いつも強気のタキザキが危険にさらされただけで泣きわめく声が、部屋に響き渡る。その声を聞きつけ、繭の隙間からおびただしいほどの蜘蛛が次々と出てくる。小さいといっても通常見る蜘蛛と大きさが違っていた。通常は大きくても三センチ、五センチぐらいだが、繭から出てきた幼虫らしき蜘蛛は、体長だけでおよそ五十センチはあった。そんなものに、集団で襲われれば、いくら大人でも毒でしびれて動けなくなってしまう。

 小さい蜘蛛の集団は、人間の匂いを嗅ぎつけたのか、次々と溢れ出し、はじめの方に向かってくる。

「どうするの?」

「こうなったら燃やすしかないだろ!」

「?」

「タカ、これで火をつけて放れ!」

 と、マッチ箱を柿谷に渡した。殺虫剤を蜘蛛の集団に向けて、吹きかけた。

「そうか、火で威嚇いかくするんだな!」

「うん!」

「でも、そんなことしたら……」

 と、頼りないほどのタキザキのか弱い声が聴こえてきた。その後に続く言葉は、はじめには予想がついていた。そんなことをしたら、親蜘蛛がやってくる! と。

 小さい蜘蛛たちは、断末魔のような悲鳴を上げ、燃えさかっている。

「今のうちだ! はしれっ!」


 通路から巨大な脚の影が、部屋から出る人間の匂いをぎつけ、近づく。

 はじめは、とっさに気づき始めていた。もう『大きい箱』のことを忘れ、今は一刻も早く館から出ることを考えていた。しかし、館を出るには大蜘蛛を倒さない限り出られないのではないかと、覚悟した。

 大人をミイラ化するぐらいの生気を吸い取るということは、バイオ化した巨大蜘蛛は、糸を巻きつかせる早さも尋常ではない。遭遇でもしようものならそれこそ命がないと考えたからだ。

 一階に上がる階段の方角から、とても昆虫とは思えない奇妙な鳴き声が、狭い通路に響き渡る。親が子たちに、怒りを露にする声や、号令の掛け声にも似ていた。

 小さい蜘蛛の大群が階段を包囲していた。またたく間に灰色の通路が、黒茶けたじゅうたんのように所狭しと蜘蛛で溢れかえった。

 絶体絶命のピンチだった。後ろの部屋からも蜘蛛が通路へと現れ始め、前からも溢れんばかりの蜘蛛の大群に、はじめたちは成すすべがなく立ち往生おうじょうする。

「はじめ、進退窮しんたいきわまったよ! どうするの?」

「……」

 リュックからサッとはじめは、いろいろな花火とライターを取り出した。花火に火をつけ、それを前方の蜘蛛の大群に放り投げると、スプレー缶をそれに向け吹き付ける。火はまたたく間に燃え広がり、周囲の蜘蛛たちを焼き尽くしていく。

「今のうちだ! 進め!」

 花火に火をつけ、更にスプレーを当てながら、花火を火炎放射器の要領で、蜘蛛たちを焼き払い退けていく。やはり火が怖いのだろうか、後ずさりし蜘蛛は近づいてこようとしなかった。スプレー缶の残り残量が少なくなりつつあった。


 (持ちこたえてくれればいいが……)


 もうすぐ階段付近の扉に近いところだった。だが、正面には断固として、行かせようとしないであろう巨大蜘蛛が、阻んでいた。前足だけで数十センチあり、体長を推測する限り、数メートルありそうだった。図書館で見た昔のの類と似ているかもしれないと、とっさにはじめは感じた。

 親蜘蛛は鳴き声を上げていた。それに萎縮いしゅくしているのか他の蜘蛛たちは、親が来るや襲ってこようとはしなかった。しかも、意外なことに巨大な蜘蛛は、はじめをみるなり襲い掛かろうともしてこなかった。よくみると脚には赤いリボンが、巻かれていた。

 はじめはそのリボンに見覚えがあった。彼の脳裏にひとりの少女が浮かんだ。

「ゆり……やっぱり、ゆりなんだな!」

 親蜘蛛は、じっとはじめをみつめるだけだった。

「はじめ、何してるんだ! はやく、今のうちに……早く」

 柿谷にむりやり腕を引っ張られた。

 はじめは、親蜘蛛とゆりの顔がダブるように浮かんできた。

 扉を閉め、階段を登ろうとしたとき、扉板に書かれた意味がようやくわかった。

                                                     

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