第2話 夜行寝台急行「銀河」

「ちょっとお父さん!…何で急に京都になんか… !? 」

 フミは明らかに納得出来ないといった顔でサダジに言いました。

「だってさぁ、東京駅から新幹線に乗って行くっつったら…そりゃ京都だろ !? …」

 シレッと答えるサダジに私とフミは二の句が告げずにいると、

「…京都で昔オレが奉公してた家に行ってみたら、今はもう当時の大旦那様は亡くなって息子さんに代替わりしてたよ!…しかし街自体はまだ昔の面影が残ってた!…やっぱり京都は良いなぁ…!」

 サダジはさらに勝手にそうのたまわり、

「…じゃあもう夜も遅いんでオレは寝るから!…」

 最後にフミに一方的に告げて部屋に引っ込んだのでした。

 …私はフミの眼の中の炎がメラメラと大きくなって行くのを感じました。

 そしてついにフミは私に向かって叫んだのです。

「今年は、春になったら家族みんなで京都に行くよっ !! お金は私が出すからね!…お前が旅の段取りをしておくれっ、良いわね !! 」

 私はフミの炎の大きさにチリチリと焼かれるのを感じながら、

「わ、分かりました!」

 と答えるしかありませんでした。


 …という訳で怒りと女の意地と情念が交差するフミの京都慕情がつのるとともに月日は流れ、春の桜も終わって初夏の陽気となった頃…。

 ついに森緒一家の京都への旅立ちの時がやって来たのでした。


 …フミとサダジ、私と弟ユージの一家4人は、週末金曜日の夜、東京駅の東海道線のホームに立っていました。

 私たちはこれからいよいよ東京発大阪行きの夜行寝台急行「銀河」に乗車して京都に向かうところなのです。

 …憧れの古都、雅やかな街京都は、果たしてフミを優しくもてなしてくれるのでしょうか…?


 …などと思ってるうちにホームに寝台急行「銀河」がブルーの車体でするすると入線して来て、私たちは優雅にA寝台の車両へと乗り込んだのでした。

 そしてまだまだホームに残る会社帰りのサラリーマンらが羨ましそうにこのブルートレインを見ているのを車窓に感じながら、発車時刻が来て列車はエレガントにゆったりと東京駅をスタートしたのでした。


 …都会を抜けたブルートレイン「銀河」はフミの京都への思いを乗せて夜の東海道線を西へひた走ります。

 私たちはA寝台車両の2段ベッドに身体を横たえ、眠りにつこうとしていました。

 …ところで今回、私が交通手段に夜行列車を手配したのには2つの理由がありました。

 1つは、もちろん私がブルートレインに乗りたかったからです。

 もう1つは、フミのために限られた中で少しでも多く京都での滞在時間を作ってあげようと思ったからでした。

 …揺れる車両の中で私は缶ビールを飲んでベッドに横になり、車輪がレールを刻む音に身を任せました。

 在来線の列車は新幹線と違って、周りからいろいろな音が入って来ます。

 …闇を切り裂くような機関車の警笛。

 …鉄橋を渡る轟音の響き。

 …サラウンドで流れ去る踏切りの鐘。

 …走行のリズムにアクセントを付けるようなポイント通過の音。

 揺れるベッドでそれらのサウンドに身を任せながら眠りにつくのが、鉄道好きの私にはとても贅沢なひとときなのでした。


 …翌朝、7時過ぎに寝台急行「銀河」は京都駅に到着しました。

 フミとサダジはここで下車して京都の街にくり出して行きました。

 しかし私とユージは寺社仏閣には全く興味が無いので、さらに列車を乗り換えて奈良に向かい、そこでレンタカーを借りて奈良市郊外の山々をドライブしたのでした。

 …私としては永年のフミの念願だった夫婦2人の京都めぐりを水入らずでさせてあげようと気を利かせたつもりでもあったのでした。



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