第4話 最果ての光 4
太陽がオレンジ色から白い自然光になる頃、那智がランニングから帰って来た。朝はランニングや型の稽古をするのが那智の日課で、その日課を済ませてきたのだ。
後から、ヒイヒイ言いながら警備員が走って来る。日課なのでどうしても走りたいと言った結果、警備員が一緒ならという事で辺りを走って来たのだが、那智のランニングについて来るのは簡単ではなかったらしい。
食堂で朝食を摂り、カール達との待ち合わせの為に玄関ホールで待つ。
と、昨日の少女が足早に出て行くのが見えた。スッと、それを追う。
少女が契約労働者の住居の方へ向かうと、小学生くらいの少年2人が建物の陰から出て来て飛びついた。
「姉ちゃんお帰り!」
「光太郎、望次郎。こっちまで来たら叱られるよ、あいつらに見つかったら」
「だって、心配だったんだもん。
それより、今日は採掘が休みだろう。姉ちゃんも休みなのか」
「姉ちゃんはお客様が帰るまではホール係だから。また、後で仕事だよ」
「うう。お客様がいる間は俺達仕事が休みで嬉しいけど、姉ちゃんは休みなしならつまんないな。なんだ。お客様はいい人じゃないのか」
「バカだなあ、望太郎は。いい人なんていないよ。ここにいるのは、俺達みたいに搾取されるやつか、するやつかだよ」
「わかんないよ、兄ちゃん。搾取って何?」
3人は話しながら、歩き去って行った。
それをしおに、玄関前に戻る。
「ランニングしながら見て回ったら、契約労働者の社宅には小さい子供もいるようですが、学校などはなさそうです。後、ある程度の年齢で、何かしらの労働をしているようです。生活水準は、高くはなさそうでした」
「今だけまずいのは隠せってか」
「暴いたろやん」
「ええ。見過ごせませんわ」
小声でボソボソと話していると、ハインツが現れた。
「やあ、おはよう」
「おはようございます」
「そんなところで、何か面白いものでも?」
「午前中の光は時差の調整にかかせませんもの」
「宇宙を飛び回っている人ならではの意見だねえ。成程」
一緒に並んで日に当たっているとカールとエリザが現れ、社員の案内で、現場へ出発した。
硬い岩だらけの地面に並んだ石は、イギリスのストーンヘンジを思わせた。直径は50メートル程度か。新しい穴を掘ろうとして見つけたらしい。
「祭祀跡かな」
「だとしたら、先に文明を持つ生命体がいたという証拠だから、ここから地球人は撤退の可能性も出て来るな。企業側も青くなるわけだ」
「どうでもいいわ、私は研究できれば」
三者三様の意見を言って、カール達は調査を始めた。色々な計測器をセットし、写真をとり、石やサークル内外の土を採取する。
その周りで、万が一に備えて、樹里達は警戒する。
一応この惑星には危険生物はいないという事になっているが、何があるかわからない。それこそ、これが知的生命体の痕跡で、ここを縄張りとしており、今にも、侵略者に対して攻撃をしてくるかも知れない。
初日は幸運にも何の危険もなくサンプリング等が済み、夕方前に、宿舎に戻る事になった。
船に戻って今後の準備をしたいと言って、樹里達はツクヨミに戻る。
うそではないが、それがすべてでもない。
目立たないように、ソッと、契約労働者の社宅の方へと移動した。
ボール遊びをする子供たちがいた。朝に見かけた兄弟だ。
「わ。私も入れてえな」
明良がサッカーに加わり、自然と、ゲームを再開させる。こういう対人スキルは明良が一番だ。
「こんにちは。ここの朝焼けはとても美しいですね」
見学のお母さま方に、那智が性別詐称的に話しかける。もう、ホストの手腕を持つ宝塚男役だ。
「ここではどんなものが流行っているのかしら」
萌香が少女達の間に入って行く。
対して、こういうのが苦手なのが樹里だ。元から、こだわれず、無関心、無感動。冷酷にして冷徹と言われたものだが、モビルコンバットを始めてから、コクピットではなるべく応答は簡潔にというのがクセになったのか、ますますそれに拍車がかかった感がある。おかげで、こういう時は、ぼーっとしているしかない。
今日もボーッとしていると、そばに、今朝の兄弟の小さい方が寄って来た。
「ん?」
「お姉ちゃん達は仲良し?」
「そうね。子供の頃から」
「ぼくも大きくなったら、お父さんと同じとこで働きたいんだあ」
「そう。そうなるといいな」
「うん。ねえ、ここで掘った鉱石が灯台になって、真っ暗な宇宙を照らすんでしょ」
「そう。いつもお世話になってる」
「へへへっ」
望太郎と呼ばれていた子供は、嬉しそうに笑う。
「学校は?」
「ないよ。大人とか姉ちゃんとかが字とか計算を教えてくれるんだ。ぼく、漢字も少し覚えたよ」
「そうか、それはいいな。本が読めたら、何かと便利だし、楽しいし」
「そうだよね」
また、ニコニコと笑う。
「どんなご飯が好きなんだ?」
「白いご飯」
訊き方が悪かったんだろうか、と思い、再度訊く。
「好きなおかずは何だ?」
「んー、卵焼き!」
「・・そうか。あれは、美味しいな」
「うん!」
そうこうしている内に他の男性契約労働者が気付き、慌てて彼らに家に入るようにと言って回る。
そしてこちらも、何事もなかったようにして、与えられた部屋へ戻った。
わかったことを、付き合わせる。
契約労働者は、安全性、福利厚生を無視した条件で働いている。
義務教育の筈の年齢の子供がいるが、学校はない。
賃金は、法定最低賃金を下回っている。
契約労働者の9割が、日本人である。
一人間として、見逃せない、通報すべき事でもあるが、とりわけ最後の項目は、トラストの隠し任務に関わることである。
トラストは確かに、一企業が国になったものである。
しかしそこには裏がある。日本はどうやってももうだめだと分かった日、一部の政治家、官僚、自衛隊幕僚は、それでもなんとか日本人を守る方法を考えた。それが、トラストの強引ともいえる建国だ。そして、密かに開発中だったツクヨミとイシュタルをトラストに開発トップごと移し、別の国に技術を渡さないようにした。そして、流出した、世界のバランスを変えかねない日本の技術を回収または破棄する事、困難な立場にいる日本人を助ける事を、全業務のトップに持って来たのである。いわばトラストは、水面下の日本政府の亡霊のようなものだ。
「明日にでも、本社に知らせましょう」
方針は決まった。
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