13
水野君が消えた。遅れて、突風が吹き荒れた。水野君は僕らの背後・頭上に現れた。狙いは、明らかに春花さん。
天田が跳んだ。
重い打撃音。
僕は春花さんを抱え、後方に跳んだ。
天田が、僕らを襲うはずだった水野君の蹴りを受け止めてくれた所だった。
「
天田が、瞬時におよそ二〇発の殴打を繰り出す。
水野君はそれを、ことごとく腕で受け流した。全部、見切られているんだ。
「
今までとは違う固有名詞を叫ぶと、天田は縦一文字にゴルフクラブを降り下ろす。
クラブは水野君の鼻先をかすめ、地面を叩いた。
次瞬、地中から恐ろしい破砕音がしたかと思うと、大地が間欠泉のように噴き上がった。
巨大、かつ、無数の石片が水野君を巻き込み、すりつぶしてゆく。
細かい土煙や小石があちこちに飛んで、周りの警官隊がまたパニックに陥る。
多少の迷惑は仕方がない……と思う。
天田の殴った大地の五〇メートル四方が、ガタガタの荒野になった。
水野君は……やはり、あそこで平然としている。
服も体もボロ雑巾みたいな有り様だけど、体の方はすぐに再生してしまう。
「そうかそうか、まだ“技”を隠し持ってやがったか」
ああ、流石に水野君も察していたか……。
さっきから、天田が打撃の度に口走ってる固有名詞の意味に、僕も気付いていた。
天田は恐らく“必殺技”を編み出し、それを繰り出しているんだ。
漫画じゃあるまいし、いちいち必殺技の名前を叫びながら近接戦をするのは、不便だろうに。
と、僕は一度はそう考えた。
けど、天田は僕以上によく考えていた。
僕らが覚醒した魔法の性質――思考の強さが魔法の強さになる事――を踏まえれば、あの技名叫びは理に適っている。
“名づける”と言うことは、命名された物や者、事象の“存在を確定する”事。以前、天田とそんな話をした事がある。
例えば、瞬時に二〇回ほど殴る時に叫んでいた、せつなばんせんげき? とか言う技。
恐らく、本来の天田ではあれだけのラッシュ速度は実現できない。
だから天田は、魔法的理論によってその無理を通す事を思い付いたんだろう。
二〇回滅多打ちにする行為に“せつなばんせんげき”とか言う名前を付けて、技の動きを自分の頭にインプットした。
そして、技名を口で音声化する事で、自分の中にある技の“存在感”を確かなものとする。
発声が、必殺技発動のトリガーになっているんだ。
僕が超・絶対零度とかを詠唱するのと、理屈は似ている。
けど、それは、
「親切心で言っとくが、二度同じ手は食わねえぜ」
水野君が、僕の懸念を代弁した。
「オレは、あの気の遠くなる時間の中で、テメエらの動きを研究し尽くした。
テメエらがオレにぶちかましてきた魔法やら必殺技やらの動きを、何度も何度も頭の中で再生し続けた。
フォームのクセとか戦術観とか、きっとテメエら自身よりもオレの方が詳しいくらいだろうぜ。
この日のためのイメトレも、腐るほどしてきた。どんな新技が出てきても、致命傷は取らせねえ。
神尾“先輩”がたーっぷりくれた時間のお陰でなア?」
そう。水野君の言う通り。天田の必殺技には、いくつかの穴がある。
まず一つに、技名を叫ぶ必要がある点だ。
殴り合いと言う、一秒未満の判断が明暗を分ける世界で“せつなばんせんげき”だとか“くうはしんついさつ”だとか発音するタイムロスは、致命的ですらある。
だから天田は、基本的に、技を実際に繰り出す前に叫ぶ事となる。それでは相手に自分の次の行動を予告しているようなものだ。
多分、ネーミングも大事なはずだ。
さっきから天田が叫んでいる技名は、どれもこれも五、六文字の漢字で成り立つものだろう
発声というデメリットを緩和するなら、もっと短く、相手に悟られにくい名前を付けるべきだ。
“ああああ”とか“バカ”とか“う〇こ”とか。
でも天田は、そうしなかった。
あの男は、世間体よりも実利を取る奴だ。かっこ悪い技名が嫌だ、と言う理由ではないだろう。
字面というのもまた、人が受けるイメージに多大な影響を与える。
高度から急襲をかける技には“
超音速で滅多打ちにする技には“刹那”とか、いかにも速そうな文字を。
天田が“この技にふさわしい”と思った名前でなければ、恐らく最良の結果は出ない。
更に、もう一点。
思考が結果に直結するという魔法の理論から言って、天田の必殺技は、あらかじめ“設計”された動作しか出来ないはずだ。
これも、二回目以降を避けられやすい原因だろう。
名前を得て、存在が確立された
ただ普通に二〇回、断続的に殴るだけの場合。
“せつなばんせんげき”として放った場合より動きが遥かに遅いだろうし、一打辺りの威力も弱いはずだ。
ただし、普通に二〇回殴る場合、色々と融通が利く。効果が薄いと判断すれば途中で止めれば良い。連打の中にフェイントを織り混ぜたりもできるだろう。
必殺技一つとっても、メリット・デメリットがある。
天田がいくつ必殺技を作っているかはわからない。けど、確実に僕たちの打つ手が失われているのは間違いない。
「来いよ、クズども。まずは、テメエらの自信を根こそぎ打ち砕いてやる。
テメエらが格の違いを痛感して、従順になって、命乞いをし出したあたりが本番なんだからよ」
僕らを憎みに憎み、一二〇年。
その感情はもはや、渇望や存在理由と言う域にまで熟成されてしまっているのだろう。
水野君にとって、今の一秒一秒は噛みしめるほどに尊い物で。最大限、僕らを苦しめて納得のいく結末を築き上げなければ、むしろ気が変になってしまうほどなのだろう。
僕らを苦しめる事が楽しいのではない。
僕らを苦しめ損ねて殺してしまう事は、彼にとっての破滅。
……その考えには、戦術とか実利とか言った要素が、いささか抜け落ちていると思う。
だから。
必ず、付け入る隙があるはずだ。
「天田さん、強くなって」
春花さんが、一見して無茶振りを口走った。
けど、彼女の言葉は現実になる。
天田の巨体は、眩しく発光し始めた。
そして、全身の肉が見る見る隆起しはじめた!
ただでさえピチピチだった服が、音を立てて張りつめてゆく。
シャツにプリントされた
XXXLサイズのジーンズは、繊維質な音と共にあちこち裂け、ダメージジーンズになった。
春花さんの強化魔法で、一回り肥大化した天田。
ちょっと待て、やりすぎじゃないか? 大丈夫なのか?
僕の心配をよそに、大きくなった天田が走る。
と思ったら、もう水野君の懐に踏み込んでいる。倍増した贅肉が、惜しげも無く上下している。
僕、やっとあいつらの超スピードに目が慣れてきたのに……天田の瞬発力は飛躍的に向上していた。
天田のゴルフクラブが、水平に閃く。
水野君にとっても予想外のスピードだったのか。
天田が放った名も無き水平殴打は、水野君の頭部をもろに捉えて、打ち抜いた。
水野君も咄嗟に腕でガードしたけど、力任せの打撃は、彼の首の骨を粉砕。
首という支柱を砕かれたイケメンフェイスが、ほぼ三六〇度の回転を見せた。
くっ! 損害は、たったそれだけか。
残念だけど、首の骨が徹底的にイッた程度の事を、致命傷とは言えない。
「刹那万戦撃!」
天田が消えた。
水野君の全身に、数えきれない打撃が走る。
天田が、水野君とすれ違う形で姿を現した。
およそ三〇発殴ったまでは見えた。たぶん、それ以上の滅多打ちだ。
いよいよ全身の骨という骨が粉砕され、肉はあちこち裂けて。
特に翼の被害がひどい。あらぬ方向にねじ曲がって、
秒間三〇発超の殴打に蹂躙されつくした水野君の身体は、ボロ切れのように打ち捨てられた。
ダメだ。これじゃ決定打とは言えない。
だって、水野君の身体はまだ、それなりに原型を留めている。あの程度の損傷では、彼は殺せない。
けど、天田のワンサイドゲームになっている事は間違いない。
視覚的には地味だが、春花さんの補助魔法は恐ろしいほど強力だ。
体感で一二〇年、天田の動きを研究したと言う水野君。
だけど、そこには春花さんの魔法による強化が計算に入っていない。
むしろ、未強化の天田を知り過ぎたために、強化前後のギャップが水野君の反応を遅らせた。
このペースが続けば、次の一合か二合で、水野君の脳を破壊できる。
このペースが、続けば、だ。
「チッ。しゃーねーな」
食い散らかされた小魚のような有様の水野君が、めんどくさそうに呟いた。
天田は、構わず水野君を叩きのめす。
ダメだ。
天田は最大限頑張っているけど、きっと間に合わない。
僕は、悪い予感を受け入れた。
「倉沢さん、僕から最大限離れて」
春花さんは、何も言わずに僕に従ってくれた。
そして、水野君が、
「はい、加速っと」
ズタボロの身体とやる気のない声で、そう詠唱した。
すると、水野君と、それを取り巻く周囲の風景が大きく歪んだ。
ちょうど、僕がさっき、彼をスローモーションの世界に放り込んだ時のように。
水野君の身体が、信じられない速度で元に戻る。
ねじ折れた首はあるべき位置に戻り、翼は正しい形に治り、全身の裂傷からは無数の肉芽がうごめいて、繋がり合う。
これまで以上の再生速度で、完治を遂げた。
「ああ、これが時間魔法ってやつか。何となく、コツがわかってきたわ」
やっぱりか。
水野君は、魔法によって自分に流れる時間を速めたのだろう。
僕の目算で、二倍速ってところか。理論上では、絶望的なスピードアップだ。
水野君が消えた。
天田は咄嗟に頭部をかばうが、水野君の蹴りは、天田の腹に入った。
天田自身がソニックブームを発する勢いで、吹き飛ぶ。瓦礫の山に叩き込まれる。
辛うじて受け身を取ってうずくまる天田の超肥満体が、回復魔法の燐光で包み込まれる。
触診・問診の暇が無い以上、回復効率は落ちるだろうけど、それなりに骨はくっついただろう。
けど、一息つく間も無く、もう水野君が、天田の背後に。
やらせない。
「破!」
僕は既に、水野君の動線を計算して、光波を放っていた。
けど水野君は、大きく飛翔してそれを回避。
そして気づけば、僕とキスでも出来そうなほどの至近距離に来ていた。
これが空飛ぶ人間か。違う生きものすぎる! このままじゃ、まともに殴られ――、
「
天田がまた新技を叫んだ。と、認識した時には、僕は凄まじい勢いで空に
天田に抱えられて、飛行しているんだ。もう片方の脇には、春花さんも抱えられていた。
ほうおう、ぜっくうせつ? だっけ。
いかつい響きの技名だし、また水野君を殴るための技かと思えば、どうやら空を飛ぶための技だったらしい。
見下ろせば、僕らの町がひどく遠くなっていた。
あまりの高さに、股間がすくみ上る。
視界がやばいほどに赤い。あまりの急上昇で、眼球に血が回り過ぎたんだろう。
僕を抱える天田の腕が、すごく汗ばんでいる。滑りそうだ。
正直、めちゃくちゃ怖い。
それだけの推進力を持つ天田の飛翔。
さすがの水野君も、即座に追いつく事は出来なかったらしい。
けど、それも時間の問題だろう。
天田は、飛行する生き物ではない。ジャンプ力の頂点に達したら、後は落ちるしかない。
対する水野君は、今や有翼生物である。
逃げ切る事は、不可能。
なら。
「天田、春花さん、今から僕の言う通りにして」
このわずかな滞空時間に、僕から二人に伝えるべき事がある。
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