第3話 趣の宿で金縛り
…という訳で、親と子とそれぞれ夕方まで観光を楽しんで、京都市内の鴨川べりの旅館で家族が落ち合ったのは日暮れの茜色に古都が染まる頃でした。
「…憧れの京都の街はどうでしたか?」
宿の和室に寛ぐと、私はさっそくフミに訊いてみました。
ところがフミは不機嫌そうに答えたのです。
「勝手にお父さんがセカセカ先に行っちゃうから、私はもう付いて行くのがやっとだったよ!…ゆっくり観ようと思うと、ヨシッ、次に行くぞ!ってサッサと歩いて行くんだもの、ちっとも楽しく無いよっ !! 」
一方サダジは、
「せっかく京都に来たからにはあちこちたくさん観たいだろうよ!」
と、シレッと言うのでした。
( …何だか全くヤレヤレな夫婦だなぁ… )
私は正直そう思ってぐったりしたのでした。
…ところで今回の宿はいかにも由緒有りそうな古い趣の旅館で、手配された部屋は2つ…私とユージの通された部屋は渡り廊下の先の離れでした。
床の間には掛け軸が下がり、まるで時代劇のセットのような和室です。
…各自部屋に落ち着いてしばらく寛いだ後、夕食や入浴を済ますと、昨夜の列車移動から今日の観光までの疲れが出たのか、一家はすでに眠くなり、早めに床につきました。
…私も布団に横になると、まもなく熟睡状態に入ったのでしたが、…夜中に突然目が覚めたのです。
そしてすぐに異変に気付きました。
…身体が動きません!
…声も出ません!
…指先ひとつ動かせないのです。
訳が分からぬまま、額に脂汗が出て来ます。
言いようのない恐怖の体験でした。
(…まさか、これは !? )
…私は今まさに生まれて初めての、俗に言う「金縛り」にあっていたのです。
(…いったい何なんだ?…この旅館、まさか得体の知れぬ因縁か !? )
…苦悶する私の金縛りの状態は時間にしてどのくらい続いたでしょうか…?
顔も動かせないまま強ばっているうちに、やがて部屋の外がだんだんと明るくなり、間もなく夜明けだと思った時、気付いたら私の身体は金縛りが解けていました。
…怖い体験でしたが、私は家族にはこの事は話さずにおこうと思いました
…フミとサダジの京都慕情に、何だかケチを付けるような印象を与えるのはマズイと考えたのです。
…家族で朝御飯を済ませて宿を出ると、フミとサダジは今日も2人で京都市内観光に出掛けて行きました。
私とユージは、駅から国鉄山陰本線の列車に乗って、京都の西の亀岡という町に向かいました。
亀岡の町から京都の嵐山まで「保津川下り」という舟下りの旅を体験しに行くためです。
…機関車の牽く客車列車は、所要30分足らずで亀岡駅に到着しました。
私たちが下車して見ると、亀岡はのどかなローカル都市の街並みが駅から続いていました。
…市街の通りを歩くと、小さな洋食レストランががあったので、私たちは舟に乗る前に腹ごしらえをすることにしました。
店内では40代くらいのご夫婦が忙しく料理を作っていました。
厨房が覗けるカウンター席に2人で座って、ランチメニューのハンバーグ定食を注文すると、お店の奥さんが、
「お客さん、関東の言葉やなぁ…東京のほうから来はったん?…」
と言うので、はい、まぁそうです、と答えると、
「関東の人って、毎朝納豆食べはりますやん!…変わってはるわ~、食文化が!」
と何故かプチ誤解してることを言って来るのでした。
面倒くさいので否定も肯定もせずに待っていたら、出て来たハンバーグ定食の付け合わせは何故か「とろろ」だったので、
「変わってはるわ~ !! 関西の食文化は!」
と思いましたが、面倒くさいので黙ってガツガツ食べました。
店を出て、少し歩くと街並みは終わり、「保津川下り」のノボリが道端に立っていたので舟の乗り場はすぐに分かりました。
道路の左手には保津川の渓流が田んぼの向こうに見えていました。
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