第3話 小野寺勇吾を信じる者たちの奮闘
『――武術トーナメントの優勝者、小野寺
『――被害者は三人ともその武術トーナメントの出場者――』
『――増長した優勝者が起こした、敗者に対する無慈悲な犯行――』
『――三人の被害者がもたらした衝撃の事実――』
小野寺
「――というわけで、改めて訊くわ、
それらを一通り脳裏で閲覧し終えた
「――なんで
堪らず本題に入ったのは
三人しかいない警察署の休憩室に悲鳴に等しい声が響きわたる。
「――アンタあの三人の傷害事件を捜査していたんでしょ。途中まで。その時点では
「……被害者たちの意識が回復したんや。捜査担当を
「――被害者たちって、あの
「――せや。そして、三人とも口をそろえて証言したんや。自分たちを襲ったのは小野寺
「なんですってェッ?!」
「――それで
「――
鬼気せまるその迫力に押されて、
「……も、もちろん、それは疑ったさかい、記憶復元治療にかけたで。せやけど、その形跡はどもにもあらへんかったんや」
「……なかったのっ?! 記憶操作された形跡がっ!?」
愕然となる
「――事件当日のアリバイや目撃情報、それに防犯カメラの記録もあらへんし、おまけにあの三人のイジメに対する復讐という動機まであるもんやから、逮捕するには十分な嫌疑やと警視は判断したんや」
「……そ、そんな……」
「……それが
そこまで言うと、
「――アンタまさか、本気で
それを見て、
「んなわけあらへんやろっ!
顔を上げた
「――せやけど、
そう言ってふたたび
『……………………』
警察署の休憩室に重苦しい沈黙が降りる。
そこへ――
「――龍堂寺。そこで何をしている」
それを吹き飛ばすような、威厳のある声が休憩室にとどろいた。
三人は驚いた表情で休憩室の出入口に視線を揃えると、体格のいい角刈りの男性がそこに立っていた。
「――あいつは――」
――というより、絶対に忘れてはいけない人物であった。
なぜなら、大切な幼馴染を目の前で逮捕した張本人――
「――こっ、
なのだから。
それを認めた
「――龍堂寺。私はそこで何をしているのかを訊いているのだ。答えたまえ」
「……え、えっと、逮捕されたユウ――やない、小野寺のご学友にその説明をしていたところであります」
「――それは貴官とて同様だろう。容疑者の学友だというのは」
手厳しい口調と内容で木野枝院警視は指摘すると、それはさらに続き、厳しさが増す。
「――まったく、貴官は今までなにを捜査していたんだ。知己とはいえ、容疑者がすぐそばにいたというのに、疑いすらかけぬとは、ずさんとしかいいようがないな。幸い、わたしが容疑者を確保したからよかったものの、警察官の適性を疑われても仕方がないレベルだ」
「――待ってください」
そこへ、
「――
そして、小野寺
「――確かに、小野寺にあの被害者三人を恨む動機はあります。復讐したいだろうと他者が考えるのは至極当然です。ですが、それは武術トーナメントですでに果たしています。三人のうち、二人を自分の手で倒し、なおかつ優勝したのですから。なのに、その経歴に傷がつく危険の高い犯罪行為を犯してまで復讐を続けるのは不自然だと思います」
しかも、警察の見解に疑義を申し立てる。
「――貴様か。観静
横やりを入れられた木野枝院は、上から目線でその事件の顛末を振り返る。
「――それに免じて、ひとことだけ言わせてもらおう。その程度のことで容疑者の気が済むとは限らないぞ。ちがうか」
「――いいえ、それで済むわ。それに、それ以前に、復讐なんて考えてなんかいないわ。
「――そんなの、あるに決まってるだろう。まったく、薄弱きわまる根拠だな。しょせん、
木野枝院の口から休憩室の壁や天井が振動するほどの怒号が放たれる。その迫力に、
だが、木野枝院の視線は、
「――龍堂寺警部。容疑者の取り調べは私が直々に執り行う。貴官はそこの二人の平民を自宅までお送りしろ。そのくらいなら貴官にもできるだろう。容疑者の確保はできなくても」
「……はっ……」
「――いいか。今後、平民に過ぎない一般人が、華族の警察の捜査に口を出すな。もし手まで出したら公務執行妨害で逮捕するぞ。よく覚えておけ。エスパーダの
木野枝院警視は
「……なによ、アイツ。えらそうに。あったま来るわ……」
「――地位と身分を笠にきた傲慢で無能な華族の子弟の
「――とりあえず、警察署を出ましょう」
その瞳には力強い意志の光が宿っていた。
「――とにかく、
「――そうよ。
「……せやけどどうやって
だが
「――方法は二つあるわ」
問いかけられた
「――ひとつは、あの三人の被害者の証言や記憶をひるがすだけの科学的な分析結果を出すこと」
「――もうひとつは?」
「――もちろん、真犯人を見つけることよ」
「……うーん、どちらも至難やなァ……」
「――なに弱気なこと言ってるのよ。アンタ警官なんだから、あの三人の被害者の脳内記憶を科捜研に再検査させることくらい容易でしょ」
「――せやけど
「――それでもなんとかするのよ。少なくても身分が低い上に警察でもないアタシよりはなんとかなるはずだわ。だから、弱気になるんじゃないの。今のアタシたちにはアンタの力が必要なんだから」
「――特に、真犯人の発見は冤罪証明の一番の近道よ。それと並行しないわけにはいかないわ」
「……でも、その手掛かりは……」
「――あるわ、
「――貝塚
と。
「――えっ!? あいつが?」
「――せやけどそいつ、この
「――そいつ、
「ええっ!?」
「なんやてェッ!?」
「――偶然、この逮捕劇に居合わせたとは考えにくいわ。その証拠に、それを見届けると、この店に用がないとばかりに立ち去って行ったわ。アタシたちも含めて、店内の客は何が起きたのかすぐにはわからず騒然としていたのに、貝塚だけはまるでこの逮捕劇を待っていたかのような
「――それじゃ、そいつが真犯人なのねっ!」
「――少なくても、真犯人に繋がる手掛かりを握っているのは確かね。今にして思えば」
「――じゃ、さっそくそいつを捜さないと――」
「――待って、
「――アンタ一人で行かせるわけにはいかないわ」
「――一人? どうして」」
「――アタシはあの三人の被害者の脳内記憶を再分析しなければならないからよ。一応、
「なんですってっ!?」
声を上げた
「――それじゃ、アタシだけじゃ頼りないっていうのっ!?」
「ええ、そうよ」
「――だから応援を要請しといたわ。警察署を出るまでの間に。
「――応援って、いったい――」
「――話は
聞き覚えのある声が、突如
「……ホント、なの? 小野寺、くんが、逮捕、された、のは……」
それも複数の。
この二人もまた武術トーナメントに出場した陸上防衛高等学校の生徒である。
二人とも、他の三人と同様、涼し気な夏の私服を着ている。
「――
「――ええ、本当よ。詳細はテレメールや
「――ニャにを言うニャ。友達がピンチなのにそ知らぬふりをするほど、アタイは薄情じゃニャいニャ」
「……アタシも、よ……」
「――ゴメン。それじゃ、
「もちろんニャ」
「……行こう。
「――うんっ!」
「――それじゃ、三人は貝塚の行方を追って。見つけたら一度こっちに連絡して。その時の状況を知りたいから」
「――わかったわ。じゃ、二人とも行きましょう」
「――うんっ、行くニャ」
「……行こう……」
――こうして、鈴村
真犯人を見つけるために。
「……せやけど見つけられるんやろか。あの三人で」
しばらくの間、無言で四人の女子たちのやり取りを聞いていた
「……
「……………………」
問いただした
「――連続記憶操作事件の時は散々振り回されて大変だったわ。あんな目にあうのは二度とゴメンよ。幸い、身代わりが駆けつけてきてくれたから助かったけど」
「……おまい、最初から猫田はんと浜崎寺はんに押し付けるつもりやったんか。鈴村はんのお守りを」
「――そうよ」
「……うわァ、ヒドいやっちゃなァ。なんちゅうオンナや……」
「――そんなことを言うなら、
「ああっ! ごめんゴメン。前言を撤回するさかい、堪忍して」
「――うん。わかればよろしい。それじゃ、行きましょう」
「……うーん、どうやら留守みたいニャ……」
猫田
居住区島に点在する、とある二階建てアパートの二階の廊下で。
目の前にあるドアには、『貝塚瞬』という横文字の名札が貼られてある。
「……いったい、どこに、いるん、だろう……」
そのドアをノックした浜崎寺
「……一刻も早くそいつに会って真偽を確かめたいのに、どうしてどこにもいないのよ……」
外気にさらされた廊下から頭上を見上げると、すじ雲状の青空が、夕闇のそれに代わりつつあった。。
「……どう、する?」
「――お前は――」
という驚きの声が上がった。
それを耳にした三人は、声が上がった方角に視線を向けると、一人の少年が、のぼり切った鉄細工の階段の横の廊下で立ち止まっている姿があった。
「――アンタは――」
それを認めた
陰気で暗いその顔つきに、見覚えがあったからである。
緑川
「――知り合いニャのか?」
「――ええ、一応……」
「――なんでおまえが貝塚の自宅の前にいるんだよっ!?」
「――それはこっちのセリフよっ!」
「てめェがいるとロクな目に遭わねェんだっ! どっかいけっ!」
「~~ムむぅ~ッ。生意気な少年ニャ。年下が年上の人にきく口じゃニャいニャ」
「……あなたも、貝塚に、用が、あるの?」
「――おまえたちには関係ないだろっ!」
「――いいえ、大ありだわ。アタシたちはどうしてもそいつに会わなくちゃならないの。その口ぶりからして、どこにいるのか知っているみたいね。教えてちょうだい」
「――ヤダね。なんでおまえたちに教えなきゃならないんだよ」
「……知ってる、のね。貝塚の、居場所……」
「――語るに落ちるとはまさにこの事ニャ」
「――おおかた、貝塚のパシリとしてその自宅まで来たんでしょ。でなきゃ、あのセリフは出ないニャ」
「……う、うっ、うるさいっ! いいからどっか行けってっ!」
「――そうはいかないわ。こっちはアタシの大切な幼馴染が警察に逮捕されたのよ。無実の罪でね。それを証明するためには、どうしても貝塚に会わなくちゃいけないの。だから教えなさい」
「――ふんっ。リア充はいいよなァ。困ったことがあっても、おまえらが助けてくれるんだから。あんな目にあって、いい気味だぜ」
だが、
「……なんで士族とは名ばかりのアイツがおまえらオンナどもにチヤホヤされるんだ。身分は違っても、本質はオレと同じ人種のはずなのに……」
そして、嫉妬と憎悪に歪んだつぶやきをこぼす。それを聞き取った
「――アンタと一緒にしないでっ! アタシの幼馴染をっ!」
激烈な怒声を
「――
「――そんな性根だからアンタはイジメられるのよっ! 身分なんて関係ないわっ! でも
「――あたいも同感ニャ」
「……アタシ、も……」
「――さァ、案内しなさい。貝塚のところまで。知ってるんでしょ。現在位置を――」
「――いっとくけど、案内してくれるまで付きまとうニャ。どこまでも、いつまでも」
「……絶対に、逃がさない……」
「……ううっ……」
三人の女子に詰め寄られた
「……………………」
進退をきわまった
――結局、緑川
「――それじゃ、
「……せや。証拠は被害者たち三人の記憶で十分やから、鑑識や科捜研に回す必要はあらへんって……」
そのように説明した
「……そんなの、一方的じゃないっ! 最初から
「――あの
「……だぶん、武術トーナメントやろな」
「……なにぶん、あんな手で優勝したやからな。警視に限らず、それを認めない輩はぎょうさんおるから。ましてや昨日、武術トーナメントでは勝ったはずの海音寺に惨敗した実戦訓練の
「……あのマスゴミが。余計な真似ばかりして……」
「――それに、警視は公私混同が激しく、私情で動くタイプや。最近入ったばかりやのに警視にまで昇進できたのも、華族の身分がものをいったからで、警察官としての能力が高いからやあらへん。それはギアプでも補正しきれないほど。おまいの言う通り、傲慢で無能な華族の子弟の
「……そんなヤツがアンタの上司じゃ、
「……どないする、
問うた方も問われた方も苦悶の表情でやり取りする。その姿は、傍から見ても痛々しかった。やがて
「……あまりやりたくないけど、あの警視と同等かそれ以上の地位と身分を持つ人物に助力を請うしかないわね。ああいうタイプは、そういうヤツに弱いから」
「……そないなヤツ、
「……そうは言われても、アタシたちに力を貸してくれそうな地位と身分のある人物なんていないわ。そんな人脈、アタシでさえないし……」
「……それを言うたらワイかて同じや……」
「……こんなことになるんなら、その方面の人脈づくりをすべきだったわ。アタシやアタシの母の
「……
「――あら、そんなことないわよ」
最後のセリフは、
「――我ら同志のことを忘れるとは、
このセリフも、
「……アンタらは――」
「……そうだったわ。あなたたちがいたわっ!」
暗く沈んでいた
「――いい加減認めたらどうだっ!」
警察の取調室に怒号が轟いた。
それに遅れて、机を叩く音が鳴り響く。
容疑者――小野寺
むろん、その内容は容疑者が自身の罪を認める供述である。
「――こっちはもうわかってんだっ! 三人の被害者を襲ったのはお前だということがっ!」
木野枝院警視は覗き込むように、うつむいたまま口を閉ざしている小野寺
「……………………」
だが、近づけられた方は亀のように小柄な身体を縮こませ、沈黙を続ける。
とはいえ、
取り調べが始まった時には、偏見と先入観で三人の傷害事件の犯人だと決めつけられたことに対して、さすがに立腹し、否定や反論をしたが、自分が犯人だと信じて疑わない木野枝院警視の言動と態度に、次第に反抗する意思や意欲を失い、沈黙するようになった。それを黙秘と受け取った木野枝院警視はムキになり、893よろしくのやり方で強引に自供を引き出そうとした。それでも沈黙を守る容疑者に対して、あらかた嫌疑の語彙を言い尽くすと、容疑者の心が折れるまで、ひたすら同じセリフで恫喝するだけの作業に終始していた。
「――くそっ、思いのほかしぶとい。まぐれで武術トーナメントに優勝した名ばかりの士族の子弟とは思えない忍耐力だ……」
木野枝院は息を切らしながらつぶやく。
「――よし、こうなったら――」
業を煮やした木野枝院は、拳を鳴らしながら
そして、そのまま
「――やめなさいっ!」
怒号に似た制止の声が、取調室に鋭く行きわたった。
「――市民を守る警察官ともあろうものが、その市民に抵抗できない暴力を振るうなんて、自分でも最低だと思わないの。木野枝院
それも女性の声である。
「~~なんだとォ~ッ」
木野枝院はうなり声を上げながら女性の声が聴こえた方角に振り向く。その際、振り上げた拳と胸倉を掴んだ
「――だれだ、キサマはっ!」
「――あら、そんな口の訊き方をしていいのかしら、このアタシ――
セミロングの髪をわずらわしげに払いのけながら、その女性はエラそうに答えた。
「――っ?! しっ、子爵っ!?」
それを聞いた途端、木野枝院は激しく狼狽する。
「――まっ、まさか、その方は……」
「――そうだ、
「――ちっがぁーうっ! なに
二人とも私服の上に裾の長い白衣を纏っている。
「――こっ、これは子爵どの。いったいなんの御用でこちらに……」
木野枝院は大柄な身体を縮こませてご機嫌と共にうかがう。ついさっきまで
「――
「……そ、そんなことはございません。ただ……」
「――ただ? なに?」
「…………いえ、その…………」
言葉に詰まる木野枝院に、
「――ウソはよくないわね、男爵。子爵たるアタシに対して、偽りを言うるのは」
「もっ、申し訳ございませんっ!」
木野枝院は床に額がつきかねないほどに何度も頭を下げる。
「――なんや、木野枝院警視。窪津院はんとは同じ華族の身分やのに、どしてあそこまでペコペコしとるんやろ?」
「――爵位が違うからよ、
爵位とは勅旨によって授与される華族の称号で、位の高い順から
「――なるほど、せやから窪津院はんに対してあないな態度になったんか」
「――ってことは、華族の中では一番の下ってことやないかっ!? 木野枝院警視はっ!」
その事実に気づいて驚愕する。
「――爵位の上ではね」
と、
「――でも、まさか
「――そないに珍しいんか?」
「――そうよ。子爵なんてよほどの功績を上げない限り授与されない爵位よ。第二日本国では。ましてや十代で。男爵ならともかく」
「……へェ、そないに凄いんや。いったいどないな功績を上げて授与されたんやろ」
「――もちろん、
「――それってもしかして……」
おそるおそる
「――ええ。スイーツの再現よ。一周目時代の二十一世紀日本のね」
「ええェェェ~ッ。あないなもんで子爵になれるんかいっ!」
「――えらい簡単やなァ~……」
「――いや、爵位授与の審査基準がおかしいだけだ」
強い口調で否定の断言をしたのは蓬莱院
「――あのような愚にもつかぬもので爵位が上がるくらいなら、このわたしだって上がってしかるべきではないか。わたしは『アキバ系文化』という、一周目時代の日本のオタク文化の聖地の再現に成功したというのに、その功績を認めないとは、嘆かわしい限りだ」
そしてその嘆きぶりを身ぶり手ぶりで表現する。
「――なに言ってるのよ。あんなキモいもんで爵位が上がったら、それこそ爵位授与の審査基準がおかしいわ」
それに対して、
「――だいたいなによ、アンタのいう『アキバ系文化』って。オトコだけにこびへつらったものばかりじゃない。萌え絵といい、フィギュアといい」
「――そっちこそなにを言うか。ちゃんと女子向けのものだって再現しているぞ。『腐女子』という女子向けのものを」
「――そんなニッチでマニアックなものに女性が夢中になるわけないでしょ! オンナをバカにしないでっ!」
「――ほう。そこまで言うなら、腐女子であれば必ず夢中になるという記憶書籍をキサマに進呈しよう。BL《ボーイズラブ》というジャンルの記憶書籍を。それを読破した後でも言えるかな、今のセリフ」
「――いいわ。じゃんじゃんアタシのエスパーダに寄こしなさい。鼻で笑って上げるから」
「……あ、あの。
最後のセリフは、観静
「……どないなったんや。警視とは……」
龍堂寺
「――あ、そうだった。つい忘れてしまったわ。
「――くだらないとはなんだ、
「まぁマァまァマぁ。蓬莱院|はん。それは後ほどにして――」
「――
「――ええ、ついたわ。
「――それじゃ――」
「――この事件の捜査は龍堂寺警部に一任するって――」
「――おおっ! ホンマかっ!? 窪津院はんっ!」
「――ウソ言ってどうするのよ。これで小野寺くんの冤罪を晴らせるわよね」
「――おうっ! 捜査権限さえあればこっちのもんやっ!」
「――まずは
「――してはダメだって。
「げっ。そんな……」
亜紀に釘をさされて、
「――当然でしょ。
眉をしかめて
「――そのくらい察しなさいよ。警
「……ううっ、面目ない……」
「――ほら、しょげてないで、始めるわよ。
「――それに、アンタだけじゃ、やはり頼りないからね。アタシのことは一市民による警察公認の捜査協力者という名目で周囲に説明しときなさい」
「――ア・タ・シ・た《・》・ち《・》、よ。
そこへ、
「――ここまで関わった以上、知らんぷりなんてできないからね。アタシも協力するわ。
「――
「――おおきに、お二人はんっ! 助かるで」
「――このインテリ感に満ちた
「――
「――おお、せやったせやった。それも申請しとかへんと。さァ、忙しくなるでェ」
思い出したかのように
すでに空は漆黒の闇夜に変わっていた。
頭上にある陽月も月明かり並の光度で地上を照らしている。
だが、その光も、人気のない陸上競技場の屋内までには届かない。
ゆえに、
「――本当にここにいるんでしょうね。貝塚っていう男は」
その集団の一人である鈴村
「……………………」
質された緑川
相変わらず陰気で暗い顔つきである。
もっとも、それを言うなら、常に顔色の悪い浜崎寺
「――ちょっと、黙ってないで返事しなさいよっ!」
無視された
無人の廊下に
「……ああ。まちがいなくここにいるよ」
ぶっきらぼうに、もしくはふてくされた口調で、
「……ここである実験をするって言ってたから……」
「――ここって、この陸上競技場で?」
「――丸ごと貸し切っているそうだ」
「丸ごと貸し切りィっ?!」
今度は素っ頓狂な声を、
「……でも、これだけの施設だと、その使用料もバカにニャらニャいニャ」
「……とても、個人の、資産で、払える、とは、思え、ない……」
しかし、それが収まると、そんな疑問が二人の首をもたげる。
「――知らねェよっ! そんなことっ!」
「――オレはただ貝塚に言われた通りにやっているだけだっ! そうすれば、今度こそ力をくれるって言うから――」
その後に、弁解じみた言い回しでつけ加えられる。それを聞いて、
「――ふむ、どうやら貝塚とかいうヤツの
「……つまり、華族、ね。華族は、金持ちが、多い、から……」
「――それも、緑川のいじめっ子どもニャ。
「――それじゃ、そいつらが
「――おそらくそうニャ、
「――貝塚の自宅前で緑川に出会えたのは
「――そのためには、そいつら真犯人どもとをとっ捕まえて白状させないと。昨日の発表会の時は、タケルさまに
「……でも、変、ね……」
そこへ、
「……小野寺くんの、いじめっ子、三人組が、事件に、遭った、のは、発表会の、時よりも、前のこと。その時点、では、緑川のいじめっ子、たちと、小野寺くんとの、接点、は、ない、はず……」
「――つまり、緑川のいじめっ子たちに、小野寺たんに濡れ衣を着せる動機が、その時点ではニャいと言うわけかニャ」
「……うん……」
「……確かに、言われてみれば、そうだニャ」
「……となると、小野寺に濡れ衣を着せた真犯人は……」
「――この際、どっちでもいいわ」
「――背後にだれがいようと、そこに貝塚がいることに変わりはないわ。そいつもとっちめて吐かせれは、だれが真犯人なのか自ずとわかる事だし」
「……それもそうニャ」
「……そう、ね……」
「――で、貝塚のところにはまだ着かないの?」
「――もうすぐだ――」
答えた方の口調はあからさまに不機嫌だった。
「――さっきもそう言ってなかった? もしアタシたちを欺いているんなら――」
「――着いたよ」
「――ここは――」
それに続いた
そこには、万単位の観客を収容できる階段状の観客席が、自分たちが踏みしめている広大なトラックに沿って設置されていた。
「――競技場のトラックじゃニャいか――」
「……二人、とも、前、を、見て……」
トラックの中心に。
そこには、一個の人影がこちらに向かって佇んでいた。
遠い上に薄暗いので、誰なのかは判然としない。
三人の女子には。
しかし、一人だけはわかったようである。
「――貝塚っ!」
「――言われた通り、こいつらを連れて来たぞ。早く力を寄こせっ!」
そして性急なまでに要求する。
「――やっと会えたわね。貝塚っ!」
「――さァ、洗いざらい白状しなさいっ!
こちらも
「――こいつが貝塚かニャ?」
「……そう、みたい。鈴村、さんが、見せて、くれた、見聞、
続いて到着した
「――まァ、落ち着きたまえ、二人とも。そんなに力が欲しいのなら、差し上げよう、緑川くん。そして、鈴村くんの要求にもできるだけ応えよう」
貝塚は落ち着き払った口調と表情と態度で両者に対応する。それを聞いた両者は、先を争うかのように貝塚に詰め寄ろうとする。
――その時だった。
「――緑川っ!」
怨嗟に満ちた呼び声が側面から放たれて来たのは。
呼ばれた
その人数は二十人に近い。
全員、デザインの異なる制服や私服をそれぞれ着ている。
「……この子たちは……」
その集団の顔ぶれに、
しかし、表情があの時や
「……な、なんでお前たちがここにいるんだ?」
「――よくもあの時ボクたちを売ってくれたなっ! あの時にボクたちが遭った酷い目を、お前にも味合わせてやるっ!」
だが、
「――ま、まさか、こいつらも呼んだのかっ!? 貝塚」
「――もちろん。あの時約束したからな。彼らにも」
貝塚は平然と答える。それを聞いて、
「……き、聞いてないぞっ! そんなことっ!」
「――訊かなかったからな。そんなこと。承知の上のことだと思って」
「……ううっ……」
いつの間にか先回りして。
「――速いっ!」
その
「――ふむ、どうやら実験は成功のようだな」
その光景を見て、貝塚は満足げな表情をたたえてうなずく。
「――実験って、なんのっ?!」
「――彼らに配布したのだよ。新型の氣功術のギアプを――」
「なんですってェッ?!」
今度は驚愕する
「――話がちがうじゃないのよっ!
そして、この場にいない本人に向かって非難の叫びを上げる。しかしその後、その本人から、貝塚を発見したら連絡するように言われていたことを思い出し、実行に移そうとする。
だが、
「――通じないっ!?」
ふたたび叫び声を上げる。
「――あたいも通じないニャッ!」
「……アタシ、も……」
「……ESPジャマー……」
しかなかった。これでは通信はおろか、現在の位置情報を知らせることもできない。
「――へへ、また会ったな」
そこへ、別の声が三人の女子の背後から聴こえた。
「……アンタたちは……」
身体ごと振り向いた
そして、衣装も平民のそれよりも派手であった。
「――知ってるのか?
遅れて振り向いた
「――ええ。あの平民のイジメられっ子たちのイジメっ子どもよ」
「……あの、三人の、男子の、いじめっ子、たちと、同じ、
続いた振り向いた
「――あいつら――!」
他の平民のイジメられっ子もそれに続く。
全員、復讐と憎悪に双瞳をぎらつかせて。
両集団はトラックの中央で対峙する。
「~~よくも、よくも今までイジメてくれてたなっ! 今すぐ
「――やれやれ、簡単に力が手に入った途端、牙をむくか。いいのか、平民ごとぎがオレたち華族に歯向かっても」
それに対して、その代表者たる華族の子弟は、肩をすくめて、だが身分を持ち出して威嚇する。
「――うるさいっ! お前たちをボコボコにしない限り、気が収まらないんだっ! お前たちに散々味わさられたあのつらい思いを、お前たちにも味わせてやるっ! 倍返しでなっ!」
慟哭に似た叫びを放って、そのいじめられっ子は相手に向かって突進する。
拳を大きく振りかぶって。
素人丸出しのテレフォンパンチだが、迫力と力強さはあるので、それだけなら素人相手でも十分通用する。
素人相手なら。
だが、
「ぐはっ!」
顔面を殴り飛ばされ、トラックに横たわったのは、先にテレフォンパンチを放った平民のイジメられっ子の方であった。
「――なっ?! どっ、どうして……」
予想だにしない事態に、他の平民のイジメられっ子たちはあからさまにひるむ。
「――カウンターニャ」
その疑問に答えるかのように独語したのは猫田
それも、
とはいえ、カウンターは素人が意図的に成立させられるほど簡単な技術ではない。
格闘の玄人かそれ以上の達人でもない限り。
「……それじゃ、あの、イジメっ子、たち、は……」
「――
「――なんですってぇっ!?」
「――あれでは華族のイジメっ子たちに対抗できニャいニャ。氣功術のギアプだけじゃ、戦闘力はそこまで向上しニャいニャ。戦闘のギアプニャしじゃ」
そう言っている間にも、華族のイジメっ子たちは、平民のイジメられっ子たちに逆襲しようと迫る。人数的にも戦闘力的にも、平民のイジメられっ子たちの方が圧倒的に不利である。
「――まさか、これは――」
「――貝塚、アンタの仕業ねっ! こうなるようにここでの一連の出来事を仕組んだのはっ!」
「――さて、どうかな」
貝塚はとぼける。
「――それよりも、わたしから知りたいことを聞き出したかったのではないのかね」
「――はっ! そうだったっ!」
「――さァ、洗いざらい白状しなさいっ!
「――なるほど、このわたしを疑っているわけか。あの傷害事件の容疑者として」
「そうよっ! 他に誰がいるっていうのっ! アタシは知ってるんだからねっ!
「――ほう。それは驚いた。私にそっくりな人間が、君たちのそばにいたとはな」
「しらばっくれないでっ!」
「――だが、それだけで私を真犯人と決めつけるのは、短絡的にすぎるのではないかな?」
「それだけじゃないわっ! 他にも怪しい点はいっぱいあるんだからっ!」
「――そうか。だが、いちいちそれを列挙するのは、いささか面倒ではないか。どのみち決定的な証拠はないのだろう」
「それは今からアンタを締め上げて吐かせることで得るわっ!」
「――随分と乱暴だなァ。ここの警察もここまで手荒ではないぞ」
「いいから吐きなさいっ! でないと、撃つわよっ! いくら
「――それはイヤだなァ。わかった。白状しよう」
貝塚は悠然と両手を上げて言う。それを聞いて、
「――それじゃ、アンタが――」
「――きみの言う真犯人が、あの三人の女子を負傷させた人物のことを指すのなら、まったくの見当ちがいだよ。残念だけど」
「ウソをいいなさいっ! 自分で白状しておきながら、往生際が悪いわよっ!」
「――仕方ないだろう。そういう意味では、私は真犯人ではないのだから」
貝塚は両手を上げたまま肩をすくめる。
「――だが、代わりに私は知っている。あの三人の女子を負傷させた人物なら――」
「――誰なのよっ!? 教えなさいっ!」
「――そうだな。二日後に開催される平崎院
「――なによっ! そのもったいぶった言い回しはっ! 予言者じゃあるまいしっ! 真犯人を知ってるんならはっきりと――」
その直後、
「……
身を挺して友人をかばった
「――ヤツらがこっちに
「――ヤツらって――」
その先を見ると、例の華族のイジメっ子たちが、こちらに向かって歩み寄りつつあった。
それも、前と左右の三方から。
その足元や背後には、復讐を遂げようとしてあえなく返り討ちにされた平民のイジメられっ子たちが、顔に無念の涙と血を流しながら横たわっていた。
「――よかったぜ。まだ逃げてなくて」
華族の子弟の一人が、拳を鳴らしながら安堵と舌なめずりの声を出す。
「――
口調も相変わらず粗野である。
「――で、具体的にどうするんだよ?」
隣に並ぶもう一人の華族の子弟が尋ねる。
「――なに、簡単さ。衣服をひん剥いて、その
「――そうか。それは良かったぜ」
「――相手はあの武術トーナメントで準優勝したヤツと、あの海音寺と互角の勝負をしたヤツがいるが、なに、この人数とこの二種類のギアプなら大丈夫さ。残りの一人は一回戦で敗けたヤツだし」
「……くっ……」
その
三人は図らずも背中合わせになる。
「――動かないでっ!」
華族の子弟が放った
同じ得物で構えている正面の相手に気を取られていたため、側面にまで注意と警戒が回らなかったのだ。
「――
「……だいじょう、ぶ……」
「……これで、なんとか戦えるから……」
そうは言ったものの、
「――あたいがやるしかないニャ……」
――と、その時、
「ぐはっ!」
華族の子弟の一人が叫び声を上げた。
陸上競技場のトラックにいる少年少女たちは、それが上がった方角に視線を転じると、一人の少年がそこに佇んでいた。
その足元には、華族の子弟の一人が、苦悶の表情でうずくまっている。
両手で腹部を押さえているのは、みぞおちにボディブローを喰らったからである。
華族のイジメっ子でも平民のイジメられっ子でもない、精悍な顔立ちをした士族風の少年に。
「――なんだ、てめェ」
華族の子弟の一人が、見慣れない風体の少年を睨みつけながら威嚇するように歩み寄る。華族の子弟と相対するその少年もまた、非友好的な眼差しで睨み返すと、右手に持つもので一閃させた。
相手の間合いまで瞬間的に伸長させた
歩み寄ろうとしていた華族の子弟は、自分の身に何が起きたのかわからないまま、左わき腹から右肩にかけて刻み込まれた一直線の打痕を残してそのまま倒れ伏した。
「――なっ?!」
問答無用としかいいようのない相手の攻撃に、華族の子弟や子女たちはあからさまに驚き、鼻白む。陸上防衛高等学校の
ツリ目にオールバックの髪型をした、士族風の少年に。
「――ヤマトタケルさまっ!」
その容貌を視認した瞬間、
「……あの子が……」
「……ヤマト、タケル……」
「……どこかで……」
「……見た、こと、が……」
という印象がぬぐえない。情報源が情報源なので、怪しい点はいくらでもある。だが、いずれにしても、こちらの味方になってくれるのは確かである。彼の活躍は、超常特区では有名で、特にあの連続記憶操作事件では、その解決に大きく寄与した。この状況下での加勢は、これほど心強いものはなかった。
「……ヤマトタケルだと。あいつが……」
同時に、三人の女子と敵対している華族の子弟や子女たちにとっては、これ以上ないほどの脅威の出現であった。そして、今になってようやく気づく。先日、第八浮遊小島の広場で自分たちを不意打ちで倒した人物と同一であることを。三人の女子を半包囲していた華族の子弟や子女たちは、左側面から突如現れたヤマトタケルに対して、どう処すればいいか、いまだ定まっていない。否、敵対行動を取るところまでは定まっているが、そこから先の攻略法が定まってないのだ。なにせ攻略に成功した者が皆無なので。
華族の子弟や子女たちが逡巡している間でも、ヤマトタケルはその隙を逃さずに突いた。左手にある
「……やっ、やっちまえっ!」
その光景を見て、華族の子弟の一人がうわずった声で健在の仲間をけしかける。このままでは無抵抗で倒されてしまう。とにかく、攻撃するしかなかった。この人数と得物と戦闘力なら、負けるわけがないのだから。それを思い出した他の華族の子弟や子女たちも、それらに任せてヤマトタケルに襲いかかる。
だが、その認識は甘かったというしかなかった。ヤマトタケルこと小野寺
「……す、すごいニャ……」
猫田
「……これが、ヤマト、タケルの、実力……」
浜崎寺
「――さすがヤマトタケルさま。
鈴村
「――でも、ニャんでヤマトタケルも早斬りが使えるんニャ? あれは
「――きっと
そうしている間に、陸上競技場のトラックで繰り広げられていた多対一の戦闘は、瞬く間に終わった。
ヤマトタケルの勝利で。
敗北した華族の子弟や子女たちは、毅然とたたずんでいる一人の勝者を中心に、一人残らず様々な姿勢でトラックに横たわっている。
だれ一人身動きする気配はないが、むろん、だれ一人死んではいない。光線や光剣を
それを確認したヤマトタケルは、その場から無言で立ち去ろうとするが、
「――待つニャ!」
「――アンタ、ヤマトタケルじゃニャいニャ。その名前は偽名ニャ」
きっぱりと断言した
「……偽名……確かに……」
「――ちょっと二人とも、なに言ってるのよ」
そこへ、
「――この人はヤマトタケルよ。間違いないわ。だってアタシがヤマトタケルですかって尋ねたらそうだって答えてくれたんだから」
「……単に便乗したんじゃニャいか。
この推測も的を射ていた。
「……………………」
――ので、タケルは反論もせずに沈黙を守っている。
「――助けてくれたことには礼を言うニャ。でも、どうしてアタイたちが
「……………………」
さりげなく投げかけられた猫田
だが、それでも、ヤマトタケルと称する少年の不自然な沈黙に、
「――
聞き覚えのある大声が、三人の女子の鼓膜を叩いた。
三人の女子はそれが聴こえた方角に振り向くと、こちらに駆け寄ってくる一人の少年の姿が、それぞれの瞳に映った。
それを認めた瞬間――
「――
「にゃニャ?!」
それに対して、
「――
そんな二人をよそに、幼馴染と対面した
「――でも、どうしてアタシたちの居場所がわかったの?」
この質問は、猫田
その疑問に対して、
「――蓬莱院さんの物体探知装置を借りて使ったのです」
「……物体探知装置?」
それを聞いて
「――ええ、タケルさんから聞いたのです。
「――ああっ! それでわかったのね。アタシの居場所が」
ちなみに、本体は『ヤマトタケル』で、
「――
「――なに言ってるのよ、
「――それにしても、危ないところだったみたいですね」
「――ええ。
「……でも、華族にイジメられている平民の人たちまでは間に合いませんでした……」
「……そうね。かわいそうに。緑川とちがって性根は腐ってないのに、貝塚の甘い言葉に乗せられたばかりにこんな目に遭って……」
と、そこまで言った時、
「――はっ! そうだわっ! 貝塚はどこっ!? 緑川もっ!」
その二人の存在を思い出し、叫びながら周囲を見回す。
「――どこにもいないニャ。二人とも」
「……どうやら、逃げた、みたい。戦闘の、どさくさに、まぎれて……」
周囲を見回し終えた
「ええェっ! そんなァ……」
「……緑川はともかく、貝塚は絶対に捕まえなきゃならなかったのにィ……」
「――ぜいたく言うニャ。あの華族どもにフルボッコされニャかっただけでも儲けものニャ」
「……そうね。それに、その華族どもをタケルさまが一人残らず叩きのめしてくれたんだし、これで満足しないと」
トラック中に横たわっている華族の子弟や子女たちを眺めやりながら、
「――前回はそのまま放置してしまったけど、今回はそうはいかないわ。ESPジャマーが消え次第、警察に通報して逮捕してもらわないと――」
「――警察ならもうすぐ到着します」
「――あと、復氣功が使える救急隊も呼びましょう。あそこにいる人たちがゲガをしていますから」
それは、その華族の子弟や子女たちから暴力を振るわれ、うずくまっている平民の少年少女たちであった。彼らのエスパーダには、気功術のひとつ、復氣功のギアプもインストールしているのだが、それで自身を治療する様子はなかった。おそらく、復讐に失敗したショックで、そこまで考えが及ばない心理状態にあるからだろう。無理もない。念願の力を手にいれ、自分たちをイジメる華族たちに報復すべく、挑んだ結果、返り討ちにされてしまったのだから。氣功術のギアプだけでは、それに加えて戦闘のギアプも装備した華族の子弟や子女たちには太刀打ちできなかったのである。
「……アタシ、治療、してくる。復氣功、使える、から……」
「――アタイも手伝うニャ」
そう言って
「――あれ? タケルさまは」
「――彼なら行きましたよ。貝塚のあとを追いに行くと行って」
となりにいる
「……また助けてくれた礼を言いそびれてしまったわ。貝塚を追って行ったのはうれしいけど……」
むろん、それは嘘である。本体である『ヤマトタケル』は、すでに
「……………………」
それに対して、
「――あ、警察が到着しましたよ、
選手入場ゲートから現れた、龍堂寺
「――これで一安心できますね。ボクたちはあの人たちの治療をしましょう。あそこに倒れている華族たちは警察に任せて」
「――そうね」
幼馴染の嘘に気づく様子もなく応じた
「――クソッ! なんでこんなことになるんだよっ!」
緑川
陸上競技場の中段の観客席の一角から、トラックの様子を窺いながら。
本来なら警察から逃げる必要はないのだが、警官に難詰されるのを嫌がって雲隠れしているのだ。保護された鈴村
「~~オレは被害者なんだぞっ! あのヤロウにダマされただけなんだっ! なのに、あのオンナ、あることないことしゃべりやがってェ~~」
逆恨みに等しい怒りが胸中から声とともにせり上がる。
「――それなら、警察にありのままを話せばいいではないですか」
突然、背後から話しかけられた。
それもすぐ近くで。
驚いた
「――お前は――」
闇夜に覆われているため、多少の時間がかかったが、クールカットの髪型にさわやかな顔つきを視認した途端、
「――貝塚っ!?」
という大声を上げたら、警察に発見される事態をまねくことに、寸前で気づいたので、かろうじて抑制した。
「――せっかく氣功術と戦闘のギアプを同時に提供したというのに、こうもあっさり倒されてしまうとは。彼らではこの最強の組み合わせを使いこなせるだけの適合性に欠けていたのか、それともあのヤマトタケルとやらが強すぎるのか。ま、両方というのが妥当なところでしょうね」
貝塚の方は警察に見つかることを恐れてないのか、悠然とした態度で評している。
「――オイッ! 話が違うじゃねェかっ!? お前の言うとおりにすれば、力をやるって。なのになんであいつらがいるんだよっ! それも、オレが欲しがってる力をやりやがってっ!」
トラックで仕事をしている警官たちに聴こえないよう、抑制した、だが激発寸前の怒声で貝塚
「――確かに、私の言うとおりにすれば、その見返りとしてあなたに力を与えると言いましたけど、あなただけとまでは言ってませんよ。力が欲しいのはあなただけではありませんし、その時と場所をあなたに教える必要はないと判断していましたからね」
貝塚は悠然とも平然ともつかない表情と口調で答えるが、そんなことで
「うるせェッ! よくも約束を破りやがってっ! どうしてくれるんだよっ!」
「――あいつらを逮捕しても、どうせすぐに釈放される。華族なんだからな。それに必要な特権を振りかざすに決まっている。そしたら、あいつらにイジメられる地獄の日々がふたたびやってくる。今までよりもさらにヒドい地獄の日々が……。その上、あいつに思い知らせることもできねェ。全部てめェのせいだぞっ! てめェがでまかせを言いやがるから、こんなことに……」
そして、涙まじりにうなだれる。
「――やれやれ。誤解もはなはだしいですねェ――」
それに対して、貝塚は肩をすくめて嘆息する。
「――約束はまだ履行してないだけで、破ってはないというのに」
「――どういう意味だっ!?」
「――今から与えると言っているのですよ。あなたが欲して止まない力を」
そのセリフに、
「ホントかっ!?」
「――ええ、もちろんですとも」
貝塚は満面の笑みを浮かべてうなずく。
「よしっ! ならさっさと寄こせっ! その力を――」
「――だけど、あいつらのような力はダメだぜ。あいつらを倒したヤマトタケルよりもはるかに強い力じゃねェと」
「――おやおや、ずいぶんと欲張りですね。氣功術と戦闘のギアプの組み合わせよりも強い力が欲するなんて」
「当たり前だ。力を貰っても、あいつらよりも弱いんじゃ意味がねェからな。もしあのイジメられっ子どもにやったような力をオレにやるつもりなら、オレはいらねぇぜ」
「――確かに」
貝塚は苦笑する。
「――では差し上げましょう。あなたが喉から手が出るほどに欲しい、その力を――」
それを聞いた瞬間、
「――でも、その前に――」
貝塚がそう言った直後、
「――オイ、だれかいるのか?」
それは、紫色の腕章を嵌めた警察官の誰何であった。
右手には
その警官は貝塚と緑川の会話が聴こえた方角に青白色の光を向けるが、
「……あれ? いない?」
無人の観客席しか見出せなかった。
「……変だな。たしかにこの席のあたりから聴こえたんだか……」
警官は首をかしげる。
「――どうだ。だれかいたか?」
そこへ、もう一人の警察官が尋ねながら駆けつけて来る。
「……いや、だれも……」
尋ねられた警察官は首をかしげたまま答える。
「――そんなはずはない。あの大声だ。絶対にだれかがそこにいたはずだぞ。いないわけが……」
「――そうはいっても、現にいないぜ。この通り」
そう言って尋ねられた警察官は手でその場所を指し示す。
「……………………」
尋ねた警察官は口を閉ざしたまま沈黙する。
「――どうする?」
質された警察官は、口惜しげな表情でしばらくの間その場所を見つめていたが、
「……この闇夜じゃ、どうしようもない。ありのままを龍堂寺警部に報告するしかないだろう」
「……そうだな」
二人の警官が残念そうに結論を下すと、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にするしかなかった。
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