5
アスファルトとか石畳とか建物とか、色々えぐれる音。大気が砕ける音。老若男女さまざまな悲鳴。
世界がシェイクされる。
ここから出なきゃ!
先日、暗記した事が活きた。一二〇キロの天田を抱え、僕は走る。
目についた壁に手をかざすと、
すると、凄まじい風の濁流が、僕らを打った。魔法で強化した身体でもっても、立っているのもやっとだ。
天田が何か、耳元でわめいている。やかましい! どの道、聴こえん!
そして今にして気づいた。この風の吹き方、覚えがある。この、頭上から吹き下ろすような風。
先日の天使を思い出して、僕は胃が締め付けられる思いになった。
結局また来たのか……もう嫌だ。
でも、見ないわけにはいかない。意を決して、空を見上げた
……あれは。
航空機?
いや、違う。
有機的な質感。
爬虫類をもう少しゴツゴツさせたような肌。
とてつもなく分厚い、皮膜の翼。
これって。
……ドラゴンだ。
もうダメだ。
天田が腰砕けになったらしい。僕に抱きついたまま、その場にへたりこんだ。
気持ちは痛いほどわかる。
ドラゴンの口が、太陽のように
あいつが何をする気なのか、僕には嫌でも理解できる。
漫画とかゲームとかで、よく見る光景だからだ。
嫌だよ、こんなの、リアルで見たくなかったよ。
僕は耐えきれずに涙した。
僕の気持ちなんて少しも配慮せず、ドラゴンが吼えた。
筆舌に尽くしがたい。もはや聴こえるとかそう言うレベルじゃない。耳から入り込んだ波動が、僕の頭蓋を内側から破砕しかねない、そんな音の暴力だ。
これだけでも死にそうな思いなのに、ドラゴンは、口の中で臨界に達した“それ”を、遥か彼方へ向かって吐き出した。
それはまさに、火球だった。球体として生まれた炎と言うかエネルギー体と言うか。そんなものが瞬く間に遠く、隣町辺りへと飛んで行き、
着弾。
破裂音。
キノコ雲が、天空を穿つ。
建物とか車とかの残骸が、無数に巻き上げられる。
なんて事だ。
もう、爆発事故では済まされない。
ドラゴンの出現とその暴挙は、僕の処理能力を振り切った。僕はもう、何をどう思えばいいのかすら、わからない。
「ぁ……? ぁ……? あ……?」
天田。お前の反応は、多分正しい。
ドラゴンが高度を落とした。それだけで台風が地上を薙ぎ払う。
低空飛行。
僕たちでも手の届きそうな高さに降りたあいつは、腹で建物を潰したり、翼が建物に引っ掛かって鬱陶しそうにしたりした。
飛び散る瓦礫、金属片。
逃げ遅れた人達にそれらが直撃、血煙に変えて行く。
僕は天田を抱えながら、それらを必死に避ける。
まるで地上の事に構わず、ドラゴンが旋回しやがった。
万里の長城もかくやという尾が、
時速五〇キロは出てるだろうか。それでも、手につかんだ天田は、こいつだけは放すわけにはいかない!
僕の両手には有り余る恵体を必死に抱き抱え、僕の背中からぶち当たるように姿勢を整える。
ブティックのショーウィンドウを抵抗なくぶち破り、店舗の中ほどで激突。
痛い。背中をバットで殴られたように痛いし、肺の空気がほとんど絞り出されて、息苦しい。
それでも、それを感じられると言う事は、生きている。
天田も無事だ。
何事かをぶつぶつ呟いて、呆然としている。
ダメだ、自分で逃げる気力を失ったらしい。
こいつを連れて逃げようにも、逃げ切れる気がしなかった。
天田より格段に軽い女の子を抱えて、ドラゴンよりも格段にトロい巨人からすら、逃げ切れなかった。その前例が、僕に重くのしかかっている。
なら。
あの化け物を、殺すしかない。
じゃないと、僕らが殺される。
大丈夫、大丈夫だ。
僕は、魔法使いになったんだ。
巨人だって殺した。
同じようにやれば、いける。
天田だって、成功体験は大事だと言ってた。
とにかく、ドラゴンはまだ、僕の事を認識していない。
今回は巨人戦で得た予備知識もある。
あいつの眼中に僕が無いうちに、いきなり殺してやる!
何にせよ、建物の中はまずい。
僕は天田を無理矢理立たせると、ショーウィンドウの成れの果てを蹴破って、外に出た。
「お、お、おい、外に出たら――」
「中にいたらなおさら危ないだろ!」
天田の狼狽しきった抗議に、僕は泣き声で反発した。
よし。
この前と同じ要領で行こう。
あいつを氷の魔法で超極低温にしてから、電撃魔法を叩き込む。
これでどんな体質をしていようが、相手は死ぬ。
ルーチンが決まれば、やれる。
僕は、ついに走り出した。
ドラゴンの超巨体は、遥か遠い。
だけど、僕の思考は届く!
「超・絶対、あっ」
ドラゴンに狙いを定め、いざ氷魔法を放とうとした。
だが、冷気のもやが拡散した時には、ドラゴンは明後日の方向に飛翔している!
速すぎる!
少し考えればわかった事だ。この前のトロールとは、明らかに機動力が違う事に。
「ぁ、く、こ、
それでも、想定外のアクシデントに対応しきれないのが、僕という人間だ。
氷魔法を空振ったと言うのに、当初のルーチン通りに電撃魔法をやってしまった。
当然、無数の野太い電龍は、ドラゴンの脇を少し掠めただけで霧散した。
まずい!
今ので、ドラゴンが怪しんだ。はたから見てわかりやすいまでに、辺りを見回しはじめた。
「ぁ、ぅ……破ッ!」
これも脊髄反射でやってしまった。ドラゴンに対して、光波を撃ってしまった。これじゃ、射線で自分の居場所を教えてるようなものだ!
ああっ、ドラゴンが、明らかに僕を見ている。
咆哮。
それだけで、意識が浚われそうになる。
まずい、まずい、まずい!
考えなきゃ、考えなきゃ!
この、この前の、僕らしくない機転は一体どこへ!?
ドラゴンが、苛立たしげに羽ばたいた。
来る!
ドラゴンが着地し、僕たち目指して突進してきた!
「あああ、ああああああああッ!」「あぁああアァあああ嗚呼あぁアアッ!?」
僕の絶叫に、すぐ横に居た誰かの絶叫がかぶった。
天田だ。
天田は突然、街路灯を引っこ抜いた。
大根を収穫するよりも、あっさりと。
地中でポールを固定していたコンクリの塊が、おまけにくっついているけど……。
「来るな、来るな、来るなァぁああぁああアアあッ!」
街路灯に繋がれていた電線が引きちぎれて、火花をまき散らす。
天田は、錯乱するままに、身の丈の倍以上はある街路灯を振りかざした。
それが丁度、僕たちに向かってきていたドラゴンの側頭部を捉え、打ちのめした。
あの化け物からすれば、たかが鉄のポールだろうに。
天田にぶん殴られたドラゴンは、凄まじい勢いでその場に突っ伏した。
……ちょっと待て、こいつは、天田は一体、何をしているんだ……?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます