第22話

 姿を消し走って暫くするとビルが立ち並んで居たので、路地に入って姿を現す。


 教えてもらった目印を探すより前に、一つのビルの看板に目が止まる。

 他の看板よりかなり小さいのだが、目立って見えるのはあの店主の人外の者への配慮かもしれない。


『天満堂薬店→』矢印の横には何故か鍋マークが付いており、その鍋がどうしても梅壺に見えて仕方ない……


 矢印の通りに歩いていくと、大きいビルの横に小さな店がある。


「ここですか……」


 戸を開けると、見たことも無い妖がカウンターに居たので声をかける。


「電話した者ですが」


「はい、こちらへどうぞ」


 案内され、隣の扉を開けてもらい中へ入ると、昔の商店街時代を思い出す作りとなっていた。


「来たか。久しぶりじゃないか」


「ええ、それにしてもよくこんなところに作りましたねぇ」


「人外のやつも飲みに来るからな……で、粉は?」


 これです。と、懐から出して渡す。


 袋を開けるなり「くっさ!」と横にいる男性に投げ渡している。


「あ、ユーリさん駄目ですよ?そんなに近くで嗅いだら……」


 言うと同時に匂いを嗅いでしまったユーリさんは咳き込んで口を覆い、店主の目の前に袋を戻す。


「だから言ったのに……それでどのくらいかかります?」


「まずこの匂い、意識を一時的に奪うものだろ?」


「その様ですねぇ。で、この巻物の術を使ったらしいんですけどねぇ……むやみに解いて良いものか、薬のことを詳しく知りたかったんですよ」


「誰がやられた?」


「那智ですよ。ご存知でしょう?」


「ああ、あの生意気な奴か。一度腕を治したことはあるが、小煩い奴だった」


「気位だけは1人前ですからねぇ」


「明日はここに居ないんだ。明後日に来てくれるか?」


「分かりました。巻物も預けましょうか?好きでしょう?」


「これでお代はチャラにしてやる」


 ニヤリと笑う店主は珍しい書物や、術など種別に拘らずに弱い。


 今まで高い薬代を取られなかったのは、貸しても問題のない古くからの書物を貸したりしているからだが、薬の効き目は面白いほどに効く。


 これで姫という肩書きが付いているからさらに面白いのだが。


 それはいつも口に出さず黙っていることにしている。


 お願いしますと部屋を後にし、下宿まで一気に駆ける。


 夜ももう遅い。明日の朝餉に間に合うように少しは仮眠がしたいものだ。


 この一月が終われば卒業でまた一人下宿を出ていく。後一人確保したいものだが、今年はいい子供が少ない。


 家に着いて仮眠を取ってから、いつもの様に鶏小屋から玉子を貰い、温室から必要な分の野菜をもぐ。


 木のボウルにサラダを作り、カニカマを混ぜ、オリーブオイルにレモンを搾り、塩コショウして混ぜたものをかけておく。


 玉子焼きが面倒だったのでハムエッグを作り、皿にウインナーと一緒に乗せ、パンを机に置く。


 全ての準備が出来たところで、いつもの様にみんなが起き出し食事を始める。


「皆さんちゃんとボードに書いてから出かけてくださいよ?」


 それだけ言い、お茶を飲む。


「食事が終わったら、宮司さんのお宅に挨拶に行きますよ?」と雪翔に言い、支度ができたらここに来てくれと言って、みんなを学校に送り出す。


「支度できました」


「では行きましょうか」


「でも、ご挨拶に何もなくて……」


「気にしなくていいですよ?たまに、色々と頂くのですが、こちらの温室の野菜も分けていますので問題ありません」


「そうなんですか」


「では行きましょう。この土間から出ると近いんです」


 土間の入口から出て道なりに行くと、宮司の家に着く。

 その前に社や社務所があるのだが、玄関から出ると鳥居から階段を登り、裏に回ることになるので遠回りになってしまう。


 ピンポン


 チャイムを鳴らすと、はーいと小さな子の声が聞こえてくる。


「あ、とーやお兄ちゃんだ!おかーさーん」


 パタパタと奥に走っていき、宮司の奥さんが出てくる。


「おはようございます。宮司はまだこちらですか?」


「ええ、ちょっと待ってくださいね」


 宮司を呼びに行っている間も、雪翔は緊張しているのか、後ろから出てこない。


「おや、冬弥さん。どうかされましたか?」


「おはようございます。実は、昨日越してきた子がいましてねぇ、卒業式までこちらで暮らすんですが、遊ばせていても行けないと思いまして……ほら、ご挨拶して」


「は、初めまして。早乙女雪翔です!」


「初めまして。高校は坂の上の?」


「はい。春から1年生です」


「じゃあ、合格したんだね。おめでとう」


「あ、ありがとうございます」


 と、カチコチのお辞儀をしている。


「それで、お邪魔にならないようにしますので、この子に掃除などでもいいので、お手伝いなど午前中だけでもさせて上げてもらえませんか?」


「いや、でもまだ働ける歳ではないしね」


「家の手伝い的にでいいんですがねぇ」


「そうだね、千年祭も近いから何かと忙しいし、手伝ってくれるかい?」


「はい、宜しくお願いします」


「では、今からでも使ってあげてください」


「お昼には下宿にお返ししますね」


「ええ。雪翔、色々と教えてもらいなさい」


「はい。お昼からは?」


「雪翔くん、午後からは勉強しなさい」


「は、はい」


「では宜しくお願いします」


 雪翔を宮司に合わせ、手伝いの了承も得たので、千年祭までの事など宮司がおしえてくれるだろうし、その他の事は昼から毎日教えていけばいいだろう。

 そう思い、一度自宅に戻ってから表に出て、買い物へと出かける。

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