第3話

 下宿に戻ると既に食事の支度も片付けも終わっており、後は並べるだけで済むがまだ時間が早い。


 今日の夕餉の刺身をどうしようかと考え、夕方に電話して魚屋に配達に来てもらえばいいかと、大根のツマを切って水に晒しておく。

 数度水を変えておけば苦味もなくなるので、夕餉の味噌汁用にも短冊に切っておき、違う容器に入れて同じように水に晒す。

 水を変えれば冬場であれば二三日は持つのでたまに用意はしておくのだが、この50年でだいぶと手際も良くなり中々しなくなってしまった。


 夜のサラダ用にと、畑へ水菜を引きに行き、ザルに乗せて茎の部分を水につけておく。

 キュウリは一度斜めに切ってから、4等分に縦に切り、トマトも種を抜いて1センチ画に切る。

 揚げを適度な大きさに切ってから空焼きし、冷ましている間に水菜の泥を落とし、3センチ程に切って全て盛りつけ用の大鉢に入れる。

 軽く塩コショウ。マヨネーズとフレンチドレッシングを7:3の割合で入れて混ぜると出来上がりなのだが、この配分は芋サラダ……ポテトサラダにも使っている。

 マヨネーズが固まらず、滑らかになるのでまた足して混ぜる必要も無い。


 ラップをして冷蔵庫に入れてから、煮物を作ろうと麻袋からじゃがいもを取り出していると、何人かが起きてきたので、朝餉を温め直して机に並べていく。


「皆おはよう。顔を洗ったらご飯だから、他の子も起こしてきてくれるかい?」と言い、準備を進める。


「みんなで揃って食べるのは久しぶりだねぇ。今日はまっすぐ帰ってきて下さいよ?」


「分かってる。俺は三時くらいには帰れるから、雨樋はその時に直すよ。工具箱って何処にある?」


「出しておきます。私の家の方にあるので。はしごはこの裏にありますけど、気をつけて使って下さい。海都は使いを忘れないで下さいよ?」


「分かってるって」


 各々支度をし、行ってきますと学校へ向う。

 この下宿から高校と大学は歩いても20分から30分もあれば着く。

 なのでみんな歩きだが、坂道がきついので誰も自転車で行こうとは思わないらしい。


 洗い物と洗濯を終え、少し休もうと自室へ戻ろうとしたら電話が鳴った。


「はい、下宿屋 東風荘です」


「あの、チラシを見てお電話をさせて頂いたのですが。今年一年生になる息子がおりまして、部屋が空いているかお聞きしたいのですが」


 すぐにあの子供の母親だとわかり、ついニヤッと笑ってしまう。


「空いていますよ。チラシの通りですが、一度見に来られますか?」


「ご都合の方は?」


「昼間ならみんな学校に行っているのでいつでも構いませんが。明日でも良いですよ?」


「では、息子を連れて明日の13時にお邪魔します。その場で決めても構いませんか?」


「ええ。ですが、この下宿は不動産を通してませんが、敷金礼金が3ヶ月分ずつ掛かります。家賃5万円ですので、30万掛かりますが、綺麗に使っていただけたら、敷金はお戻ししますので」


「はい。入学前からでもと書いてありましたし、転勤で離れたところへ行くのですぐに決めたいと思っていますので。明日宜しくお願いします」


 明日の約束をし、電話を切る。

 引越しは午前中だから、開いたままの部屋は見せれるが、もう1人卒業の者もいるのでなんとか埋めたいものだ。


 そのまま魚屋に電話し、刺身用にといくつか注文する。


 何故だか、商店街の人達は私の事を体の弱い人と思っているらしく、下宿屋も神社の敷地内にあるため、色々と配達をしてくれるので、有難くお言葉に甘える様にしている。


 たまに子供たちに酒屋や八百屋など帰りに買いに行かせるが、日用品なども纏めて軽トラックで持ってきてくれるので、助かっている。


 体が弱いと思われているのは、着流しの着物が地味なものを着ていたため、寝込んでいるとでも思われたのだろう。


 たまに生活がきつくないかと聞かれることもあったが、野菜は農家の子供たちの家族が送ってきてくれるし、下宿を出てからもたまに送られてくる。

 家賃が安い分どうぞと貰うため、米や野菜には困らないし、季節の野菜は裏庭で作っているし、ハウス栽培で年中夏野菜も採れる。


 買うものは殆どが日用品と肉と魚位のものだから、やりくりには全く困らない。


 明日、あの子供はこの下宿に決めるだろう。1人が高校卒業だから、一人だけ入れればいいと思っていたが、一部屋空いてしまうと食べ盛りの子供たちに食べさせる肉代に困ってしまう。


 ひとまず昼寝をと部屋へ戻り、囲炉裏の前でうたた寝をする。


 ピクッ__


「誰か来ましたねぇ……」


 すぐに神社へと行き、木の上から様子を伺う。




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