16

 テレビに出た水野君が、最初に言った。自分は、新世界の騎士の“一人”であると。

 その言葉に嘘が無ければ、他にも彼と同様の騎士が存在する事になる。

 恐らくは、水野君を含めて三人以上。

 天使に食われた水野君が、天使を逆に取り込んで、白の騎士となった。

 となれば。

「水野と一緒に食われたって言う、神尾の職場連中だろうな」

 東山さん、沖村さん、野仲さん。

 彼らも、天使と融合して、変わってしまった可能性がとても高い。

 春花さんの顔を横目でうかがってみる。ちょうど髪に隠れて、僕からは表情が見えない。

 と、春花さんが急に顔をあげた。

 ドキッとした。盗み見と思われたろうか。

「野仲工場長達も、天使を逆に取り込んだ?」

 しかし、彼女が口にしたのはその事だった。

「それは、わかりません。皆は普通に食われてしまって、水野君だけが天使を逆に支配できたのか。それとも、野仲さん達も天使を支配し返したのか」

「どっちにしても、ろくなもんじゃないっしょ。

 水野の言動を見るに、あいつら、神尾を相当イビってたんだろ。

 バケモンになって調子に乗って、溜飲下げにワシらを殺そうとするに決まっている」

「天田さん。当人達に会うまで、それを決め付けるのは早計では?」

 春花さんが、わずかな険を含んで言うけど。

「話せばわかるやつもいる、てこと? 元々、立場の格差に物を言わせて神尾にパワハラ食らわしてた連中が、バケモンになった途端、改心したとでも?」

 天田も天田で、険悪な言い方をする。

 僕に同情してくれての事なんだろうけど。

「東山さんは……僕に辛く当たった事はなかった。

 沖村さんも、やや短気ではあったけど……仕事の範囲を越えて僕の人格を否定した事は、無かったよ」

 可能な限り、彼らを好意的に解釈しようと努めたけど。

「理由として弱い。却下」

 天田は、すげなく僕の擁護を切り捨てた。

「それよか、白の騎士とやらになった水野の姿や装備を見て、何か気づかなかったか、神尾」

 ……?

 だから、僕にあまり婉曲的な質問をするのはやめてほしい。

 水野君の事を一生懸命思い出そうとして、考えが霧散する。さっぱりわからない。

「ワシも最初は、わけわからんかった。

 天使と一体化したと思ったら、馬に乗って中世の騎士気取り。

 何か、方向性がわからないというか、コンセプトがぼやけているというか。

 例えるなら、騎士っ娘でオタク娘でメガネでオッドアイでメイド服でエルフ耳でアホ毛で縦ロールで……って感じにウケそうな属性を片っ端から盛り込んだ、駄目なエロゲキャラって言うか。

 魔法ってさ、ワシらの形而上けいじじょうの思考が、モロに形而下に出るやつじゃん?

 最初、水野はファッションオタの“にわか”で、だから一昔前の中二要素を詰め込んだ姿になってんのかと思ってたけど」

 言われてみれば、確かに。

 天使と騎士。どちらも、ファンタジーではごまんとある属性だけど、どちらの要素も兼ね備えた存在と言うのは、なんか、妙だ。

 騎士に翼はともかく、天使に馬は、あまり必要じゃないだろうし。

「それで、あいつの背中に生えていたでかい翼はこの際無視するとさ。白い騎士が、弓矢持ってるってのはどういう事だと思う? 神尾」

「馬に弓だから、やぶさめか!」

「違う。ヨハネ黙示録の四騎士だ」

 天田が、僕の自信に満ちた答えをばっさり切り捨てた。

 あ、そうか。

 そうだ。これは、僕もかじった事がある話だ。

「確か、世界の終末と言うか、それ系の時に、封印が解かれて出てくる騎士だよね?

 白の騎士、赤の騎士、黒の騎士、青ざめた騎士。

 白の騎士は……そうだ、確かに弓矢をもってた。ゲームの敵キャラで、そんなやついたな!」

 その出自から、ゲームのモンスターとしてはかなりの強敵として登場する。僕でもしっかり覚えている程度には、印象深い。

「騎士達は、それぞれ、人類に対して嫌な事をする役割を持ってたな」

「また、モヤッとする解釈だけど、まあ、この際不問とする」

「……白の騎士は“勝利による支配”を担当していたっけ。水野君の言葉でも、そんなフレーズが出てた。

 赤の騎士は、剣を持ってて、人類に争いをさせる。

 黒の騎士は、天秤をもってて、飢饉とか起こす。

 そして、青ざめた騎士は……なんだっけ?」

 僕がここまで知ってるのは、昔、世界の神話をごった煮にした漫画を考えてた時の名残だ。

 敵キャラにヨハネ黙示録の四騎士を出せばかっこいいかな、と思ってた。

 けど、その漫画は構想倒れに終わった。四騎士の事を検索するのも、途中で投げてしまっていた。

 だから、中途半端な知識しかないんだ。

「……青ざめた騎士は疫病を撒き散らす。得物に関する記述は、無かったはず」

 それに引き換え、天田はばっちり理解していた。さすがだ。

 普通、魔法使いは頭脳派で戦士は脳筋と言うのがお約束のはずだけど。

「何でヨハネ黙示録になぞらえてるのかはしらんけど、わざわざバケモン馬と、製法不明の弓矢まで用意してるあたり、偶然とは言いがたい。四人っていう、人数も合致する。

 もしも、あとの三人もヨハネ黙示録の騎士を気取ってるなら……ろくな目的じゃないのは確かだろ。

 黙示録じゃ、あいつら、人類の三分の一を粛清するわけだし」

 確かに。

「第一、水野みたいな“意識高い系(笑)”が黙示録の四騎士だなんて洒落た設定を盛り込むなんて、ちょっと考えにくいのよね。

 ワシ、おたくらの職場の人間のことはよく知らんけど、もう少しオタセンスのある誰かが先導して、四騎士になりきっている可能性が高いと思う。

 もしくは、他の三人は天使に取り込まれてて、水野はそいつらに良いように使われていたか」

 だから天田は、東山さん、沖村さん、野仲さんも、僕らや世の中に害意を持っていると推測しているんだ。

 魔法は、思考の具現化。これは、もう嫌と言うほど思い知っている。

 僕に、これ以上反論の余地は無かった。

「春――倉沢、さんは、どう思いますか」

 彼女は、同じ井水メタルの仲間だった。どう思っているか、聞きたかったけど。

「下の名前で呼んでくれて良いよ。その方が呼びやすそうだし」

 彼女は、僕の問いには答えず、唐突に、不可解な言葉を発した。

「呼びやすい方で呼んでくれたら、私としても聞きやすい。だから、春花で良い」

「え、え?」

「私もこれからは、貴方の事を庄司くんと呼ぶ。そうすれば、貴方も気兼ね無く下の名前で呼べるでしょう?」

「ぁ、ぇ、あ、はい……」

 上目遣いでそういわれると、何か、息苦しい。胸の鼓動が、ドラムのようだ。

「好感度うpで名前呼び。エロCGのコンプがはかどるな」

 KYクソ天田は、ここでは黙殺する。

「はっ……春花さん!」

「はい」

「春花さんっ、は、天田の意見、どう思いますか?」

 春花さんは人差し指を折り曲げ、口元に添えて思考のポーズを取る。

「理屈の上では、辻褄が合って居るとは思う」

 春花さんも、天田の推論に正しさを感じているらしい。

 そもそも、天使の目的は何だったんだろう。

 そもそも、彼らはどこから来たんだろう。

 ダメだ、考えれば考えるほど、頭がこんがらがる。

 ただ一つ、わかる事は。

 僕らの存在は、天使達に認知されている。

 あいつら全てを退けない限り、僕らは戦い続けなければならない。

 現状。

 水野君一人を撃退するのに、かなりの綱渡りを強いられた。

 僕らの実力レベルは、天使に対抗する水準に達していない。

「辻褄は合ってるけど……やはり、残りの天使――しくは野仲工場長達――と直接会うまで、結論は出せない」

 春花さんも春花さんで、歯切れ悪く言った。

 そうだ。やっぱり、憶測だけで悲観的になるのはよくない。

 水野君は特別僕を毛嫌いしていたから極端な行動に出ただけで、東山さん達は天使を取り込みつつも、人として平穏な生き方を――、

小谷辺こたにべ市立て籠もり事件の速報です! 先ほど、動画投稿サイトに、事件に関連すると思われる人物の声明がアップロードされ――》

 テレビがまた、騒々しくなった。

 襲い来る激務に追われるニュースキャスターの姿がぱっと消えたかと思うと、ネットの動画がアップで映し出され。

《我々は、新世界の騎士である!》

 肉厚の西洋剣を掲げた、赤い騎士――井水の事務員だった東山さん。

 黒い天秤をカメラに向けた、黒い騎士――先輩の沖村さん。

 死相のように血の気の無い馬の上、長大な槍を誇示する、青ざめた騎士――工場長の野仲さん。

 良く知った顔が、テレビの中の遠い世界にあった。

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