たけんこうち王子外伝 フミの京都慕情
森緒 源
第1話 京都慕情…着火!
私の両親、フミとサダジは実は見合い結婚です。
身内親戚らの話を聞くと、母フミは若い頃はそこそこの器量良しだったので、見合いの席ではサダジの方はすぐにポ~ッとなったとのことですが、フミは特に相手のことや印象などは好きとも何とも思わなかったらしいのです。
そんなフミの気持ちを動かしたのは、席上でのサダジの意外な言葉でした。
「…僕は小学生の頃に新潟の田舎から京都の商家に丁稚奉公に出されまして、成人する頃まで京都で過ごしました。京都は本当に綺麗な街です。結婚したら2人で京都に行きたいな!あの古都の街並みを見せて上げたいんです!」
…サダジと同じ新潟県出身のフミは、その後東京の下町で働いた経験しか無かったので、それは雅やかな甘い囁きに聞こえたのでした。…何しろ2人がお見合いした当時は、テレビさえ庶民の家庭にはまだまだ普及していない時代です。雅やかな古都と言われてもフミにはなかなか京都の街並みがイメージ出来ず、ただ甘美で美しい街「京都」と言う響きだけが頭の中に残ったのでした。
…という訳で2人はあっさり結婚したのですが、サダジは結婚と同時に敗血症という病に倒れ、その後しばらく療養生活を余儀無くされ、ようやく回復したら、今度はたまっていた会社の仕事に忙殺されることになりました。
やっと一息つけたかと思った頃にはフミのお腹に赤ちゃん (私のことです)が出来たのでした。
…そしてそれから20年以上の年月が過ぎ、子供の頃サダジの実家 (新潟県長岡市竹之高地町) に預けられ、実家の人たちから「たけんこうち王子」と言われて育った私も成人してフミとサダジの自営業を一緒に切り盛りするようになっていました。
そんなある年の正月、元旦の日…年末の忙しさを何とかやり過ごしてフミと私はのんびりと家でテレビを見ていました。
「…結婚したら2人で京都に行きましょう!っていうから一緒になったってのに、その後20年以上経ってもお父さんは京都のキョの字も言わないんだよ、全くもうっ !! 」
その日もそう言ってフミは私に愚痴りました。
「親父がそう言ったんだから、連れて行ってと頼んだら良いじゃないか…!」
私がそう言うと、何だかよく分からない女ごころの表れなのか、フミは
「だってそんなのお父さんから行こうって言ってくれなきゃ!…」
と言って口を尖らすのでした。
「ところでお父さん、年始の挨拶に行ったはいいけど、ずいぶん帰りが遅いねぇ…」
フミが部屋の時計を見て呟きました。
…毎年、正月にサダジは昔勤めていた浅草の会社の社長の自宅に年始の挨拶に行くのがお決まりになっていました。今日は私の弟のユージを連れて朝から出掛けて行ったのです。
ユージは私の7歳下でまだ中学生でした。
「浅草の街でユージと飯でも喰ってるんじゃないのか?…あるいは国際劇場でSKDのレビューを観てるとか?」
と私は言いましたが、その後夜の10時を過ぎても2人は帰らず、連絡もありませんでした。
フミはだんだん心配になり、
「どうしちゃったんだろう?…こんなに遅くなったことなんて無いのにねぇ…」
と私に言いました。
さらに夜の11時半になってもサダジとユージは帰らず、フミはとうとう、
「…何かあったんだよ、きっと!」
と言い出しました。
…結局フミと私がジリジリしながら待っている中、サダジらが帰宅したのは夜中の12時を回った頃でした。
「お父さん!…こんな遅くまでユージと何処に行ってたのよっ !! 」
フミは戻ったサダジに開口一番に言いました。
「いやぁ、浅草寺に初詣に行った後でユージにさ、お前どっか行きたい所あるか?って聞いたらさ、こいつが新幹線に乗りたいって言うからさ、東京駅に行ったんだよ」
とサダジは答えました。
「東京駅から新幹線乗って何処行ったのよ?」
フミはさらに訊きました。
するとサダジはケロッと答えたのです。
「うん、ちょっと京都まで行ってきた!」
…それを聞いたフミは絶句し、しばし呆然としていましたが、やがて我に返るとその眼の中にボッ! と赤い火がついたのを私は見逃しませんでした…。
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