第25話
「離していただいてもいいですかねぇ?」
「あの、ごめんなさい。私ちゃんと人の姿に見えてるんですね?」
「見えてますよ?うちの前で倒れてたんです。配達の車に轢かれなくてよかったですよ」
「すみません……」
「あなたが狐という事は分かっていますが、野孤……では無さそうですね?」
「はい。前に冬の神社のお爺様に、困ったことがあればここへ来たらいいと言われ頼ってきました。私は、ここの東風神社と夏風神社の間にある小さな神社の狐でした」
「でした?」とピクッと耳が動くのがわかる。
大きな社と社の間にいくつか小さな神社もあるが、全てを把握している訳では無い。
しかも、皆がみんな姿を見せるものばかりではないからだが……
「那智様のところが近かったのですが、噂で冬のお爺様が亡くなったと聞き、那智様も臥せっておられると。うちの小さな社も母が亡くなり、私がそのまま選ばれたのですが、先日襲われ……対応するも妖力が野孤にさえかなわず。珠だけ持って逃げてきてしまいました」
「それでまだ三本ですか……」
「はい。次の祭りで飛べば増えると頑張ってきたのですが……」
「とにかく話は明日にしましょう。粥が出来たようです。食べてください」
タイミングよく雪翔が粥を運んできたので、紹介する。
「あなたも見えるの?」
「も?って他にもいるんですか?」
「ええ、もうお亡くなりになられましたけど、お婆さんが」
「多分血縁ですね。雪翔の祖母でしょう」
「申し遅れました。私は
「おばあちゃんだ……」
「冬弥様、ご無礼を承知でお願い致します。私をここに置いてくださいませんでしょうか?なんでも致します」
お辞儀をされるもここは男所帯。かと言って啓示のあった社に戻れとも言えない。さて、どうしたものか……
「食べながら聞いてください。ここは下宿屋でして、男所帯です。流石に女性の方は……」
「冬弥さんの家は?」
「夫婦でもあるまいし……社には守りがいますからねぇ」
「そこを何とか……」
声が大きいのでみんなが寄ってきて、泊めてあげろだの、冬弥さん冷たいだのさんざん言われ、まずは傷が治るまでこの客間にと言うことで収まった。
「あ、狐と知っているのは雪翔だけです。私の家は下宿の横です。今夜は"月"が綺麗ですからねぇ。このような日は寒いですが月を見ながら酒を飲むのも良い日ですね」と暖かくして寝てくださいと言って襖を閉める。
深夜、縁側を開けっ放しにしておいて、囲炉裏で煙草を吸いながら酒を飲み、月を見ていると、やはり音々がやってきた。
「どうぞ。寒いので閉めてください」
「私はここで……」
「いいですから。あの言葉がわからなかったら私が凍死しているところでした。どうぞ」
お邪魔しますと囲炉裏の前に来るので、やかんから急須にお湯を入れて暖かいお茶を出す。
「流石に酒とは言えませんから」と銚子から注ごうとすると、私が……と行ってくるので手で制す。
「一つ伺いたいことがあります。あなたの影はその一匹のみですか?」
「残ったのはこの子だけです。出てきなさい、
「これは、あなたの親代わりですねぇ」
「はい。みんな逃げろと守ってくれて……社自体は無事なんですが、
「片付けるのは簡単ですよ?でもその後またあなたが社で守らなければいけないのに、眷属が居ないと小さくとも守りきれないでしょう?」
「はい……私が社に戻れないとなると、どうなるのかご存知ですか?」
「新しい狐が選ばれるでしょうが、あの地の社には守がいります。爺さんと仲が良かったのなら聞いているでしょう?」
「詳しくは分からないこともありましたけど、大体は把握しております」
「爺さんの所は尾の部分。この社は頭の部分、秋彪と那智の社は左右の手と言えばいいでしょうか。そしてあなたの所は胴の中心なんですよ。それを我らが鎮めていると言ってもいいのですが、そこの社を任されるのであればそれなりの力があるはずなんですよねぇ……」
「それなんですが、まだ未熟なので少しの防御しかできません。攻撃は風や雪を操りますが、得意とするのは、治癒なんです」
「秋彪と面識は?」
「ありません。
「それ、かなり古いですよ?しばらくここに滞在するとしてですけど、守っていただきたいことがあります」
「姿を見せない……ですか?」
「いえ、人のように振る舞い、力は絶対に使ってはいけません。今、あなたの社を見に影に行かせています。爺さんも殺されました。この土地を狙ってるものが那智をも操ってしまいましてねぇ。明日術を解きに行くのですが」
「私にそのような話をされていいのですか?」
「構いませんよ?あなたが敵でも味方でもね」
「味方でございます!冬弥様、私の事は音々とお呼びくださいまし。この静も同様に使っていただいて構いません!」
「ふふふっ。面白い……」
「わ、笑うなんて酷いです」
「いえ、とにかく明日は、もう調子はいいが、大事をとってしばらく居るとみんなに伝えましょう」
酒がなくなったので、取りに行こうとしたら、眷属の静が運んできてくれた。
「おや、気が利きますねぇ。この徳利に入れておくれ。火の横に置いておくと丁度いい温度になる」
「私もなにかお手伝いを」
「客人扱いの間はいいですよ。兎に角、社をなんとかしないといけませんからねぇ。他に手がないこともないのですが……」
「何ですか?」
「いえ、とにかく今日は休んでください。人間の服も日用品店の奥さんが持ってきてくれましたので、それを着たらいいと思います」
「着替えさせてくれたのは……」
「私ですが、なにか問題でも?」
「そ……そんな……見ましたよね?」
「ええ。服が汚れてましたので」
「お、お嫁に行けない……」
「そのうちいい人が現れますよ?」
「肌を見られたものと婚姻をと母に言われてきました。冬弥様、私を妻に!」
「嫌です」
「独り身でいろと?わ、私……諦めませんから!そ、それと社のことは別でお願いします」
行くわよ静!と出ていったのはいいが、大人しいと思ったらとんだお転婆を拾ってしまったらしい。
しかも肌を見られたら等とかなり古いしきたりの事を言う。
今はそのようなしきたりはもうないものと思っていたのだが。
話の内容的におかしな所はないように思えるが、何かが引っかかる。
それが何なのかがよく分からなくてスッキリしないのだが……
軽く酒を飲んでからそのまま影が戻るまでうとうととする。
「冬弥様」
「あぁ……どうでした?」
「あの女狐の話通りでございました」
「音々と呼びなさい。それで?」
「社の中で宴会を。外にも沢山居まして、数は五十程はいるかと」
「野狐達の宴会ねぇ……さぞや楽しんでるんでしょうが、それも明日までですね。見つからなかったですか?」
「もちろんですとも!それに、野狐と悪狐ばかりでしたが、違うモノも沢山いました」
「ご苦労だったね。明日はみんな働いてもらうから、一日ゆっくりしておいで」
「琥珀様と漆様はどうなさるのです?」
「置いていきたいけど、来ると言いかねないだろうねぇ。代わりに誰か置いていくよ」
「では……」
影に戻ったのでそのまま布団に入って眠る。
いつも通りの時間に起きて身支度を整え、温室や畑を見てから土間へと行くと、音々が米を竈で炊いていた。
「寝てなくていいのですか?」
「血も止まったので大丈夫です。少しまだ腕が痛いですけど」
「米は炊飯器で炊いた方が早いです。竈のが美味しいのはわかってますが、それでは朝は良くても夜は足りません」
「そんなに食べるんですか?冬弥様」
「下宿人ですよ」
「おむすび三つでは足りないんですね?」
「三倍はいるでしょうね……あとは私がやります」
「いえ、女である以上、旦那様にそのようなことはさせられません!」
「結婚しないと言いましたけど?」
「必ずしていただきます!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます