎士・東山さんと黒の騎士・沖村も、その従業員に過ぎない。

 つまる所、我らの本質は、皆さんと同じ小市民である。人間の領分を越えて、理想がかなえられるとは思ってない》

「意外だな」

 天田がつぶやく。

「やけに謙虚じゃね」

「けれど、新世界の実現だとか、フランスや諸外国が自分達に注目するだろうとか、充分に傲慢な物言いだと思うけれど」

 春花さんが、そう言ってから、

「……いや、だからこそアンバランスなのか。

 自分が元々、普通の人間だと自認して置きながら、世界に武力を示す。

 新世界の到来を宣言しながら、世界征服が目的では無いと言う」

《だからこそ、我々は、今の社会のルールに則って、この世界の新たなる秩序を築き上げる。

 私、天使長・野仲は、“株式会社・新世界プランニング”の創立をここに宣言する》

「は?」「え?」

 二人とも、呆気にとられるあまり、間の抜けた声を漏らした。

 僕は、声すら出なかった。

 野仲さんは天使に食われて、黙示録の騎士になって……それで、動画で会社を作るって宣言した? 何だ、それは。

《事業内容は、主に魔法と“魔物”を用いた新世界構築への推進業務。および、それに関連するイベント運営。代表取締役社長は、私、天使長・野仲。

 もちろん、一般スタッフの求人も出すつもりだ。我々に共感する人間は、いつでも歓迎する》

 そんなバカな。うさんくさいにもほどがある。本当に、野仲さんはどこを目指しているのか。

 彼が本当に水野君以上の魔力を持っているとすれば、それを商売に繋げようと思うのも無理はないかもしれないけど。

 にしても、天使に元々の身体を食われて一ケ月もしないで、こんな事が出来るのだろうか。

 色々疑問がグルグル巡って、ぼんやり野仲さんの顔を眺めていると。

 一瞬、動画の中の彼と目が合った気がした。

《……一つ、イベント企画の告知を行おうと思う》

 画面の中の野仲さんは、赤の騎士・東山さんだった存在に顔を向けて。

《私にも知らされていないが、彼女にはとっておきのプランがあるらしい。それを今、聞かせてもらおう》

 野仲さんに促されて、東山さんがにこやかに頷いた。

 そのふっくらとしたおばちゃんの手には、抜き身の西洋剣。

《皆さんはじめまして。第二の騎士とか、新世界プランニングの企画部長とかをやらせてもらってます、東山と言います》

 なまじ東山さんの人となりを知っていた僕にとって、この光景はあまりに不気味なものだった。

 装備とかに目をつむれば……顔は、確かに東山さんそのものなんだ。

《まだ会社ができていない段階でこんな事を言っても、あまりピンとこないかもしれません。けど、一応、この動画を見て、心のすみにでも置いといてもらえたら、嬉しいです》

 画面の中の東山さんが、掌を広げた。

 すると、無機質な冷光が立ち上り、徐々に像を結んでいく。光の魔法で、東山さんが思考した画像を投射するものらしい。

 それによって映し出された映像は。

 これは。

 僕の、神尾庄司の顔写真だった。

《この画像の人は、小谷辺に住む、神尾庄司くんと言う人です。わたしたちが、新世界の四騎士になる前から、大変お世話になっています》

 何で。何でまた、僕を名指しするんだ。

 喉がつっかえて、唾が飲み込めない。

 嫌な予感しかしない。

 けど、あの東山さんの言う事だ。

 彼女は、職場で僕につらく当たらなかった、稀な人だ。

 だから、

《今回、わたしが企画したイベントはこちら!》


 神尾庄司くんを捕まえて、新世界プランニングの事務所に連れてきた人に、三億円をプレゼント!


《三億円ですよ、皆さん! 太っ腹の野仲社長なら、それくらいは出してくれますよねぇ》

《なるほど、さすが東山さんだ。良い企画を考えた》

 東山さんが、僕を、どうこうするなんて、あり得ない。

 そのはずだ。

 けど、

「なるほど。東山さんらしい発想ね」

 春花さんが、死に際の虫を観察するかのような声音で吐き捨てた。

「東山さんらしいって、何が、どう――」

 僕はすっかりテンパって、何をどう抗弁すればいいのかわからないままだけど。

「恐らく、今の元・野仲工場長なら三億程度は問題なく出せるでしょう」

「そっ、そういう事じゃなくて!」

「庄司くんに賞金を懸ける事で、不特定多数の人々を仕向けようと言うのが、元・東山さんである赤の騎士の意図でしょう。

 他人を扇動して、自分は高みの見物。それが、東山さんらしいと評したのだけど、庄司くんには分からないの?」

 何を、春花さんは何を言ってるんだ。

「ヨハネ黙示録の四騎士。赤の騎士は、地上の人々に争いをもたらすと言う。東山さんには、はまり役じゃない」

「そ、そんな……」

 東山さんは、そんな人じゃない。

 井水メタルで働いていた時、彼女は僕に優しく接してくれた。

 いつも、何でもニコニコ聞いてくれた。何を話しても、やんわりとした笑顔で喜んでくれた。

 僕がつらい時、近所で昔馴染みのおばちゃんみたいに、優しく慰めてくれた。

 彼女にだけは、趣味の漫画の事とか、腹を割った話をできた。

 春花さんは、東山さんの何が気に喰わないと言うのか。

「現実を見なさい、庄司くん。今まさに、彼女が言ってる事は、貴方を売る行為なのだから」

《現時点では、視聴者の皆さんにとって眉唾物の話かもしれない。

 だが、我々は必ず三億円を出す。この、神尾庄司という、私の優秀な部下を連れてこれたならね》

 果たして。

 果たして、この話を、どれだけの人が本気で受け取るのか。

「こいつら、炎上商法うまいな」

 天田が、抑揚に乏しく言った。

「胡散臭かろうが何だろうが、うまいことアクセス稼いで、自分らの行動を周知させてる。水野っていう、うってつけの広告塔があったんだからな」

「だけど! こんな事して、警察が黙ってるはずがないだろう!?」

 ほとんど悲鳴のように、天田に抗弁するけど。

「何で? 水野はともかく、野仲達はまだ何もしてないじゃん。動画で、アレな発言してるだけで」

 そ、それは……、確かに。

「犯罪者・水野の事は仲間だって宣言しちゃってるけど、だからと言って野仲を逮捕する理由にもなってないしな……。社員が犯罪したからって、社長が逮捕されるなんてありえないし。

 一方で、神尾が晒し上げられたのは、ちょいまずい。お前はただでさえ、井水メタル崩壊と穂香ほのかちゃん誘拐の件で警察に睨まれてるだろうし。

 それに、神尾を“事務所に連れてきてね”って言い回しも巧いな。乱暴な事をしろとは一言も言ってないし、神尾が事務所に引っ立てられれば殺されるって、一般人には思いつかない。

 水野の前例があるから、その仲間の野仲達もやばいって、賢明な奴なら気づきそうだが……近所の奴と鬼ごっこして三億円がもらえるんなら、目をつむる奴が多いだろ」

「しかも、東山さんのこの言い回しでは、庄司くんが新世界プランニングのイベントスタッフである様な印象さえ与える。

 彼等が正規の方法で起業して、賞金三億円が現実味を帯びて来た時……庄司くんの事を知る人達は、抵抗無く追い掛けて来る」

 本当に、本当にあんな動画で、僕が不特定多数の人達につけ狙われるなんて。

 そんなことになるのだろうか。

《以上をもって、新世界の騎士の宣言を終わらせていただく》

 気付けば、動画のシークバーが、もう終端に来ようとしていた。

 けど、ここで途切れるにしては、まだもう少し内容があるような?

《三億円って、今のサラリーマンの生涯年収くらいじゃない? ゲットすれば、会社員リタイアも夢じゃないですよ!》

 赤の騎士・東山さんが、剣を高らかに掲げて、俗っぽい事を言う。

 そして、おもむろに後ろを振り向いて。

 彼女の視線は、ずっとそこに停まっていた軽トラに向けられて。

《だから、皆、頑張って、競い合って、神尾くんを捕まえてみてくださいね!》

 東山さんの掲げた剣が、不意に色を失った。

 刀身が真っ黒になって、赤黒い、炎に似たようなエネルギー体を纏って。

 一刀両断。

 軽トラは、何かの冗談のように、爆発四散した。

 そして、画面が暗転。

 改めて“(株)新世界プランニング”の社名と、事業内容(予定)やらの情報がテロップとして流れ出して。

 指名手配風に装飾された僕の顔が表示されて“夢の鬼ごっこ! 神尾庄司を捕まえれば三億円”と言うキャプション。

 動画は、そこで終了した。

「……軽トラを一発で粉砕できるだけの力を誇示したけど、あれは自分たちの所有物を壊しただけだから、ギリセーフ。

 武器も、この動画だけじゃマジモンの刃物かわからんから、グレーゾーン」

 天田の声を、僕は虚ろに聞き流すしか出来ない。

 僕の安住は、恐らくこれで、失われた。

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