第28話
ひとまず人参とジャガイモの皮むきを雪翔に任せ、玉ねぎを切り、豚バラ肉も適度な大きさに切り分けておく。
皮をむいてもらっている間に、米を研ぎ炊飯器にセットしてから、人数分の鯵を出す。
「音々さん、野菜くらいわかりますよね?」
「当たり前ですっ!」
「では、裏の畑から小松菜を取ってきてください。三束あればいいです」
やっと仕事が出来たと思ったのか、ガラッと戸を開けて引いてきたものは、チンゲン菜だった。
「音々さん……これはチンゲン菜。小松菜はほら、あそこに見える葉です」
「え?」
「覚えていってくれたらいいです。明日は必ず朝に小松菜二束ですよ」
「はい!」
「こんなにどうしましょうねぇ」
チンゲン菜も一口大に切り、ごま油で竹輪と炒めて塩炒めにすればいいだろうが、量が多いので新聞に包み野菜室へと入れる。
別の鍋で玉ねぎ豚肉人参ジャガイモをすべて入れて煮込み、灰汁だけ取ってから出汁、醤油、酒で味付けする。あまり甘いのは好きではないし、野菜からも甘みが出るので砂糖はあまり使わない。
人参が柔らかくなったら芋も程よく煮えているので、最後にこんにゃくを入れてひと煮立ちさせ火を止める。
「雪翔、音々さんを連れて先に銭湯へ行ってください。客間の押し入れの中に、洗面器やバスタオルなど有りますからそれを渡してください」
「わかりました。音々さん待っててくださいね」
雪翔が準備をしに行ってる間に、銭湯まで行かなくてはいけないのかと言われたが、「人と同じ生活が出来ないのなら、社に戻ります?」と言うと、嫌だと観念したようで、戻った雪翔に連れられて銭湯へと行ってくれた。
「桜孤、彼女の狐は?」
「かなり良くなりました」
「そうですか……」
「はい。那智様の時とよく似た匂いがしましたから、薬湯があればと思います」
裏の雑草が密集しているように見えるところが、一応プランターで育てている薬草なのだが、葉を少しだけ取って細かく刻んでからすり潰し、他にも乾燥させてあった葉を混ぜて薬にする。
匂いはないがものすごく不味い。
みんなが帰ってきたので、銭湯へと行かせて魚を焼き出す。
練り梅と大葉を出し、大葉は細かく刻んで梅と混ぜ、豚バラ肉を二枚ずらして置いた上に薄く塗り、とろけるチーズを置いて少し斜めに巻いて塩コショウ。
フライパンで揚げ焼きにすれば梅じそのチーズ巻きの完成。
「お腹すいたよー!」との声に、みんなに手伝ってもらい机に料理を並べ、焼いた魚を運んで行ってもらう。
手抜きの肉じゃがと、鯵、チンゲン菜のごま油炒め、豚バラの梅しそチーズ巻き。
酒を徳利に入れて火鉢の上のふちに置いて、もう一本の徳利から御猪口に入れて飲みながら、魚をつまむ。
「音々さん、食が進みませんか?」
「そんな事は……こんなに沢山の人と食べるのが初めてなので」
「そのうち慣れますよ。膳が慣れないなら机でもいいですよ?」
「お膳でいいです。それにしても、あんなに沢山ある料理がこんなに早くなくなるなんて……」
「毎日ですよ?見ていると面白いものです」
「そうですか?」
酒を呑みながら食事を済ませ、各自で洗うようにしているからと音々に告げて自宅へと戻る。
囲炉裏の前で横になりながら残りの酒を飲み、狐達にいくつか用を頼む。
「
水孤が消えてから、桜孤に腰をもんでもらい、家事を橙孤に任せ、のんびりと過ごす。
「明日は忙しくなりそうですねぇ。音々さん」
「バレてました?」
「当たり前です。変な誤解を招きたくないので、夜は大人しくしていてほしいのですが」
「明日の事なんですけど、社を取り返したら私は出ていかなくてはなりませんよね?」
「そうですねぇ。私はこの敷地の社の狐なので離れているわけでは無いのでいいんですけど、音々さんはまだ長く離れるわけには行かないでしょう?」
「それはそうですけど……」
「お昼に戻っていればいいでしょう。まだ治り切って無い様ですので、治るまでは下宿でいいですよ。明日小松菜二束です。忘れないでくださいね?」
「ちゃんと覚えてます!ただ、野狐や悪狐は何度も社を襲うと聞いたので」
「その様ですねぇ。我々が結界を張るので入れないようにはしておきますけど」
「怖いんです」
「怖がっていたらいつまでも戻れませんよ?」
「分かってますけど……」
「とにかく、休んでください。まずは治すことが先決です。あなたも、千年祭で飛ぶのでしょう?」
「はい、まだまだ低いですけど自分の社の鳥居を飛びます」
「ならば尚更治してください。あなたの社も大事な場所ですので、守護の狐がいなくなると困るんです」
一通り話を済ませ、明日は任せてくれたらいいと伝えて部屋へと帰す。
ゆっくりと睡眠をとり、土間へと行くと小松菜がちゃんと二束茎を水につけて置いてある。
表の玄関を開けると「おはようございます」と音々が掃き掃除をしていた。
「雪翔君は宮司さんの朝のお手伝いに行きましたけど」
「朝食には帰ってくると思いますよ。その後また手伝いに行くんですけど。私は朝餉の支度をしてきます。終ったらお茶でも飲んでてください」
「私もお手伝いを……」
「運ぶのを手伝ってくれたらいいですから」
それだけ言って台所へと戻り、いつもの様に米を研ぎセットしてから、味噌汁や卵焼きを作っていく。
小松菜を揚げと一緒に炒め、軽く醤油をふり小鉢に盛る。
平皿には卵焼きとウインナー、納豆も人数分出して音々と机に並べ、二つのお膳を火鉢を挟んで二つ置く。
「ふふっ、何だか夫婦みたいですね」
「何を馬鹿なことを言ってるんですか……皆さんを起こしてきてください。このボードを見たらわかる様になってますけど、朝に丸が振っていない子は起こさなくていいです。今日はみんな朝からの様ですから、全員の戸を叩けば出てくると思いますので」
分かりましたとみんなを呼びに行ってくれるのはいいが、パタパタと忙しなく、見ていて少し疲れる。
「冬弥様もお年ですか?」と水孤に言われ、そうかもしれませんねぇ。と返事を返す。
「冬弥様、海都君が起きないんですけど……」
「また漫画でも読んで夜更かししていたんでしょう」
「冬弥様のお部屋にも有りましたけど?」
「今、賢司から借りてるんですよ。面白いからと……でもあの話しは薬屋の店主そっくりなんですよねぇ……」
「何か?」
「いえ、起こしてきます」
鍵はついているが、掛けるものは誰もいないため、勝手に入って布団を引き剥がして起こす。
「寒いよー!」
「起きてください。遅刻しますよ!」
部屋はあんなに綺麗に片付いていたのに、またマンガが散乱していて、お菓子の袋まで机に放り投げてある。
「全く……帰ったら掃除ですよ?はい、顔洗って着替えてください。ご飯冷めますよ!」
「起きるよ……冬弥さん、段々とかぁちゃんみたいになって来てるよ?」
「起きないからでしょう?早くしないと卵焼き無くなりますよ?」
「それは嫌だ!」
やっと起きて支度をしてご飯を食べるものの、出かける時間ぎりぎりまでお代わりをして食べる姿は、朝から見ているだけでお腹がいっぱいになる。
「あ、今夜なんですけど誰か早く帰る人います?」
「僕、夕方には帰ってきます」
堀内が手を挙げてくれたので、今夜出かけることを告げ、戸締まりだけ頼むことにした。
ボードには2人がバイトと書いてあったので、裏から入ってくれるように頼み、膳を下げて洗い物を始める。
「いってきまーす!」
「気を付けるんですよ!」
「はーい」
毎日のやりとりだが、言われて見ると母親のようだなと思い、一人でつい笑ってしまう。
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