第50話

 一晩ゆっくりとし、朝久しぶりに土間に立つ。


 冷蔵庫の中を確認すると、まだ一日買い物はしなくて済みそうな程度に食材があり、ご飯をセットしてから卵焼きを焼き、ベーコンやウインナーを焼く。


 外の畑から持ってきたほうれん草はお浸しにして、鮭の切り身を焼き、準備が終わるとすぐに揚げを出して漆と琥珀を呼ぶ。


「今日からまた社に戻ってください。これ朝ごはんです」


 そう言って渡すと、饅頭が食べたかったのにと言いながらも社へと行ってくれる。


 退院したばかりだからと、朝の掃除は免除されているので、昼からの手伝いから雪翔が行くことになっており、既につけられた飾りなどを見に行く予定ではいる。


 屋台ももう骨組みはできているとのことで、街のあちこちに、『千年祭』とポスターが貼ってあるが、今回は夏祭りなどと違い、社の下の通りまで屋台が出ると聞く。


「おはようございます」


「おはようございます。栞さん、街のポスターって見ました?」


「ええ。神輿と神社が載ってましたよね」


「今日、昼から雪翔が手伝いに行くので、社まで見に行きませんか?栞さんの方の社の確認もしたいですし」


「はい。うちの狐達は大丈夫だと言ってましたが」


「行くとまた神気が高まりますから。離れすぎても良くないでしょう」


「分かりました。お昼には準備しておきます」


「あ、もう時間です!皆さん……えっと、隆弘以外起こしてきてもらえます?」


「はい」


 栞が起こしに行くのを見て、急いでご飯をテーブルに並べていく。


 お櫃に入れたご飯と、保温機に入れたお味噌汁。


 糠漬けを切っていなかったと慌てて出して切り、ほんとに少ししか離れていなかったのにと「年ですかねぇ」と言い支度を進める。


 朝食後、洗濯と掃除を済ませ、早く終わったからと栞の社へと行く。


「変わりはないようですね」


「たまに来てましたが、やはりここの空気は好きです。町は車などの匂いがきつくって」


「それは言えますね。ここは小さな森になっていますし、奥には小さいながらも公園があるでしょう?ここまで子供の声が聞こえてきます」


「元気に遊んでいる子を見ると、ホットします」


「何かして行くことはありますか?」


「いえ、特には。毎週掃除もしてますし、今は影がしてくれてますので」


「なら、町の様子を見ながら社へ行きましょうか」


 そのまま森を抜け自分の社まで向かう。


 通り沿いの電信柱に黄色い紐が巻き付けられていたので、屋台の範囲だろうと歩くと所々では骨組みの出来ているところもあった。


「こう言うのは場所とか決めてるんですかねぇ?いつも気になってたんですよ」


 歩道の両側に屋台が立つということはかなりの規模の祭りになるのだろうと考え、階段を登って行く。


「冬弥様、鳥居が……私にもはっきりと見えるぐらい大きくなってます」


「ほんとですねぇ。これ以上大きくなったら飛ぶのもかなりの妖力がいると思います」


 階段を登り切って境内まで行き、もう一度見上げる。一番上の方は見えないが天に突き刺すかの様な鳥居は前の900年の時と雲泥の差がある。


「うわぁー、これ飛べるのか?」


「俺もこんなのは見たことないな……」


「秋彪、玲……兄弟で何してるんです?」


「今、那智のところに行った帰りなんだよ。祭りが近いから悪いモノが結構出るようになってさ」


「岩戸の方は封じてあると思うんですけど」


「管理されてるだけで、居なくはなってないみたい。元々この辺りにいるモノが集まってきてる感じ」


「それと、仙様から伝言。病院に行ってていなかったからってこっちに伝言持って来たんだけど、千年祭にはあちらからも何人か仙が見に行くから頑張れって感じの伝言だったような……」


「そうですか。でも、伝言はちゃんと覚えてもらわないと困りますねぇ」


「細かいことは気にするなって。じゃぁ、俺はこの辺で」


「もう行かれるのですか?」


「鳥居の様子見に来ただけだから」


「俺も。那智はそのうち見に来るって言ってた。じゃぁまたね栞さん」


「あ、はい。お気をつけて」


「あわただしい兄弟ですねぇ。でも、人間の格好で来るのもまた珍しい。秋彪は海都のような恰好が多いですけど、まさか玲がスーツとは意外でした」


「那智様はよくスーツですよね?」


「ナルシストですからねぇ……。雪翔は神輿の小屋の中のようですね」


「私にはそこまでの気配はまだわかりませんけど。何か用事でもあったんですか?」


「いえ、何をしているのかなと思いまして」


「もしかして入れないんですか?」


「普段は入れるんですけど、節目の年は何故か入れないんですよ」


「私の所はそういった物がないので分からないのですけど、那智さんや秋彪君の所も入れないんでしょうか」


「彼らも500は超えましたから、次の千年までの一世紀ずつの祭りでは入れるはずですよ?那智は後300年後ですね」


「あ、なら私も同じぐらいの時期です!」


「その狐によって飛ぶ高さが違うとか、色々な説はあるようですが、飛べるといいですね」


「はい」


「栞さんは……」と自販機で暖かいコーヒーを買って渡して、ベンチに腰掛けながら、疑問に思っていたことを聞いてみることにした。


「飛んで仙になる話までは知ってますよね?」


「はい、そこから、仙の種類がいくつもあってお役目につくとか父から聞きました」


「社に出る狐と、妖街に住むものと、仙になる資格と種類がまた違うのも知ってましたか?」


「聞いてはいたんですけど、種類が多くて覚えきれず……」


「ですよね。私もなかなか覚えきれませんでしたけど、ああ見えて、父と兄は仙の端くれです」


「端くれだなんて……」


「冬の爺様も千年生きて仙にはなりました。なることは出来るんです。飛ぶということは、そこから更なる神通力、妖力が増す儀式だと思え。そう聞かされてきました」


「ですが、あちらの役人はこちらで言えば有名大学を出たエリートなので、お役人と言っても人間界で言う警察官のようなもの。警備は高卒。妖力や実技の試験がいかに厳しいとはいえ、努力をすれば仙の中でも高位の立場に居られる。最近は賄賂など使って地位を買うバカもいるようですけど」


「あのお大名様ですか?」


「まぁ、そうです。ならば、社の狐も試験でいいと思いませんか?」


「言われてみれば。ですが、そうするとただいるだけのお狐になってしまいます」


「天狐はどう決まるか知っていますか?」


「いえ、四人の仙様からなるのではないかと思ってましたけど、違うんですか?」


「滅多なことでは変わりませんから。それに今は天狐特有のご病気とあちらで聞きました。なので持ち回りで城にいるのだと言うのが有力情報です」


「天狐様は不老不死では無いのですか?」


「私もそう思ってたんですけどねぇ……なぜ我々が100年に一度飛ぶのか考えたんですよ」


「それは社を守るために必要な力をつけるためと聞いてますが」


「でしょうね。でも、それは昇格試験のようなものじゃないですか。私はこの千年祭で飛べた狐を見たことがありません。その先に何かあるのかと考えてしまうのですけど、答えは飛んで見なくては見つからないようです」


「冬弥様……」


「心配するようなことはありませんよ?まずは飛ぶことだけに集中しますから。でも、妖もたくさん増えてきてるようなので、蹴落としながら行くのは大変そうですけどね」


 ガラガラガラ___


 音がするほうを見ると、台車に乗せて神輿が出てきた。色を塗り直したのだろう。去年より色も細工も綺麗になっている。


「あ、冬弥さんじゃないか!どうだい?この神輿」と棟梁に言われ、栞を連れて近くに行ってみる。


「とてもいい彫り物も付けたんですねぇ。前よりも派手になってませんか?」


「まぁな。取り外しができるから、千年祭仕様ってところだね。この子も器用で結構任せた部分も多かったんだよ」と雪翔を指さす。


「役に立ってよかったです」


「うちに弟子入りさしちゃどうかね?」


「四月から高校生ですよ?アルバイトなら構いませんけど、雪翔次第ですねぇ」

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