第9話 神々の狂宴 3

 このあたりの家は、塀などはなく、代わりに庭の周りに低木を植えているのが普通だ。それを伝って、岩陰にまずは身を隠した。

「宇宙港に行って俺らの船に乗れば、取り敢えずは安全だ。警察も軍も動くだろうし、やり過ごせるだろう」

 という氷室達と共に、宇宙港を目指すつもりである。

 だがここで、伊丹が硬い表情で別れを告げる。

「ぼくは、やらないといけない事があるので、ここで」

「伊丹君」

「どうかお気を付けて」

 言って、街中の方へ進んで行った。


 伊丹は低木を利用して、人気の無くなった街の、ある施設を目指していた。

 観光客と地元住民で賑わっていたのがうそのように閑散とし、時々、車でパトロールするテロリストを見かけるだけだ。

 連絡橋でつながれていた宇宙港では人が右往左往しているだろうが、橋はテロリスト達に塞がれ、そちらの警察がやって来てはいない。この島の警察は駐在所程度で、真っ先に対処されたのだろう。誰もあてにはできない。

 伊丹は低木の陰で、辺りを警戒しながら、そう肝に命じた。

 教団グリーンハピネスの支部は頑丈そうな塀に囲まれ、門の左右にはライフルで武装した兵が立っている。門から入るのは論外だ。

 そっと身を隠しながら横へ回ってみる。路地になっているその道の中ほどに、ゴミバケツが置いてあった。隣の家の物だろう。伊丹はすきを窺って路地に滑り込むと、そのゴミバケツを塀際に寄せ、足をかけた。

 ガラガラガッシャーン。

 コントのようなおちがきた。

「何だ!?」

 声がする中、伊丹は、右を見、左を見、ひたすら焦ってパニックになっていた。

 と、その襟首を掴んでグイッと隣家の低木に引きずり込まれる。口を塞がれたまま目を向けると、那智だった。

そして那智は、ポイッと猫と魚のアラをゴミバケツのそばに放り出す。

 角から姿を現した兵は、猫とゴミバケツとアラを見て、

「何だ」

と言って、構えていたライフルを下ろし、戻り始めた。

 無言で那智が教団の裏側の道を指し、引っ張る。伊丹は引かれるがまま、そちらに移動した。

 と、後ろで

「おい!」

と声がして、那智に

「走れ」

と言われる。

 言われるまでもなく、後ろから撃って来る兵から逃れるように、必死で走って角を曲がる。と、ドアを開けた状態で車が止まっており、その後部座駅に那智に文字通り蹴り込まれる。

 次の瞬間には急加速で車が走り出し、「ぐえっ」とカエルのような声が出た。

 ようやく顔を上げると、運転席には萌香が、助手席には明良がおり、明良は携帯電話を耳に当て、地図を膝の上に広げていた。後ろのラゲッジスペースには、ゴーグルをつけてラジコンのコントローラーを手にした樹里と、周りに瓶や生卵を広げた加賀がいる。

「あのーー」

「舌噛むで」

 車は恐ろしいスピードで突き進み、タイヤをキュルキュルと鳴かせながら疾走する。

 追いかけて来た教団の車が、撃って来る。

 その車体の前に、加賀が瓶を投げつける。中味は油で、タイヤがスリップして、ゴーカートのようにぶつかり合いながら事故る。辛うじて抜けて来た車にはフロントガラスに生卵を投げ、やっぱり事故る事になる。

「右折」

 明良の指示で萌香が楽し気にハンドルを切ると、真っすぐな一本道に入る。

 と、前方の道端で、何かがふわりと浮き上がった。大型のラジコンヘリだ。

 この車が通り過ぎると、道の真ん中に出、追手を待つ。

 そして、フロントガラスにペイント弾を発射する。それで追手は視界を遮られて蛇行し、河に落ちた。

 もう一台は、急ハンドルを切って横転する。

「真っすぐや」

 アクセルを踏んで、前方の高架を潜り抜ける。右手から曲がって来た追手が高架の下に入ろうとする前に、ラジコンヘリが高架の下に取り付けた紐を足に引っかける。と、バサリと網が落ちてきて、中のパチンコ玉が路面にばら撒かれ、追手は急停止するか、パチンコ玉を踏んでハンドルを取られて事故るか、どちらかになった。

 こうして追手を無事に撒き、合流地点目指して、悠々とドライブをしたのだった。


 トラストのセイフティハウスのひとつだというそこに、潜んでいた。車は、すぐ近くの廃車置き場に隠してあった。

「どうしようとしてたのかな。場合によっては、助けるよ」

 加賀が、未だ車酔いで青い顔の伊丹に訊く。

「妹がグリーンハピネスに、おえっ、いまして、説得して、連れて帰りたい、と、うぷっ」

「ああ。水、飲むか?」

 見かねて氷室が水を渡す。

「はああ」

 一息ついた伊丹は、話を続けた。

「妹の幸子はグリーンハピネスの教義に感化されまして、地上に撒くウイルスの作成をしたんです。こんな不平等な世界は要らないと」

「元々世界は、平等ではないんだけどねえ。日本が割を食う側になって、急に気付くんだよな」

 氷室が皮肉っぽい顔つきで言った。

「でも、まあ、ウイルス散布は阻止しないとな」

「あそこにいるのはまちがいないんだな」

「はい」

「よし。作戦を立てないとな」

 皆で、ううむと考える。

 と、無線を聞いていた砂田が、声を上げた。

「米軍が動くみたいですよ」

 全員、無線に聞き耳を立てた。

 結果的に、海からの上陸は失敗。空からの潜入も、やりかけた途端に、衛星が一つ爆破されて、断念した。海中を潜ってというのも、失敗した。打つ手なしなようである。

「はああ。頼りにならない」

「俺達で、計画を阻止し、妹さんを奪還し、それから逃げるぞ。

 君たちはどうする。頼りになるけど、危ないからなあ」

「行きますよ、勿論」

「では、作戦会議といこうか」

 ニッと、氷室が笑った。





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