第4話 力に力を重ねて
真昼の陽月を透かすまだら雲が、青空一面に薄く広がっていた。
そのため、真夏の日差しはそれほど強烈ではない。一応、第二日本国には、一周目時代の日本のような四季があり、夏らしい季節がめぐるものの、夏日になることは滅多になく、湿度も低いので、多少の厚着や直射日光を浴びても、汗ばむほどの暑さは感じないのだ。むしろ
なので、小野寺
平崎院
大半が陸上防衛高等学校の生徒である彼らは、
屋敷庭園の中央で佇んでいる二人の女子を。
平崎院
「――ついに、ついに来たぜェ。お前との決着をつける日が――」
海音寺
「――この日が来ることをどれほど待ち望んていたか、お前にはわかるまい。次席入学に甘んじてしまったあの時の屈辱をようやく晴らせるぜェ」
その口調も、血を渇望する肉食獣のような響きがこもっていた。
「――それはよかったですわね」
それに対して、平崎院
「――なら、感謝しなさい。一度はフイになってしまったその機会を、このわたくしが設けたことに」
「――ああ、心から感謝してるぜェ。だから、お礼としてお前に返してやる。オレが味わったあの時の屈辱を、何兆倍にしてなァ」
両者が言葉を交わす都度、庭園の中央に殺気だった緊張が徐々に膨らむ。それを感じ取ったお披露目会の見物人たちは、
「――さァて、どっちが勝つかな」
見物人の一人である下村
だが、その対戦に
「――本当に乱入して来るのかしら。
不審と不安を剥き出しにした表情と口調でつぶやいたのは、その中の一人、鈴村
「――貝塚とかいう、とても怪しいヤツの言うことが本当ニャらニャ」
「……信じて、いいの、かな……?」
その
「――そうはいっても、これしか手掛かりがないからねェ。これに賭けるしかないわ。不本意だけど」
「――結局、
そのように総括した観静
「――仕方あるまい。あそこまで巧妙に撹乱されては、小野寺の無実を晴らすので精一杯な状態だったのだ。あまりぜいたくを言うものではないぞ。小野寺の無実を晴らせただけでも御の字だったのだからな」
観静
出だしからいきなり
「――まさかアンタがその突破口を開くなんて思いもしなかったわ……」
蓬莱院
「――フフフ。
「……まァ、たしかにその
「――まさか、幻覚と
つまり、こうである。
三人の被害者は、真犯人と接触する前に、テレハックによって知らずに感染させられた幻覚のマインドウイルスによって、負傷させられた相手の姿を、小野寺
しかし、幻覚のマインドウイルスの感染で引き起こされる異状箇所は脳のみなので、それ以外の部位は正常である。その状態で記憶復元治療装置を施せば、五感を通して身体で覚えた本当の記憶が脳内で再構築され、その結果、幻覚のマインドウイルスに感染された事実が判明したであろう。真犯人はそれを悟らせないために、
「……ホント、よく気づいたわね……」
つぶやくように
「――フフフ。どうやら今度こそこのワタシの偉大さを思い知ったようだな。飯塚
「……アタシはてっきりアキバ系文化の再現に
代わりに
「――それは偏見というものだな、
訂正を求めた
「――いずれにしても、蓬莱院さん、みなさん。ボクの無実を晴らしてくれて、本当にありがとうございます。あらためて礼を言わせてください」
(――なにを
(――
(――ああ、こっちの準備は万全やで、
(――わかってるわよ。そっちこそ連続記憶操作事件の時のような失態や醜態をさらさないでよね――)
(――おまいに言われるまでもないわ。ほな、しっかり観察するんやで。両者の対戦を――)
そう言い残して
「……本当に現れるのかしら? 真犯人は……」
だが、その不安は杞憂に終わった。
「――待ちな。その対決――」
という声が屋敷の正門から聴こえたことで。
それを耳にした屋敷の庭園にいる者たちは、そこへ視線を集中させると、声の主らしき乱入者が、そこに立っていた。
陸上防衛高等学校の
「――オレたちも参加させてもらうか。平崎院の武芸のお披露目会とやらに」
「――お披露目会の内容が、この二人の対決だけじゃ、物足りねェだろ。だからオレたちも混ぜろや」
しかも、それは複数であった。予想外の事態に、
「――あの三人は――」
その姿を認めた
「……
と、つぶやいたのは、至極当然であった。ましてや、
「――ってことは、アイツらが真犯人なのっ?!」
「――どうやらそうみたいね」
それに答えたのは
「――けど、本当にヤツらが真犯人ニャのか? 確かに貝塚の言った通りにニャったけど」
しかし、それでも
「――だったら、確かめるまでよ。
そこへ、
「――でも、どうやってですか?」
「――テレハックで
「……確か、に……」
「――でも大丈夫なの。テレハックって基本的に違法行為なのよ。もし龍堂寺くんが知ったら
――」
「――ええ、まずいわ、
「――なら、テレハックは
「――わかってるわ、蓬莱院さん」
その対象である佐味寺三兄弟は、我が物顔で平崎院の屋敷の庭園を闊歩し、庭園の中央で対峙していた海音寺
――前に、
「――なんだ、てめェら。誰だか知らねぇが、
「――そうですわ。それに、初対面のわたくしたちになれなれしい声をかけないでください。とても不快ですから」
両者のそっけない
「とぼけんじゃねェッ!! この前の武術トーナメントで、オレたちも参加しただろうがっ!」
「そうだぞっ! 特に海音寺、てめェはオレと対戦しただろうがっ!」
「忘れたとは言わせねェぞっ! エスパーダを装着している以上、そんなことは絶対にあり得ねェんだからなっ!」
「――はっ。悪ィなァ。全っ然、覚えてねェや。お前らのことなんか。ましてや、オレに一撃で叩き伏せられた
それに対して、
「――記憶するだけ容量のムダですからね。三人そろって一回戦負けした負け犬の弱者など、その価値すらありませんわ」
「うるせェッ!! ごたくはいいから、オレたちと闘えェッ!!」
「――待ちなさいっ!」
制止の横やりがふたたび入った。
佐味寺三兄弟は、横から聴こえ来たその声の方角に視線を向けると、三人の女子が最前列の見物人たちの前から出ていた。
こちらも陸上防衛高等学校の
「――あら、あの三人は、確か――」
それを見た
この前の武術トーナメントの時が初見であった。
「――
「――もう退院していたのですか。大丈夫なのでしょうか。ケガや精神的なダメージの具合は」
心配そうに言ったのは、その三人組にイジメられているはずの小野寺
「――平崎院さまの神聖な対戦に無粋な邪魔を入れないでちょうだい」
「――そうよ。アンタたちごときに敵うわけないんだから」
「――そんなに平崎院さまと闘いたいのなら、まずはアタシたちと闘って勝ちなさい」
「――ふッ、なにを言ってやがる。お前らがオレたちに勝てるわけないだろう」
「――オレたちに
「――そんなに言うなら。また《・・》相手になってやってもいいぜ。どうせ負けるに決まってるのに、まだわからねェみたいだからな」
それに対して、佐味寺三兄弟は嘲りを交えた口調で傲然と言い募る。
「……今、『また』――って、言った。『ボロ負け』――も……」
両者のやり取りを聞いていた
「――おかしいニャ。武術トーナメントじゃ、どっちとも一度も対戦したことはニャかったはずニャのに、ボロ負けしたニャんていう事実はニャいはずだけど」
続いて
「――やっぱりあいつらだわ。
「――待って、
「……なにを言ってるのかわからないけど、いいわ、闘いなさい。アタシたちと。そして、平崎院さまの大事な対戦に水を差したことを後悔させてあげるわ」
「――平崎院さまの手をわずらわせるまでもありません。この無礼な乱入者たちはアタシたちが片付けますので」
「――それまでは屋敷の奥で待っていてください。観戦する価値すらありませんから」
だが、それは次第に
「――わかったわ。この者たちはあなたたちに任せましょう。終わったら知らせてください」
取り巻きの三人に言うと、平崎院
「――なんだ。見物しないのか、あいつ」
「――ま、確かにこの三人の敵ではないからな。佐味寺三兄弟は」
「なんだとっ!?」
佐味寺三兄弟の次男、
「――どうぜ。戦闘と氣功術のギアプをエスパーザにインストールしているんだろう。実力差を埋めるために。だが、それはこの三人も同じこと。なら、勝負は目に見えているさ。そうだろう」
最後の問いかけは、
「……ええ。あまり頼りたくなかったけど」
三人組のリーダー格の
「――と、いうわけだ。同じギアプを装備している以上、素の実力で劣るお前たちに勝ち目はねェ。三人そろって一回戦負けした武術トーナメントの恥を上塗りするのがオチさ。だから、止めやしねェ。せいぜい見物人の前で無様に負けて悔しがりな」
「~~てめェ、言わせておけばァッ!!」
ケンカを売っているようにしか聴こえない
「~~確かに、てめェの言う通りだ。戦闘と氣功術のギアプだけじゃ。だが、それ以外に戦闘力を向上させる方法があるとしたらどうする」
「――なんだとっ!?」
「――そんニャのあるのかっ!?」
同時に耳にした
「……戦闘と、氣功術の、ギアプの、組み合わせ、だけでも、強力、なのに……」
「――いったい、どんなギアプなのかしら」
「――いや、それは無理だろう」
横に首を振ったのは
「――どうしてですか?」
「――戦闘と氣功術のギアプをインストールしただけですでに限界に来ているからだ。エスパーダの記憶容量が」
戦闘や氣功術だけに限らず、ギアプはエスパーダの記憶容量を圧迫する。その
「……なのに、これ以上どうやって戦闘力を底上げするというんだ?」
「――今から見せてやるぜ。その方法を」
「――そして驚愕するがいい。オレたちの本当の実力を」
「――手始めに、まずはこいつらを倒してやる。瞬殺でなァ」
その三兄弟は、一直線に伸ばした
「――なんですってっ?!」
「――一回戦でそろって敗けた負け犬どもがエラそうに吠えないでくれない」
「――実力もないくせにマグレで優勝した小野寺も憎いけど、実力もないくせに威張り散らすアンタたちはもっと憎いんだからね」
佐味寺三兄弟の宣言に目をむいた平崎院
「――やはりやる気か。じゃ、使わせてもらうぜ。あいつが授けてくれた、オレたちの潜在能力を引き出すことができるあのマインドウイルスをっ!」
一朗太が声高に叫ぶ。
「――あのマインドウイルス? ――ってまさかっ!?」
それを聞いた瞬間、
「――テレハック
鋭い声で
「――まったく、いけませんわね。せっかく海音寺との決着と華族であるわたくしの実力を公衆の面前で示す場を
屋敷の道場で
「――けど、いずれにしても、海音寺があの佐味寺三兄弟に負けるとも思えませんし、それはわたくしを慕う三人も同様でしょう。決着がつくまで、わたくしは準備運動の続きでも――」
「――その相手、オレがしてやろうか?」
あざけるような口調の問いかけが背後から聴こえた。
「……だれなの? あなたは……」
と、険しい表情で尋ねたのは当然であった。ましてや、他人の屋敷に無断かつ土足で上がっていてはなおのことである。
「――さすがは陸上防衛高等学校を主席で入学した華族さまの屋敷とご主人だ。とても立派な内装と凛々しい容姿をしているぜ。地べたを這いずりまわるオレのような下賤な平民とは雲泥の差だな」
皮肉たっぷりの感想を述べたその男子の口調は卑屈に歪んでいたが、その表情は嘲りと優越感に満ちていた。むろん、相手の誰何に答える意思など微塵もなかった。
「――何者かと訊いているのです。答えなさい」
「――ふんっ、エラそうに。しょせん、華族は華族だぜ。オレを虐げたあいつらと同じ感じがする。だから心置きなく試してやる。あいつがくれたこの力を、お前になァ」
自分の無礼さを棚に上げて、その男子は憎悪に血走らせた両眼で
「――お前には踏み台になってもらうぜ。あの士族のオンナに思い知らせるためのなァ。フフフ、さて、どう料理してやろうか」
「――どうやら下賤な平民らしく、礼儀というものがなってないみたいですね。いいでしょう。しつけと準備運動を兼ねて、アタシがあなたを徹底的に叩きのめして差し上げます。覚悟なさい」
両者の空間に敵意と殺気の緊張が張り巡らされる。
「――さァ、あなたも武器を手にしなさい。いくらなんでも、無手でわたくしに勝てると思って――」
「るぜ。当然だろうが」
その男子は
「――どうせオレに触れることすらできずに負けるんだ。そんなもん、不要だろ」
「……聞き捨てなりませんわね。このわたくしが負けるなんて。それも、あなたごときに、触れることすら敵わずに」
そう言った
「――それだけの実力差があるということさ」
事もなげに言ってのけるその男子に、
「――なら、どれほどのものなのか、試させてもらいましょうかっ!」
ソニックブームにせまる高音と
庭園の地面が地震のように鳴動した。
地面に叩きつけられた三個の人体によって。
叩きつけられたのは三人の女子たちである。
その姿は無残としか言いようのない、血とアザに塗りつぶされた状態で倒れ伏していた。
「……ニャんて凄惨ニャ闘い方をするヤツらニャんだ……」
その佐味寺三兄弟は、倒れている三人の女子に更なる刺突を加えようとするが、相手が戦闘不能と判断したからなのか、それぞれ寸前で青白色の槍先を収める。その瞳には、正気の光が戻りつつあった。三対三の対戦が始まってから、佐味寺三兄弟の瞳は、狂気に濁った光が充満していたのだから。
「――おっ。どうやら勝ったみたいだ、オレは」
「――オレもだ、一朗太兄貴。見聞
「――当然の結果さ。戦闘や氣功術のギアプに加えて、アレも使っているからな。負ける道理がない」
佐味寺三兄弟はその場で輪を作り、満足げな表情でやり取りする。
平崎院
圧勝、大勝、完勝の三拍子をそろえた、一方的なまでの試合展開と内容であった。
「……なに、あの戦闘力。はっきり言って尋常じゃないわ。異常もいいところよ」
「……あの、陸上、競技場に、現れた、華族、たち、よりも、はるかに、上だわ……」
「……………………」
他の見物人たちは声もなく黙然と勝利者たちを見やっている。突如組まれた予想外の
「……まちがいない。アレを使ったな。あいつら」
その中の一人である
「――アレってなによ、
それを耳にした
「……バーサーカーのマインドウイルスをだ」
そう答えた
バーサーカーのマインドウイルスとは、人間の
「――マインドウイルスはギアプとちがって記憶容量を食わないからな。それらと併用しても支障はない。
「――でも
「――それに、バーサーカーのマインドウイルスって、たしか、感染者の正気を失わせ、暴れさせる副作用もあったはずよ。そして、一度感染したら、ワクチンウイルスを投与するか、もしくは死ぬまで、その効果が続くわ」
「……それが『
「――その状態では、ワクチンウイルスを投与するなんて不可能なはずなのに、自力で正気に戻ったわ。もしバーサーカーのマインドウイルスを自己感染させたのなら、相手が戦闘不能になっても闘い続けるはずよ。やはりこれは――」
「――バーサーカーのマインドウイルスよ。まちがいなく……」
それは――
「――
であった。
一同の注目は
「……たった今、
「――氣功術とギアプよ」
「……氣功術、と、ギアプ……?」
「――ええ。肉体の崩壊は氣功術の硬氣功で、副作用の暴走はバーサーカーのマインドウイルスに最適化された戦闘のギアプで、それぞれ補強したり防いだりしているからなの。そして、標的を倒したら、自動的にエスパーダ内にあるワクチンウイルスが投与されるよう、ギアプに
「……なるほど。それならうなずける。元々戦闘と氣功術のギアプをインストールしているのだから、それ用に
理解を示した
「……もしそうなら、天才としか言いようがないな。これを編み出したヤツは。もしかしたら、飯塚
もう半ばは戦慄をともなって。
「……そうよ。だからこれは佐味寺三兄弟が編み出したものじゃないわ。絶対にそれを専門とする協力者が……」
そこまで言って、
「――?!」
一同が気づいた時には、庭園の地面に倒れていた。
「――大丈夫、
それは、佐味寺三兄弟に対して抱いていたそれらとは比較にすらならない、戦慄と恐怖であった。
「――やはりヤセ我慢していたか」
「――テレハックの最中に無理やり
「――でも、そうしなかったら、バーサーカーのマインドウイルスに感染して、それよりもさらにひどくなっていたわ。幸い、ダメージは小さいから、後遺症の心配はないし、そんなに自分を責めないで」
「……よかったァ。後遺症が残るダメージでなくて……」
その直後、
(――オイ、
突然、
(――
であった。
(――
(――そ、それは――)
(――そないなことをしておおったんかい。せやけど、無事でなによりや。ほな、
(――わかりました――)
応じた
すなわち、佐味寺三兄弟と海音寺
「――へェ、やるじゃねェか」
間近で両者の闘いを見物していた涼子は、勝利した佐味寺三兄弟に対して、感嘆の声を漏らす。しかし、
「――どうだ、海音寺。オレたちの本当の実力を」
佐味寺三兄弟の長男、
「――けど、しょせんギアプに依存したハリボデの力だ。なのに、これがオレたちの本当の実力だと言わんばかりに豪語するなんて、滑稽この上ないね」
それに対して、
失笑とも釈れる。
「――なんだとっ?!」
激しく目をむく佐味寺三兄弟に、
「――そんなヤロウどもに、このオレが負けるわけねェだろう。なんなら、試してみるか。ギアプの力に頼らないこのオレの真の実力に勝てるかどうかを」
身振り手振りをまじえて。
「~~言われるまでもねェ。この場で即刻証明してやるっ! 武術トーナメントでの借りを返すついでになァッ!!」
「――ふん。借りが増えるのがオチだろ」
青白色の槍先を向けれらた
その間にも、佐味寺三兄弟のやり取りは続いている。
「――
「――ああ、大丈夫。異常はねェ。バーサーカーのマインドウイルスは正気を失う副作用があるから、使用中は使用者の脳内記憶にその間の記憶が入らねェのが残念だ。通常の戦闘のようにリアルタイムで海音寺を叩きのめす瞬間を見たかったのに、まったく、大したことねェぜ。あいつのギアプ開発力は」
「――ホントだぜ。結局、小野寺のヤツに罪を着せる工作も失敗に終わっちまったんだからな。せっかくオレたちが今回のようにこいつらを叩き伏せたっていうのに」
「――聞いたっ!? 今の会話っ!」
最後のセリフは、
友達や年長者たちに対して。
「――うんっ、確かに聞いたニャ」
「……わたし、も……」
「――今のやり取り、あたしの見聞
「――ああ、テレハックで得た情報とちがってな。でかしたぞ、
(――聞きました、
(――ああ、聞いたで、
だが、
「――さァ、構えな。海音寺」
風に乗った砂塵が庭園に吹き荒れる中、佐味寺
「――安心しろ。構えた途端、小野寺のような不意打ちはしねェよ」
余計な皮肉を、笑声まじりに付け加えて。
「――ふん、いいだろう。平崎院と闘う前の
だが、
「……なんだ、その構えは?」
それを見て、
「――居合い――抜刀術の構えか」
答えたのは兄の
「――なるほど、
弟の
「――けど、無意味だな」
「――どうして無意味なんだ?
「――得物さ、
簡潔に答えると、その理由を
「――抜刀術が最大限のパフォーマンスを発揮するには、旧来の実体刀――すなわち、刀身と鞘が不可欠だからだ。だが、
もし
「――それじゃ――」
「――勝負あったな」
そう断言して弟と同様に笑ったのは、
「――それなら、バーサーカーのマインドウイルスを使うまでもねェ。戦闘と氣功術のギアプだけで充分だ」
「……………………」
「――それじゃ、行くぜっ!」
青白い刀身を通常の剣よりも長く伸ばして。
「――やはりな」
防御態勢を取った
――なのに、
「――ぐはァッ!!」
まるでトラックに撥ねられたような衝撃であった。
反応は元より、
「――なっ?!」
予想だにしない結果に、兄と弟は驚愕の表情で絶句する。
壁に半ばめり込んでいる
その下には、
鋭角に折れ曲がった状態で。
凄まじい
「――全然充分じゃなかったな。それだけでは」
言い放たれた方は応えない。
完全に意識を失っているからである。
それどころか生存すら怪しかった。
「……そんなバカな。抜刀術は片手打ちなんだぞ。だから、諸手よりも威力は半減するはずなのに……」
「……武術トーナメントで見せた上段の構えからの唐竹をはるかに上回る威力だ……」
「――ナメるのもいい加減にしろよ、てめェら。その程度の理屈、このオレが知らねェとでも思ったかっ!」
二人の兄弟に視線を向けた
「――オレはもうあの時のオレじゃねェ。あれから凄まじい修練を積んで強くなったんだ。平崎院に勝つためにな。そのオレが、ギアプで手軽に強くなったヤツに負けるわけねェだろうがっ!」
「……ううっ!」
「――さァ、次はだれが相手になるんだ? てめェか、それともてめェか」
「……確かに、ナメていたな。それは認めるぜ」
そう言ったのは
「――なら、こっちも本気を出すぜっ! バーサーカーのマインドウイルスを使ってなァッ!!」
そして、咆えるように宣言すると、
「……うっ、ううううっ……」
両眼の瞳が徐々に上を向き、唇がゆっくりとめくり上がる。それに比例して狂気の度合いが次第に高まり、
「――うおおおおおおおおおっ!!」
最終的には白目になり、歯茎がむき出しになる。
まさしく、
これが、平崎院
それに対して、
「……へへへ、これで終わりだな。海音寺」
「――こうなってしまったら、もう誰にも止められねェぜ。相手を倒すまで、徹底的になァ。本気にさせちまったことを後悔するがいい」
小悪党なセリフを吐いた後、兄の
先ほどの
迫力満点の勢いであった。
氣功術と戦闘のギアプに、バーサーカーのマインドウイルスを上乗せした、佐味寺
青白色の槍先が
――はるか手前で払いのけられてしまう。
通常の刀身の
だが、
――が、それはついに実現しなかった。
その直前に振り下ろされた相手の唐竹を脳天に直撃したことで。
それでも、間一髪の差で反応した
文字通りの意味で、強引に。
叩き伏せられた
身動きする気配は、どこの箇所を見てもなかった。
無理もない。
今の唐竹は諸手打ちだったのだから。
バーサーカーのマインドウイルスで、限界まで力を引き上げた肉体の崩壊抑止も兼ねた硬氣功を以てしても、
「――身体能力は向上しても、武器の強度までは向上しなかったようだな。氣功術のギアプやバーサーカーのマインドウイルスでは」
その所有者に対して。
そして、
「――残りはお前だけになったぜ。さァ、どうする」
「……うううっ……」
「――ふんっ、他愛もねェ。これだからオトコは――」
と、
後ろ向きのまま、高速で。
しかも、足は地についていなかった。
つまり、吹き飛んで来たのだった。
なぜか。
するとほどなく、
「――三日ぶりだなァ、オイ」
怨嗟の籠った声が聴こえて来た。
落ち着きつつある砂塵の中から。
そして、完全にそれが落ち着くと、そこに独り佇んでいる人物が姿を現す。
陸上防衛高等学校のものではない学生服を着た、陰気で暗い顔つきの少年であった。
だが、海音寺
「――なんだ? てめェ」
「~~エスパーダにはおろか、脳内にすらとどめてねェのか。オレの
その声も憎悪で激しく震えていた。
「――あの人は――」
ようやく目を開くことができた
エスパーダにも、脳内にも。
ゆえに、それに続いた言葉は――
「……緑川くん……」
――であった。
砂塵の収まった庭園の見物人たちは、目まぐるしく激変する状況に対して、困惑せずにはいられなかった。
「――もうっ! どうなってるのよっっ!? いったいぜんたいっ!」
その一人である下村
「……どうして、緑川くんがここに……」
「――ニャにしに来たんだ、あいつ」
「……まさか、海音寺と、闘う、気……」
それに答えたのは
「――なに言ってるのよ。そんなわけないでしょ。勝てるわけないのに――」
「――それはどうかな」
「――もし、あの緑川という少年のエスパーダに、佐味寺三兄弟のようなギアプやマインドウイルスが入っていたら――」
その仮定を聞いて、一同は息をのむ。
「……充分に考えられるわね、それ……」
肯定する
「――だとしても、やはり海音寺には勝てないわ。現にそれらを使った佐味寺兄弟の長男は負けちゃったし」
「……それはわかりませんよ、
「――佐味寺兄弟の三男を吹き飛ばしたあの力、もし緑川くんのものだとしたら、佐味寺三兄弟のそれとは異なる力かもしれません」
それにともない、
凍らずにはいられないのだ。
緑川
アレ《・・》は三日前の神社で会った緑川
まるで別人のような、そして禍々しいまでの
嫌な予感が止まらない。
危険な匂いが収まらない。
それらが
「……逃げましょう……」
「――ここから逃げましょう、みなさんっ! 見物人や負傷者を連れてっ! 早くっ!!」
これほどせっぱつまった
「――どうしたのよ、小野寺くん。突然、声を上げて」
「――いったいなにが起きようと――」
「――話はあとですっ!
「……
か細い声で呼び止めたのは、だが、
「――
である。
「――よかった。気がついたのですね」
「……こ、これを……」
声とその腕を震わせながら。
――その頃、
うさんくさげな表情と眼光で。
「――だれだか知らねェが、見物なら壁際まで退がってくれねェか。決闘の邪魔なんだよ。あの三兄弟と同じく」
そして、歯牙にもかけぬと態度と口調で
野良犬でも追い払うかのように。
「~~どうやら本気で覚えてねェようだな。ホント、ムカつくヤロウだぜェ~~」
「――いいからどけって。オレはあいつと決着をつけにここへ着たんだ。てめェのような貧弱なオトコどもなんざお呼びじゃねェんだよ」
「――あいつっていうのは、もしかして平崎院とかいう華族の子女のことか?」
「――そうだよ。オレはそいつが戻って来るを待ってんだ」
「――そうか。そいつだったのか」
憎悪に歪んていだ
「――いいからどけってんだっ!」
一向に立ち去る気配のない
「――さっさとしねェと、てめェも――」
「――それは残念だったな」
「――お前が闘いたがっていたそいつなら――」
そして、右手を頭部の高さまで上げると、そこで指を鳴らす。
その後であった。
対峙する
屋敷の向こうから、放物線を描いて。
庭園の地面を二転三転して止まったそれは、人間の姿と形をなしていた。
……かろうじて。
よく目を凝らさなければ、ボロ雑巾と見間違えそうな有様であった。
平崎院の取り巻き女子三人組でさえ、ここまでひどくなかった。
「……まさか……」
という思いが胸中を占め始める。そしてそれが確信の領域にまで達した瞬間、
「――平崎院っ?!」
驚愕の叫びとともにその人物の名を呼んだ。
「――このザマだ」
「~~てめェの仕業か~~」
今度は
激変と言い換えてもいいほどに。
「――だれがそいつをボロボロにしていいと言ったァッ!! それが許されるのはこのオレだけだっ! それをテメェはァ~~」
「はーっはっハッはッハっ! 残念だったなァ。せっかくの愉しみをオレに奪われてェ。ざまァ見ろってんだ。ハーッはっハッはッハっ!」
腹の底から来るような笑いであった。
「――で、どうするんだ。この後」
そして、一通り笑い終えると、おちょくるような口調で尋ねる。
「~~決まってんだろう~~」
それに答えた
「~~てめェをブッ倒すっ!! 平崎院のように、徹底的になァッ!!」
バーサーカーのマインドウイルスに感染したかのような咆哮を上げて、
殺人的なまでの眼光とともに。
常人ならたちまち萎縮して身動きできなくなるだろう。
蛇に睨まれた蛙の如く。
だが、正対する
それどころか、不敵な笑みを浮かべて見返している。
ふてぶてしいこの上なかった。
「――それは不可能だぜ。海音寺」
その上、言動も侮蔑に満ちている。
もはや、二日前までの緑川
「――てめェはオレに触れることすらできずに終わる。大敗、惨敗、完敗という結果でな。そう、そこの平崎院とかいう華族の子女のように」
「なんだとっ?!」
「――なぜなら、オレは相手に触れることなく倒すことができるからだ。その力の前では、誰も敵わない。第二次幕末の女傑たちでさえも――」
「――ふざけるなっ! ちょっと力をつけたくらいの貴様が、西園寺
「――なら試してみるがいい。その女傑たちよりも弱いお前の力が、オレに通用するかどうか――」
それは、『弱い』という二字であった。
――瞬間、振り上げた
相手の距離まで青白色の刀身を伸長させて。
先程の抜刀術を上回る
……なかった。
――否、させられたのだ。
「……な、なんだ、これは、腕が、動かねェ……」
思いもかけぬ事態に、
「……腕だけじゃねェ。身体も……」
そのことにも気づく。まるで全身を万力で鷲掴みにされたかのような感覚に襲われて身動きができない。
「――どうした、海音寺。このオレをブッ倒すんじゃなかったのか。その得物で」
「……てめェ、このオレになにをしやがった……」
それだけ
「――フフフフ。知りてェか、オイ」
身動きできない
「……あの少年、よりによってなんて力に目醒めたんだ……」
まだみんなと庭園に留まっている
「――
「――君の言う通りだ、小野寺くん。急いで避難しよう。みんな、この場にいると、巻き込まれるぞっ!」
「――ちょっとどうしたのよ、
「――まだわからんのか、
「――ねェ、どんな力なの、それ?」
そう尋ねた
「……一周目時代じゃ、
答えを知っている
顔を真っ青にして。
「……それって……」
「……まさか……」
ようやく悟った
そして、それに
「……
と。
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