第51話

 どうだい?と言われ、「学校に慣れてからでもいいですか?」と棟梁に聞く。


「構わねえよ。それに、力仕事じゃなくて、俺の意匠の手伝いをしてほしいから、手先が器用な雪翔なら、一番弟子に出来る」


「それって、自分でも好きなものが作れるようになりますか?」


「ああ、何だったかの専門になりてぇんだろ?色々知っておいても損はねぇぞ?」


「冬弥さん、あの……」


「構いませんよ?ですが、学業優先ですからね?」


「年は合わねぇが親父みたいだな……」


「下宿屋の主なので、口うるさくなるんですよねぇ。どうしても」


「いいじゃねぇか、若い女房もらうんだろ?親子にしか見えねぇよ」


「まだ先の話ですよ?それで、その神輿出してきてどうするんです?」


「中でできなかった作業を外でするんだけど、出しっぱなしにはできねぇしなぁ。倉庫の方も今バタついてるから、境内はしばらくただの作業場になっちまう」


 夜は中にしまうが、雨が降らない限り朝から夕方までは外での作業になるとのことで、屋台も明日にはすべて骨組みができ、上の幕も張るというので、楽しみでもある分、緊張感も増してくる。


 早めに雪翔が帰ってきたので、一緒に銭湯に行ってから、客間でお茶を入れて話をすることにした。

 栞には最初止められたが、聡い子だし、変に隠すよりいいとなんとか納得させ、雪翔に話を切り出す。


「入院してる時からの話なんだがねぇ……」


「はい。親のこと……ですよね?」


「そう。三日目にお母さんが来たんだけど、最初に狐に偵察に行かせたんだよ。それで、幾つか分かったこともあって。雪翔はどこまで知ってるんだい?」


「荷造りの時に、転勤じゃないとは……弟が新しい家って言ってて、引越し先だと思ってたんですけど、処分するものが多くておかしいなって。最初はそれだけだったんですけど、学校も必要な手続きだけで後は僕がしたし、父はほとんど帰ってきても早く下宿にいけとしか言わなかったから……」


「気付いてたんですか?」


「はい」


 そうですか……と腹を括りすべてを話した。

 それでもしっかりと前を向いていたが、今の親の状況を知り少しづつ顔が曇っていくのも見て取れる。


「今、雪翔の戸籍や住民票は全てこちらに移してあります。ただ、年齢的にも雪翔の許可がないと私では親にはなれませんし、あなたのご両親がしたことは犯罪に近いと私たちは思っています」


「犯罪って……」


「今は子供の面倒を見ないだけで厳しい世の中です。お金を払って下宿に厄介払いをし、卒業すれば就職してアパートを借りて一人で生活していく。君のご両親はそれを望み、入院しても行くことさえ拒んだ。さらに、新しい家に迎え入れることがあるのかと尋ねると、無いと言い切った。それがどういう理由か分かっているはずです」


 しばらくの間下を向いていたが、「僕は……」と少しづつ話し出した。


「本当は知ってたんです。人には言わなかったけど、みんなに見えないものが見えたりするから、それを見てる僕を母が気持ち悪いって思っていたりとか、弟と遊んでいても引き離されたりとか。だから僕はお婆ちゃんといつも一緒にいて、逃げてたんです」



「今も帰りたいですか?」


「ここに来ることになって一番喜んでいたのは母です。でも、本当はもっと前から家を出たかったのは僕の方なんです。ここに置いてもらえませんか?アルバイトでも何でもしてお金は稼ぎますから」


「あ!その倒産させたお金なんですけどねぇ。いきなり銀行に入れると不審がられるので、私が預かってるんです。三億と少しですけど」


「さ……三億!?」


「ええ。金庫に隠してあったお金と会社や家の預金分すべて降ろしてもらいましたので。ですが、家は残しておきましたので、今は売って安いアパートを借りて三人で仲良く暮らしていますよ」と借金地獄になっていることは伏せる。言えばお金を返して元の生活にと言い出すだろうし、そんなことをすればまた同じことの繰り返しをするだろう。


「このお金なんですけど、ここに置いておくのも怖いので、私たち狐の世界と言えばわかりやすいと思うんですけど、妖街にある、ここで言う銀行の様なものがありましてね、そこに預けてきました。もちろん人間界でも引き出し可能なカードがありまして……どの銀行からでも下せるようになっています」と一枚のカードを渡す。


「こんな事が出来るんですか?」


「ええ、かなり昔からやってますよ。それに、長く生きるという事は、だんだん老けさせて、死んだようにも見せかけないといけませんしねぇ。だからこの下宿も父から受け継いだものと思い込ませたり、そう見せかけたりするんです。それに、人間界には妖だけでなく色々な方々が来てますから、それなりの専門の者も居るんです」


「あの、でもそんな大金は……」


「あなたのご両親は、三年分の家賃を私に。毎月の生活費十万円を三年分あなたの口座に支払っていかれました。今後は三億の口座は私が預かり、学費や必要なものを買う時に支払うのに使わせて頂くというのはどうでしょう?もちろん明細も渡しますし、信用してくれるならの話なんですけどねぇ」


「それでいいです。でも、大学を出たらやはりここから出ないといけないんでしょうか?」


「私の子になれば出ていかなくても問題はないですし、隣の私の家の横に離れを作ってもいいです。そのぐらいの蓄えはあるので」


「今はなれないんですよね?」


「普通に手続きすればなれません」


「でもその方法はあると聞こえるんですけど」


「あります」


「手続してもらえませんか?」


「雪翔君!冬弥様も……」


「何です?子連れは嫌ですか?」


「違います!そんな簡単に決めていいのですか?人の子は私たちが生きるそれとは違います。雪翔君もそれを分かって言ってるんですか?」


 そう言う栞に雪翔は笑顔をみせ、はい!と今までで一番元気な声で返事をした。


「ここに来た時に、僕、なぜかホッとしたんです。だから冬弥さんの子供になれたら幸せになれるだろうなって思うんです。お父さんとは呼べないですけど……」


「え?呼んでくれないんですか?私は授業参観も文化祭も行きますよ?雪翔の父として」


「でも、年齢が合わないっていうか……」


「養子だから合わないのは仕方ないでしょう?あ、面倒なので苗字はそのままにします?私は構いませんけど、お婆さんの名でもありますからねぇ」


「妖街の父上に何と言われるおつもりですか?」


「え?子供を育てる?ですかね?」


 あきれる栞をよそに「父と呼んでくれ」と迫り雪翔で遊びながら、朱狐と青狐を呼びだす。


「一度私の子になれば、親子関係は切る事が出来ません。それでもいいですか?」と最終確認し頷いたのを確認してから二匹に手続きに行かせる。


「さて……今宵の夕餉は何にしましょうかねぇ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る