第7話 神々の狂宴 1
久々に地球、日本で休暇となった樹里達は、各々、自由行動で過ごす事にした。
「では私は、久しぶりに実家に顔を出して、稽古をつけてもらってきます」
雨宮那智、試験艦ツクヨミの管制担当だ。身長は185センチと女性にしては高い、スラリとしたハンサムで、髪はいつも短く、美青年に見える。格闘技は何でもひととおりこなす、接近戦のエキスパートだ。慎重で真面目な努力家、趣味はトレーニングで、備えにいくらでもかけることから、綽名は貧乏神。
「私は買い物に行って来ますわ」
桜庭萌香、ツクヨミの操艦を担当。身長は157センチ、肩の上までのボブカットが似合うかわいらしいタイプで、おっとりとしている。好きなものは戦隊ヒーロー。捨てられたペット、ホームレス、厄介事、何でも拾ってしまうので、綽名は疫病神。
「私は映画に行ってくるわ。恋愛映画フルマラソンっちゅうんをやってるらしいんで」
都築明良、ツクヨミの管制担当だ。身長は155センチ、天然パーマがかったショートヘアがキュートな印象だ。いつも明るい、関西弁のムードメーカーで、自称夢見る乙女。見かけによらず怪力で、数々の物を壊し、綽名は破壊神。
「じゃあ、私は本屋にでも行こうかな」
御堂樹里、戦闘機イシュタルのパイロットだ。身長は156センチでやや細身、背中半ばまでの黒いストレートヘアの似合う美人ではある。一般人にしては多くの事故や戦闘に巻き込まれ、それでもいつも生き残ったことからついた綽名は死神。高校から始めた、人気スポーツであるロボットでの疑似戦闘モビルコンバットで、大学を出るまで6年間学生チャンピオンだったのだが、ここでも「死神」の二つ名が付いた。
各々私服で宇宙港ロビーを歩いていると、
「あれ、御堂?」
と、すれ違った人物が声を上げた。
スーツ姿の同年代の青年だ。
見覚えが無い。
「鳴海哲平だよ」
「・・?」
「桜の宮大の」
「ああ、白い機体に桜のマーク」
「・・お前の記憶って・・」
「ごめん。樹里の記憶力って、何や残念やねん」
樹里を除く全員で、嘆息した。
記憶力そのものはいいのに、関心のない事にはとことん容量をさかないとでもいうのか、高校生に頃には毎日顔を合わせるクラスメートの名前すら覚えずに一年間を過ごしたくらいだ。
「じゃあ、ここで」
那智、明良、萌香が散ると、樹里と鳴海が残る。
「久しぶりだな。
暇なら、お茶くらいどうだ。最後の試合、負けた方がジュース奢るって言ってたのに、奢る時間のないままだったからな」
一方的に突き付けられた挑戦だったような気がするが、まあ、いいか。そう思って、樹里は近くの喫茶ルームまでついて行くことにした。
コーヒーを頼んで、落ち着いて相手を見る。それでようやく、思い出して来た。
「インメルマンターンからの急ダッシュでーー」
「だから、試合内容とかで記憶するんじゃねえよ」
「でも、集団戦でリーダーになった時は強かった。一番厄介なチームだった」
「お前はソロは飛びぬけてたな。チーム戦では、やり難そうだった。
今、何してるんだ」
「トラストにいる。そっちは」
「自衛軍でパイロット。そうか。てっきり自衛軍にお前も来ると思ってたのに同期にいなかったから、どうしてるのかと思っていたが・・。
何でまたトラストへ」
「まあ、色々とあって・・卒業旅行で・・」
樹里は、卒業旅行の事を思い出した。
深い、吸い込まれそうにも、自分が拡散してしまいそうにも思える宇宙空間。そこに、一辺2キロメートルの立方体がビームで描かれる。宇宙では上も下も無いが、便宜上、上の4つの角に当たるところには赤の、下の4つの角に当たるところには青のポッドが固定されていて、そこからフィールドラインが出ているのだ。
そして赤のポッドのひとつに赤い機体が、赤の対角線に当たる青のポッドに青い機体が着き、スタートを待つ。
ここから各機、赤は赤、青は青をグルリと一周して各ポッドにタッチし、し終えたら、相手を攻撃して落とすというのが、モビルコンバットだ。ペイント弾と実体の無いビームソードを使う他は完全に戦闘で、死なない戦闘として、各国の軍隊でも訓練に取り入れている。
フィールドラインを超えると減点で、急加速、急制動、急転換の腕が問われる。また、レーダーが無いので目視のみで相手を捉える事になり、いかに相手より早く見つけ、攻撃を躱すか。ここも見どころになる。
スタートの秒読みが開始される。5、4,3、2、1、0。
同時に両機がスタートを切る。
細かく、スラスターを調整し、機体を制御する。プラスとマイナスのGが繰り返し内蔵を揺さぶり、血流を翻弄する。一周回り切る前には意識を拡散させて敵機を捉えており、首を捻ってそれを視界から外さないようにしながら、まずはライフルで狙う。相手はこちらに機体側面を見せており、足にヒット。赤いインクがベッタリと付く。
腰を狙ったが、上手く躱された。
相手もこちらに向けて撃って来るが、移動をしていて、こちらはそこに既にいない。お互いに回り込むように、円を描くようにして近付いて行く。まるで、求愛のダンスだ。
2キロメートルなど、モビルドールにしてみれば一瞬で到達できる距離でしかない。お互いにライフルで狙い合うには近く、ビームの銃剣を出して、格闘戦に切り替える。
相手はこれまでの試合から、格闘戦が主流のタイプらしく、自信もあるらしい。前のめりになって、積極的にこちらへ突っ込んで来た。
それを正面から受ける気は無い。スイッと機体を下にスライドさせるようにして相手の背後に移動しながら、もう片方の足を斬る。続いて、背中を袈裟斬りにする。ビームエッジの当たった所は黄色のラインが付くので、満身創痍で持ち点0なのは明らかだった。
WINNER RED
実機の動きに合わせるように動き、体に巻いたエアクッションで圧力をかけるシミュレーターは、試合終了と共にエアが抜け、水平に戻る。そして樹里はコクピット内でスマホから優勝賞金の振り込みを確認し、ロックを外して扉を開ける。
「え?」
あまりにも予想外の光景がそこにあった。
シミュレーターでの賭けモビルコンバットを観戦しながら食事が摂れる観光客に人気のレストランは、決勝戦開始前は、一口だけ賭けて観戦する者、大金を賭けて祈るように観戦する者で熱気に満ちていたのに、銃を手にしたテロリストと彼らへの恐怖に満ちていた。
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