第8話 神々の狂宴 2

 カラオケルームのテーブルに、男女8人が着いていた。

 とはいえ、これは決して合コンではない。この宇宙港のあるインドネシアの小さな島でテロリストが蜂起し、外国人を片っ端から拘束しているのだ。この8人はレストランで食事していたアジア人種という括りらしく、白人グループは結婚式場に詰め込まれるのを見かけた。

「名前くらいは知らないと不便だし、自己紹介しようか」

 片側のソファの端に座る男が言って、まずは自分からと始める。

「氷室真之、トラストの社員だ」

 メタルフレームの眼鏡をかけた、クールなインテリという雰囲気の男だ。年齢は30前後か。

「加賀誠司、トラストの社員です」

 ガッチリとした、運動部キャプテンという感じがし、年齢は、氷室と同じくらい。

「砂田和夫です。トラストの社員です」

 小柄でニコニコとした、20代前半くらいの男だ。

「伊丹諒一。学生で、遺伝子工学を専攻しています」

 ジーンズにパーカー、デイバッグ。大人しそうな感じだ。

 そのまま向かい側のソファに移る。

「雨宮那智です。よろしく」

 那智が言い、「え、女?」という顔を、向こう側の4人全員がチラッと浮かべた。

「御堂樹里です」

 樹里は無表情で言う。

「桜庭萌香ですわ。よろしく」

 萌香がニッコリとした。

「都築明良です。よろしく。私らは学校は違うけど幼馴染で、大学出て卒業旅行に来てん。ちなみに、全員就職浪人やねん」

 明良がアッサリと言うと、伊丹が食いついた。

「やっぱり厳しいですか」

「そうやなあ。よっぽど選り好みせんかったらともかく、とにかくコネがあらへんと割のええバイトですらあらへんもん」

「そうですかあ」

 ガックリと伊丹は肩を落とした。

「卒業後はどうするの。御堂さんは自衛軍とか米軍とかからスカウトが来たでしょう?高校2年生から6年間ずっとチャンピオンだった逸材だし。

 それに雨宮さんも、日本拳法の学生チャンピオンだよね」

 氷室が言う。

「よくご存じですね。私は、実家の武術道場を手伝いながら修練を積むつもりです」

「私は・・自衛軍も米軍も、何か違うから。まあ、バイトかな。後、こんな風に賞金稼ぎかな」

 樹里はそう言って、炭酸のペットボトルをシャバシャバと振る。

「私はバイトですわね。その内、個人タクシーをやろうと思っていますの」

 萌香が言うが、あんまり雰囲気とマッチしていない。

「私はバイトやな。賄い付きのレストランとかで」

 明良がとても現実的な理由で答える。

 日本人学生の就職は、あれ以来氷河期どころの厳しさではない。絶対零度的厳しさである。

「これからどうなるんでしょう」

「就職?」

「いえ、今」

 砂田のボケを、伊丹は殺した。

「暗くなってもうたなあ。せっかくやし歌おか」

 言うや、明良はリモコンで選曲ボタンを押し、マイクを握る。

「え?いいんですか?」

「しーっ」

 砂田と伊丹を樹里が黙らせ、静かに待つ。

 イントロが流れ始め、そして、

「ああ 私の恋は南の風に乗って走るわ~」

「なにしとんじゃああ!!!」

 ドアを蹴破る勢いで、テロリストの一人が入って来、電源を落とした。

「せっかくなんで、テヘッ」

「大人しくしてろ!!」

 これが激怒だ、と言わんばかりの怒り方で怒鳴ると、荒々しく出て行く。

「イントロから約13秒半強」

 樹里が言うと、萌香が

「階段の踊り場にいたらそのくらいですわね」

と計算する。

 氷室が低く口笛を吹いて、キョトンとする砂田に、加賀が、

「音が鳴り出してどのくらいでどんな反応があるか調べたんだよ」

と解説してやる。

「へええ。あれ。ストップウォッチ?時計みてました?」

「そのくらいカウントできるでしょ」

 砂田が、樹里の答えにポカンと口を開いた。

「後、レストランでは英語やったけど、今の言葉と指の刺青は、モンモルトの人間やな」

 明良は、言語を研究する学部にいたのだ。

「モンモルトといやあ、新興宗教の本部だな。集落がまんま宗教団体になったんだったな」

「という事は、このテロは宗教テロか?」

「まあ、今の段階ではその可能性があり、だな」

 氷室と加賀がううむと唸っていると、伊丹が顔を青くした。

「大変だ。そのグリーンハピネスは、地球を汚した罪を償えといつも唱えてましたよ、校門前で。それで、執拗に遺伝子工学の学生とロケット工学の学生を勧誘するんです」

「きな臭いな」

 全員で、ううむと唸る。

 と、マイクを使った音声が聞こえて来た。


 我々は、神のしもべグリーンハピネスである。

 人類は奢り、この地球を汚すばかりでなく、神の住まう空の地にまで我が物顔で進出し、また、宇宙を汚さんとしている。

 これに神は、怒っておられる。

 我々はその意を汲んで、人類に鉄槌を下し、この地球をあるべき姿に戻さねばならない。

 金に執着する者、権威を振りかざして他者を踏みつける者を焼き、天に住まう者を蒸発させ、この地上に豊かな緑の大地を取り戻す。

 この島は我々が抑えた。もし攻撃するなら、衛星軌道からひとつ、ふたつと、衛星がこの地上に落下するであろう。脅しと思うならやるがいい。この地球は氷河期となり、ほとんどの生命が死に絶えるであろう。我ら正しき者以外は。

 まずは、ここの外国人から神の元へ帰そう。穢れた遊戯に身を落とした罪人である。

 緑豊かな大地を、神に。


 放送が終わり、8人はじっと考えた。

「ええっと、金に執着云々は経済大国かな。で、権威云々は主だった国で、天に住まうはコロニーの事か」

 加賀が言うのに、伊丹が頷く。

「演説とかでききました。その通りです。主要都市にミサイル撃ち込んで焼き払う気です。コロニーは、太陽光反射板で焼けばいいと。それから、ウイルスを拡散させて、植物を増やすらしいです。セミナーに参加したやつがそう言ってました」

「何か、どこからどうつっこんだらいいのかわからへんな」

 明良がぼやく。

「その前に、まず先に神の元に還される外国人って私達では?」

「これ、人種分けじゃなく、見せしめに殺す分ってことだったのか。日本人なら、うるさく強硬に出て来る政府がないから」

 那智の言葉に樹里が納得した。

「逃げよう」

 明良が、重いカラオケセットに手をかけて、ドアを塞ぐようにデンと置く。目を丸くして呆然とそれを眺める男4人をよそに、萌香と那智が、カーテンやコードをより合わせて、窓の外を確認してから外に垂らした。

「裏はプライベートビーチです。誰もいません」

「よし」

 8人は次々と、2階のカラオケルームから脱出した。

 



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